第7話 白い少女 ー 2
「四十六号、接敵」
光が告げる。否、それは光ではなかった。
木々の隙間から射し込む月明かりに照らされて、真っ白な長髪が闇夜に浮かび上がる。
顔をはっきりと確認できたわけではなかったが、氷のように透き通った声色は少女のそれであるように思えた。ライダースーツのような服に身を包んでいるものの、体格は細く、年齢は自分と同じ程度かやや年下か。いずれにせよその出で立ちは、血生臭い現状の只中にあって、異質以外の何物でもなかった。
「敵性生物の魔力反応を確認。対象を魔獣と断定。また一般人一名が負傷。保護対象者ではありませんが、人命を優先し、コアの破壊許可を求めます」
少女が再び言葉を紡ぐ。どうやら、誰かと通信しているようだ。
やがて、ライダースーツの中から女性の声がした。
「了解。コアの破壊を許可します。それから、後追いで複数体同じ規模の魔獣がそっちに向かってる。こっちも急ぎ向かうけど、可能なら一体は生け捕りにして」
「善処します」
溜息と共に少女が言葉を切り、視線を上げる。すると、まるで予めタイミングを計っていたかのように、大木の根元で倒れていた狼が再び動き出した。
狼は低い唸り声と共にゆっくりとその身を起こし、相対する少女を睨みつける。唸り声には感情が乗っているように思えた。今すぐにでも彼女を食い殺してやろうという闘争心が、重低音の中に満ち満ちていたのだ。
しかしそのような状況下に置かれてもなお、少女は至って冷静な装いでそこに立っていた。武器らしい武器を持たず、一見無防備なようにも思えるその佇まいは、それでいてまったく隙らしい隙を感じ取ることができない。
まるで、いつでもかかってこい、と言っているかのようだ。
先に動いたのは、狼だった。
唸り声の切れ目を合図にするかのように、俊敏な足取りで一気に少女の眼前に迫る。対して少女は一歩も動かなかった。しかし動けなかったのではない。幸介には、少女が敢えて動かなかったように見えた。
そして瞬間、土煙が上がった。風に巻かれて霧散した霞の向こう側で、少女は狼を組み伏せていた。大柄な首を細い腕で抱き、力を籠める。ゴキン、と音がしたような気がした。狼の首が垂れたことを確認した少女は、躊躇うことなくその毛皮の上から体内に腕を突っ込んだ。ごそごそと探るように腕を動かし、やがて目当てのブツに行き当たる。
小さなピンポン玉サイズの水晶。それが狼の体内から少女の手によって取り出された。
当たり前のことだが、狼が体内に水晶を宿すことはあり得ない。それは学のない幸介でも当然のように知っている世界の常識であった。故に眼前の光景は、幸介の思考を混乱させるには十分すぎる代物だった。手際から見て、少女は狼の体内に水晶があることを前提に行動している。ではなぜ狼の体内に水晶があるのか。そしてなぜ少女はそのことを知っているのか。
気になるワードはあった。
マリョク。
マジュウ。
コア。
少女は何者かとの通信の中で、確かにそう口にしていた。
マリョクとはなんだろうか。マジュウとは。コアとは。言葉通りの意味で捉えようとしたところで、しかしそれらは常識的で現実的な思考回路を前にして、あまりにも理解しがたい回答へと行き着いてしまう。
つまるところ、考えるだけ無駄であるという結論に幸介が至るまで、そう時間はかからなかった。
少女が水晶を握り潰す。しかし飛び散ったのはその破片ではなく、星のように光り輝く砂のような物体であった。
「なんなんだあんた」
光の砂が闇に溶けていく様を見つめながら、幸介はその向こう側の少女に尋ねた。
少女はキョトンとした表情を浮かべていた。目鼻立ちの整った幼子のような顔が、ようやくの思いで上半身を起こした幸介を見ていた。
小首を傾げ、少女が言葉を紡ぐ。
「なにって、魔獣です」
さも、それが当然の回答であるかのように。そして唖然とした表情の幸介を見下ろしつつ、彼女はのんびりとした口調で言葉の続きを口にした。
「それと―――死にたくなければ、頭を下げてください」
【次回:白い少女 - 3】
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