女王様な彼女と奴隷な僕とのお出掛け


「ねぇ、ポチ。あんたさー、なんでアタシが機嫌が悪いのか、わかる?」


「い、いえ……分かりません……」


 ある週末の休日のこと。目の前にいる一条さんは両腕を組み、足を肩幅程度に開いて仁王立ちしていた。そして僕を睨みつけるように見下ろしてきている。


 そんな一条さんの威圧感に押されてしまった僕は、彼女を前にして怖じ気づいていた。だって、仕方ないじゃん……怖いんだもん……。


 そして、そうした様子の僕を、道行く人達がジロジロと見てくる。中にはヒソヒソと何かを話している様子もあった。おそらく僕らのことを言っているのだろう。


 うう……視線が痛い……早くここから逃げ出したい……。そう思いながら僕は俯いてしまう。そんな僕を見て、一条さんは大きな溜息を吐いた後でこう言ってきた。


「ふーん、そっかー、分からないんだぁー?」


 彼女は自分の髪の毛を指先で弄りながら言う。その表情はとてもつまらなさそうであった。いつもはにやにやとした嫌らしい笑みを浮かべて言ってくるくせに、今日はちょっと違っていた。


「あのさぁ、本当に分からない訳? 有栖ちゃんがー、こんなにも不機嫌な理由だよ? 心当たりのさー、一つくらいはあるんじゃないのー?」


「いや、その、ちょっと……」


 冷たい口調で淡々と話す彼女の態度に気圧されながらも、必死に考える僕だったが答えは出ないままだった。すると痺れを切らしたのか彼女は再び大きな溜息を吐くとこう言ったのだ。


「はぁ……もういいわ。じゃあ、特別に教えてあげるから、感謝しなさいよねー」


「は、はい……ありがとうございます……」


「それはねー、あんたのエスコートが下手くそ過ぎるからよ!」


 一条さんが大きな声でそう言ったことにより、周りからの視線がさらに集中する。そのせいで恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になるのを感じた。


「え、えっと、一条さん。その……」


「は? なに? ポチの分際で口答えでもする気なの?」


「いや、そうじゃなくて……ただ、あの、ここは他にも人がいるので、もう少し声量を抑えていただけると助かるなーって思いまして……」


「うっさい! だったら、ちゃんとアタシをエスコートしてみせなさいよ! というか、何!? どうしてポチは水族館すら、ろくに案内も出来ないのよ!」


「そ、そんなこと言われましても……」


 僕は激昂するラージャn―――じゃなくて、一条さんにビクビクしながら答えた。そう、実は今日……僕は彼女と近くにある水族館に来ていたのだった。


 別にこれは、僕が積極的に一条さんを水族館に誘ったという訳ではない。これはあくまで、いつもの罰ゲームの一環なのだ。つまり、事の発端は一条さん。彼女が言い出したことなのである。


 とりあえず、毎度の恒例行事のように僕が彼女を怒らせてしまい、その罰ゲームとして週末に遊びに出掛けることを命令されたのだ。そして当然の如く、今回も彼女は僕のことを弄んで楽しんでいる訳だ。全くもって、酷い話である。だけど、それでも断れない僕も僕なのかもしれないけど……。


『有栖ちゃんはねー、今は水族館とかに行きたい気分かなー』


 しかも、場所の指定までしてくる始末。場所の指定とか無ければ、ゲームセンターとかに連れて行って、適当に遊んでから解散しようとか考えていたのに……。


 それと学校の外で休日だからこそ、目の前にいる一条さんは私服姿だったりする。袖の長いTシャツの上から薄手のパーカーを羽織り、ショートパンツの組み合わせといった服装だ。制服に比べると、露出度がちょっとヤバい感じです。


 しかし、この服装。とても生足がお見えになっているけれども、恥ずかしくはないのだろうか? いや、絶対恥ずかしいはずだよね? それともあれかな? 見られても構わないくらいに自信があるのかな?


 ……いや、違う。これは僕を弄ぶ為に着てきた戦闘服に違いない! どうせ僕が一条さんの生足を見ていたら、彼女はきっとこんなことを言ってくるに決まってる。


『あらぁ~? どうしたのぉー? ポチったら、さっきからアタシの足ばっかり見ちゃってぇー♡ もしかしてぇー、見惚れちゃったのかしらぁー?』


 そんなことを言って挑発してきた挙句には、わざとらしく素敵な脚線美を見せつけてくるのだろう。そしてそれを見て狼狽える僕の姿を見て楽しむに違いない! ああ、なんて卑劣な奴なんだ! この女狐め!!


 ……ふぅ。さて、そんなことは置いといて。今は怒っている一条さんを宥める方が先だよね。という訳で僕は素直に謝ることにした。


「ご、ごめんなさい……次からはもっと頑張りますので、どうか許してください……お願いします……」


 深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べる。それに対して一条さんは不機嫌そうな声でこう返してきた。


「……まぁ、いいわ。今回はこれで勘弁してあげる」


 どうやらお許しが出たようだ。僕はホッと胸を撫で下ろすと顔を上げる。そこにはまだ不機嫌そうではあるものの、さっきよりは幾分かマシになった一条さんの姿があった。


「ただ、残念なポチの為に一応は言っておくけどさー。女の子と水族館に来て、初手でサメの展示コーナーに行くとか、マジでありえないからねー?」


「えっ、そうなんですか……?」


「当たり前でしょー。ていうか、どこの世界にサメを見せられて喜ぶ女の子がいると思ってるのよ。普通はもっと可愛らしいお魚さんとか、ペンギンさんとかのところへ行くのが普通でしょー」


「す、すみません……」


「はぁ……本当にあんたってば、どうしようもないわねー……」


 一条さんは呆れたように溜息を吐いた後でこう言った。……というか、そんなに不満があるなら、自分で自分が行きたい場所へ連れて行けばいいのに。別に僕は、今回のお出掛けは乗り気でも無いのだから。


「ホント、頑張りなさいよねー。あんまり的外れなエスコートばかりしてると、また罰ゲームさせるわよー?」


「き、肝に命じておきます……」


「じゃー、今から挽回しなさいよねー。まっ、ポチにはそこまで期待はしてないけどさー」


 そう言ってケラケラと笑う一条さん。そんな彼女に対して僕は愛想笑いを浮かべつつ、心の中で毒づいた。ちくしょう……! この悪魔め……!!

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