これを罰ゲームというには、仕打ちとしては重過ぎる
とりあえず、一条さんの説教が終わったので、僕は彼女を連れて館内を移動していく。僕が前を歩き、彼女がその後を付いてくる所謂ドラクエ方式だ。
本当はこんなことはしたくも無いけれども、エスコートしろというのが一条さんの命令である以上、従うしかない。だから僕は必死になって、彼女が喜びそうな展示物が何なのかを考える。
といっても、多分だけど彼女は可愛い生物を見せておけば、満足してくれると思うんだよね。単純そうな人だし。だからこそ、僕が選ぶのは―――
「ほら、一条さん。これなら可愛いでしょ?」
僕はそう言うと、展示されている水槽を指差した。そこには一条さんの頭よりも大きそうなダイオウグソクムシがのっそのっそと歩いていたのである。
そうした姿はとても愛らしく、間近で見れば惹かれるものがあるといえる。これなら一条さんも気に入ってくれると思った。
「うげっ……キモッ……」
だが、返ってきた反応はまるで逆だった。彼女は顔をしかめると嫌悪感を露わにしている。その様子に僕は思わず首を傾げてしまった。どうしてだろう……?
まさか僕のチョイスが悪かったとでもいうのか? いやでも、そんなことはないはず……。だって、ここの展示物の中ではかなり上位に来る可愛さだと思うんだけどなぁー……うーん……分からないなぁ……。
「……あのさぁー、あんたさー、何でこんなの選んだわけー? もしかして、アタシを怒らせたいのー?」
「い、いえ……そういう訳では……」
不機嫌そうに聞いてくる一条さんに、僕は慌てて弁解をする。
「こ、こういう生き物って可愛くて癒されるじゃないですか! それに見ているだけで和みませんか!?」
「全然」
即答されてしまったよ!? どうして!? こんなに丸っこくて愛らしいフォルムをしているのに!? おかしいだろ! どう考えても、可愛くないはずがないじゃんか!
それなのに何故、一条さんはこんなにも不満そうにしているのか僕には分からなかった。なので、思い切って彼女に聞いてみることにする。
「で、でも、一条さん。これ、すっごく可愛いと思いません?」
「思わない」
「ほ、本当にですか?」
「……あのさー、ちょっとしつこいんだけど」
「うっ……」
一条さんの表情が段々と険しくなっていくのを見て、これ以上追及するのは危険だと思った僕は黙り込むしかなかった。そうして僕らは気まずい雰囲気のまま、次の展示物を見に行くこととなった。
そして次に訪れたのは、流氷の天使と呼ばれているクリオネの展示コーナーである。その可愛らしさと神秘的な姿に誰もが目を奪われることだろう。特に女性には人気が高い。
その証拠にカップルらしき男女が仲睦まじく、楽しそうにしていた。これならきっと、一条さんもお気に召してくれるはずだろう。そう思いながら彼女の反応を窺ったが―――
「ふーん、なるほどね。確かに綺麗ではあるわねー」
意外にも興味深そうな表情をしていた。どうやら気に入ってくれたらしい。よし、このまま行けるぞ! そう思った僕は意気揚々と解説を始めることにした。
「ですよね! 綺麗ですよね!」
「まあ、ちょっとキモイけどー、さっきのダンゴムシに比べたら、まだマシねー」
「あっ、そうだ。ちなみにクリオネって……食べると何か臭いらしいですよ」
「は?」
僕が何気なく言った言葉に、一条さんは固まった。そして数秒ほど沈黙した後で、ゆっくりと口を開く。その顔は笑顔ではあったが、目が笑っていなかった。
「ねぇ、ポチ……今、何て言ったのかしらぁ……?」
ドスの効いた声で問いかけてくる一条さんに、僕は恐怖を覚えつつも答える。
「え、えっと、ですね……何か漫画で見たんですけど、食べたら臭いって言って吐き出しているシーンがありまして……」
それを聞いた瞬間、一条さんが舌打ちをしたような気がした。気のせいだろうか?
「チッ!」
ヤバい、気のせいじゃなかった。思いっきり舌打ちしてたわ。めっちゃ機嫌悪そうなんですけど!?
