第13話 拘束 ー 3

 言葉を発することはできなかった。代わりに、戸倉さんの訝しむような顔がより近くに寄ってきた。


 眉根を寄せて、瞳を細めて、こちらをじっと凝視している。


 視線を逸らしたのは幸介だった。状況を悪くすることはわかっていたはずなのに、威圧的なその雰囲気にどうしても耐えられなくなったのだ。


 案の定、状況は悪くなった。


「あのね」


 戸倉さんは言った。ひどく冷え切った声色だった。


「言ったよね、答えなさいって。これはお願いじゃないの。命令なの。正しいことを、正しいように答えろって、命令してるわけ」


「……」


「自白させる方法はいくらでもあるよ。けれどそういうのはあたしの趣味じゃない。できればあんたを傷つけずに情報が欲しい。だからこうして、対話で事を済ませようとしてる。ここまで言っても、あんたはまだ自分の置かれた状況が理解できないのかな?」


「……」


 困ったように視線を伏せた自分を見て、戸倉さんがフンと鼻を鳴らす。一種の諦めにも似たその反応は、しかしどこかで呆れているようでもあった。


 参ったなあ。呟きながら、戸倉さんは天を仰いだ。


 その反応から察することができたのは、この人は本心から自分の情報を欲しがっている一方で、決して自分に害を加えるつもりはないのだろうということだった。


 拷問してでも情報を吐かせたいのなら最初からそうしているだろうし、わざわざ相手の反応を見て警告する必要もない。かといって、このまま幸介にだんまりを決め込ませることに彼女側のメリットがないこともまた、事実であった。故に彼女は参ったと口にしたのだ。どうしたものかと頭を抱えたのだ。


 だからこそ、幸介は彼女に謝った。


「……すみません」


 その反応に、困惑したのはむしろ彼女の方だった。


「変なこと言わないでよ。せっかくそれっぽい空気作ったのに。調子狂うなぁ」


「……空気作ってましたか」


「多少は白状しやすくなるって思ったんだけど。キャラじゃなかったかなあ」


 苛立った口調。でもね、と戸倉さんは言葉を継いだ。


「このままじゃあたしも引き下がれないっていうのは、わかってほしいの。現に森が一つ吹っ飛んでる。ちょっとやそっとで隠せる規模じゃない。で、その中心にいた人間がここにいる。そしたら、そいつから話を聞くっていうのが道理ってもんでしょ」


 え? と思った。戸倉さんの指した指は、確かに幸介自身に向いていた。


「中心にいた? 僕が?」


 ポカンと口を開けたのは戸倉さんだった。


「ああ、そこから? あんた意外とわかりやすいなあ。感情が表に出るタイプっていうのかな。嘘吐くの下手だってよく言われない?」


「嘘吐き合うほど深い人間関係を持ったことがありません」


 ハン、と戸倉さんは鼻で笑った。


 そしてアッサリと、その言葉を口にした。


「まあそうだろうね。転校人生の津山幸介くん」


 驚いた。ここまで一度も話題に上がらなかった自分の名前が、まさかこんなタイミングで彼女の口から飛び出すとは思わなかったから。


 訝しげに幸介は唸った。


「……なんかもう色々知ってるみたいですね」


「それがお仕事だから」


 戸倉さんは胸を張って言い放った。


「津山幸介。八月二十九日生まれの十五歳。神奈川県立小田原西高校一年四組。幼少期に母とは死別し、家族構成は父親のみ。宮城県の出身だけど、十年前から転勤族だった父親の影響で各地を転々。宮城を出た後は、浜松、富山、神戸、小田原、福岡、鳥取、八戸、高松の順に転居。昨年の秋に父親の海外赴任が決まったものの、あなたは日本に残ることを選んで、昔住んでいた小田原の町に戻ってきて一人暮らし中」


「……知ってるのはそれだけですか」


「あとピーマンが苦手。去年ようやく青椒肉絲が食べられるようになったけど、肉詰めピーマンはまだ食べられない」


 どう? と問わんばかりに戸倉さんが不敵な笑みを浮かべる。幸介はといえば、両手を挙げて降参の意思を示していた。


 鎖が動き、金属の擦れる高い音が部屋の中にこだまする。


 全てを話すべきだと思った。少なくとも、ここで口を噤んでしまうことに旨味は感じられない。


 彼女は幸介のほぼ全てを知っていた。それは裏を返せば、彼女にとっての切り札だったのだ。自分はいつでもお前を追い詰められるぞ、と、そう宣告されたようなものだ。


 情報とは、単純な暴力以上に質が悪い。そのことを幸介はよく知っている。


 だからこそホッとした。肝心な部分だけは知られていなかったことに。


【次回:拘束 - 4】

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