第7話
娘を探すのにそれほどかからなかった。
血の匂いが強い。あの娘の匂いが、消えゆく森の奥から漂って来る。
「やめてください、鬼にならないで」
かつての集落の住人たちに囲まれ、押し倒されていた。
住人たちは飢えから彼女を喰らおうと襲い掛かったのだ。
異界は死んだ。しかし、もう限界だった。
もう、この地に落ちてくるものはない。
もう食べ物はない。生き物は食べねば生きられない。
「食いたい、腹が減る」
そう呟きながら少女を狩ろうとしていた。
「終わったよ、帰ろう。元の世界に」
住人たちは地面に倒れている。勿論、私が許すはずもない。
龍を殺した私にただの人が勝てるはずもない。
そして、娘の体を見て私は涙を流す。
「ありがとう、ございます。誰も鬼にならず、済みました」
少女の腹には深々とさび付いた刃物が刺さっていた。
血が止まらない。思わず手で押さえる。
「もったいない。貴女に飲んでもらえればいいのに」
少女はそんなことを言いながら笑う。そんなことをしたら、死んでしまう。
わかっている。もうこの傷では助からない。
「一緒に帰ろう?」
龍の落ちてきた穴が空に浮いている。あそこから帰れるはずだ。
「貴女は、帰ってください」
娘は首を振るとゆっくりと目を閉じ、笑いながらそう答えた。
「何でも聞くから、一緒に来て」
私はそれでも彼女を一人にしたくない。
「鬼に、ならないでください。私以外の血は、飲まないでください」
その言葉にうなずいた。もうこの子以外の血は吸わない。
どんなに渇いても、絶対だ。
「約束する、絶対よ?」
「本当ですか? なら、仕方ないですね」
そう言って娘は眠りに落ちた。嫌だ、この子を失いたくない。
私が帰ったって意味はない。
「血を、命を奪う化け物なんていない方がいい」
そう呟き、一つの可能性を思いつく。
でも、それをしたらこの子はきっと怒る。嫌われるかもしれない。
私の中にある血はすべて他人から奪った命の雫。
そのすべてをこの子に与えれば、きっと助かる。
でもそれは、他人を喰らって生きる者。
「鬼」だ。
鬼嫌いのこの子を鬼にしてしまうことになる。
それでも――
「ごめんなさい。あとで、謝るから」
私は少女に口づけをする。私の全てを注ぎ込む。
途端、暗闇に飲まれる。
でも、先に光が見える。
誰かが呼ぶ声。
「早く、起きてください。少しは、反省しましたか?」
見たことのある天井。あの世界に行く前にいた女子寮だ。
「あれ、私。どうして……」
体を起こすと刀を構えた女が立っていた。
私を刺した女だ。その顔をじっくり観察する。
「あ、あなた。帰ってこれたの?」
そして、私は叫ぶ。
「約束を破るからいけないんですよ?」
異界で出会った少女が、目の前にいた。
私を押し倒し、覆いかぶさると額をぶつけてきた。
「聞いてます? 私はずっと貴女を探していたのに、どういうつもりで他の娘に手を出してたんですか?」
そう言い、私を問い詰める。
かわいい笑顔だけど、目が笑ってない。
物凄く怖い。龍や異界の化け物より、ずっと怖い。
「ええと。今、帰ってきたばかりで……」
美しく成長した目の前の少女は、首を傾げる。
「そう言うこと、ですか。では、確認です。約束はもちろん覚えてますね?」
「はい、もう貴女以外から血を吸いません」
有無を言わせない雰囲気の彼女は、私の言葉に満足そうに頷いた。
「よろしい。私は鬼が嫌いなので、非常時だけは許します。では、これからはずっと一緒ですね」
そう言って笑う彼女の瞳は、あの日見たままに輝いていた。
鬼の居ぬ間に、百合は咲く 氷垣イヌハ @yomisen061
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