第2話 オカルト研究会の二人 - 1
事の発端は、八時間ほど前に遡る。
「UFOに逢いに行きます!」
窓の向こうの青空を背に高らかに宣言したのは、幸介が呼ぶところの『はーちゃん』こと
行儀悪くPCデスクの椅子の上に乗って、それでも最低限のマナーとばかりに上履きはキチンと脱ぎ揃えて。小柄な体を目一杯逸らし、年上の威厳をこれでもかと見せつけるように、彼女は呆然とする幸介を見下ろしていた。
春も穏やかな金曜日の昼下がり。放課後の校内には、新入生を迎えた各部活動の活気に満ちる声や音がこだましている。だが、空き教室の連なる北棟四階の一室。我らが活動拠点たるオカルト研究会に関してはその限りではなかった。
部屋の広さの割に、備品と呼べるものは廃棄予定だったものをくすねてきたPC程度の殺風景な部室。人員は、自ら部長を名乗り部屋の長として君臨するはーちゃんと、先日の入学初日にして彼女に発見され、六年ぶりの再会に感動を覚える間もなく連行された幸介の二人のみ。
他の部員? いるわけがない。
部員数が三人以上であれば部として認められる校則下において、二年生の彼女が昨年発足させた学生団体が未だに『研究会』と称されていることが、そのなによりの証拠であった。
奇人変人。
関わりたくない女№1。
関わってはいけない女№1。
入学してから僅か二週間ほどの間で、彼女に関する噂話は嫌というほど耳をついた。
曰く、屋上に侵入して宇宙人召喚の黒魔術を実行していたとか。
曰く、調理実習で一人だけ謎の紫スープを作っていたとか。
曰く、無許可の実験で理科室を吹っ飛ばしたとか。
前者二つはともかく、最後のやつに関しては誇張が過ぎるだろうと思った。けれども、実際に昨年原因不明の爆発で理科室が半年ほど使用不能になったという話を聞いたときは、幸介もさすがに開いた口が塞がらなくなった。
そして勿論、そんな人間が長を務める謎の団体に加入しようという奇特な生徒が現れるわけもなく、結果としてオカルト研究会は、奇人変人の代表格たる桃生遥香と、その昔馴染みたる津山幸介の二人組と相成ったわけである。
「行きます!」
はーちゃんは繰り返した。大事なことなので、二回。人気のない廊下にキレのいい声音が響き渡る。すきま風のせいか、ドアに貼られた殴り書きの表札がペラペラと捲れる音がする。
溜息を吐き、幸介は尋ねた。
「どこに」
はーちゃんの回答は早い。
「森に!」
幸介はもう一つ息を吐いた。息を吐いて、視線を窓の向こう側へと投げた。
空の色はペンキを落としたように青く、その只中をのんびりと雲が流れている。
視点を変えたことに、これといって深い意味はない。敢えて理由を挙げるとするならば、それを意識していたと思われたくなかったからだろうか。
はーちゃん。呟くように、その名を呼んだ。クリっとした丸い瞳が、疑問符を纏ってこちらを見たような気がした。しかしそれでも、敢えて視線はずらしたままで幸介は告げた。パンツ見えてる。
最初にマウスが飛んできた。それを避けたら、次はキーボードが額に直撃した。
「とにかく」
不機嫌そうにどっかりと椅子に座り直し、はーちゃんは言った。
「今夜、UFOに逢いに行きます」
「UFO探しは構わないけど、なんで夜? なんで森?」
額をさすりながら尋ねると、はーちゃんはやれやれとばかりに首を振った。
これだから初心者は。鼻を鳴らしてそう呟いた。
馬鹿にされているのだとは思うが、特に悔しいといった気持ちを抱くことはなかった。
どうでもいい。
心の内ではそんなことを思いつつ、しかし表面的には彼女の言葉に乗ることにした。その方が彼女の機嫌を損ねないということを、幸介は痛いほどよく知っているのだ。
どういうことだよ。言い返すと、はーちゃんは気を良くしたのか、手招きをしながら先ほど投げたマウスとキーボードを持ってくるように告げた。
命じられた通り、マウスとキーボードを回収して彼女の陣取るPCデスクへと足を運ぶ。
PCの画面には、既にWEBサイトのページが表示されていた。
どこかの航空宇宙局の猿真似のようなロゴマークと、どこかの天文サイトから引っ張ってきたような星空の画像。それらを背景に、画面の真ん中には拡大縮小可能な世界地図が表示されている。
地図を拡大しつつ、はーちゃんは興奮した様子で語り出した。
【次回:オカルト研究会の二人 - 2】
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