「あのさぁ……あんたって、デリカシーとか無いの? 普通、そういうこと言うかなぁ?」
「ご、ごめんなさい……」
「あーあ、ほんっとに最悪だわー。せっかく、少しは良い気分だったのに、台無しになっちゃったわー」
一条さんはイライラとした様子で捲し立てるように言う。その言葉の端々から怒りを感じることが出来た。正直言って怖い。怖すぎるよ……。
「あ、あの……すみませんでした……つい、うっかり言ってしまっただけなんです……許してください……」
怯えながら謝罪する僕を見て、彼女は大きな溜息を吐くと言った。
「……ま、別にいいわよ。今回は許してあげる。ただし、今度こそ次は無いからねー? 分かったかしらー?」
「わ、分かりました……!」
良かった……許されたみたいだ。一時はどうなることかと思ったけど、何とかなったみたいで安心したよ。ふぅ……それにしても、心臓に悪いなぁ……もう。
そんなこんなで、僕ら二人はその後も館内を回り続けたのだが……結局、それ以降も一条さんの機嫌を損ねたままだったので、ちっとも楽しめなかったのだった。いや、マジで辛かったです……はい。
「あーあ、ほんと最悪だわー。何でこうもポチったら、アタシのことを楽しませてくれないのかしらー?」
「す、すみません……」
館内の休憩スペースにあるベンチにて、僕は項垂れていた。そんな僕に対して、一条さんは呆れたような表情を浮かべつつ、言葉を続ける。
「全く、謝って済む問題じゃないと思うんだけどー?」
「おっしゃる通りです……」
「こんなんじゃさー、ポチに彼女が出来た時、すぐに嫌われちゃうんじゃないのぉー?」
「うぅっ……」
一条さんからの容赦の無い言葉を聞いて、僕は胸が痛くなる。確かにこれまで彼女がいた試しがないし、これから先にも出来るとは思えないけれど、それでも言われると辛いものがあったのだ。
「まっ、でもでもー、有栖ちゃんは優しいからさー、そんなポチでも見捨てないであげるわよー♡」
そう言いながら、ニヤニヤと笑みを浮かべる一条さん。その表情はどう見ても優しさとは無縁のものにしか見えなかった。
「そ、そうですか……」
僕は弱々しく返事をすることしか出来なかった。
「そーよぉー♡ だから感謝しなさいよね! ほら、もっと嬉しそうな顔したらどうなのー?」
「は、はぁ……」
相変わらずの上から目線な態度にイラッとしつつも、僕は適当に相槌を打つことで誤魔化すことにする。ここで反論しても意味がないことは既に分かり切っているからね。
しかし、だからといって何も感じない訳ではないので、心の中に生まれたモヤモヤ感を消すことは出来なかったりするんだけどね。はぁ……本当に理不尽だよなぁ……この人ってさ。
まぁ、今更そんなことを言っても仕方がないんだけどさぁー……はぁ……憂鬱だなぁ……早く帰りたいなぁ……。
僕がそんなことを考えていると、唐突に一条さんは立ち上がり歩き出していってしまう。一体どうしたんだろうかと思っていると、彼女はこちらを振り返って言ってきた。
「……ちょっと席を外させてもらうわねー」
「えっ、ど、どこに行くんですか?」
突然のことに戸惑いながらも僕は尋ねる。すると彼女は顔をしかめてこう返してきた。
「お花を摘みに行くのよ。それくらい察しなさいよね」
「あ、ああ……なるほど……」
「それじゃー、行ってくるわねー」
そう言って一条さんはトイレのある方向へと歩いて行った。そんな彼女を見送った後で、僕は再びベンチへと腰掛ける。それから今後のことについて考え始める。
うーん、どうしようかな……? 一条さんが戻ってくるまで待っているべきなのか、それとも……いや、でも、そんなことをしたら、後が怖いというか……。
……よし、決めたぞ。ここは彼女が戻ってくるのを待たずに、僕は帰ることにしよう! これ以上、一条さんといても楽しいことなんて何一つ無さそうだからね! そうと決まれば話は早い。僕は急いで立ち上がると、出口の方へと向かっていくのだった。
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