第4話 オカルト研究会の二人 - 3

 結局、一方的な約束を取り付けられた挙句、幸介はキッチリ時間通りに部屋へと迎えにきた彼女に連れ出される格好で、夜の森へ投入される運びとなったのである。


 はーちゃんの足取りはいつになく強引で、手を引かれながら幸介が発した最後の説得も、実は急用が入ったのだという嘘っぱちの言い訳も、全てが彼女の意識を素通りして静かな夜の町へと溶けていった。


 引き摺られるようにして歩を勧めながら、視線を上げる。眼前には、ほんのりと霞んだ小田原の星空が広がっていた。


 風が吹く。潮の匂いが鼻をつく。河口が近いのだ。小田原のように海が近い町は、海水の蒸発で上空に湿気が溜まりやすいため、星を見る環境としてはあまり適さないのだという話を聞いたことがある。


 夜空の星はぼやけていた。とはいっても、一見するだけでそう感じてしまうほどわかりやすいものではない。注意して、注視して、ぐっと目を凝らして、そうしてようやくぼやけていることが理解できる程度の空だ。


 幸介は空を見ていた。ぼやけた星を注視しながら考えていたのは、はーちゃんのことだった。


 彼女が、UFOを探す理由について。


 その一端に、幸介はちょっとした心当たりがある。


「なあ」


 視線は動かさず、声をかけた。


 はーちゃんも、こちらを見ずに反応した。


「ん?」


「UFO、出るかな」


「こーちゃんは、出てほしくない?」


「……」


 少し考えた。考えた末、言葉を紡いだ。


「どちらかといえば、出てほしいかな」


「じゃあ出るよ」


 はーちゃんは言った。言葉に促されるようにして視線を動かしたら、いつの間にか彼女も星空を見上げていた。ぼやけてるねえ。そう冗談めかしながら笑っていた。


 幸介の視線は、はーちゃんを捉えていた。けれども星を見ているフリをして言葉を発した。相変わらずだよな。ぼやけた思考に従い、星の輝きを纏ってキラキラと輝く横顔を見つめ続けた。


 彼女を見ていることを悟られたくはない。けれども、もう少し彼女を見ていたい。抱いていたのはそんな気持ちだった。


 星空を指して、幸介は言った。


「あそこから来るんだろ? UFO」


「うん。来る。きっと来る」


 自信満々に、はーちゃんは頷いた。


 しかし自分からUFOに逢うと言ったくせに、夜の森に入ったのは結局幸介一人であった。


 事の言い出しっぺであるはーちゃんが、降りてきたUFOの姿を激写したいなどという理由で、予定ポイントからは少し離れた高台に陣取ったからである。


 選択の余地もなくUFOが降りてきた際の接触役を拝命することになった幸介は、彼女の持参した小型の懐中電灯一つを与えられ、着の身着のまま森の中に放り出される格好となってしまったのだ。


 勿論、理不尽だとは思う。だが、理不尽であることを彼女が言葉のままに受け入れ、理解し、そして修正できるような人間でないこともまた、幸介にとっては既知の事実であった。故に仕方なく、苦渋の思いでその言葉に従った。


 懐中電灯の僅かな灯りを頼りに、予定ポイントへ向けて獣道を進む。


 そして結果的に、それに遭遇してしまった。


【次回:オカルト研究会の二人 - 4】

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