第6話

 龍の撃退。なかなかに骨が折れそうだ。

 そのために必要なものがある。


「力を全力で振るうために、貴女を食べたい」

「はい、好きなだけ」


 私は娘の血を啜る。その喘ぎ声と共に口に広がる少女の甘い血。

 人を思い、この地で流してきた彼女の血。その全てが私の糧になる。


「ごちそうさま。もう、負ける気はしない」

 

 嘘だ。恐ろしくて仕方ない。でも、彼女の願いは叶える。


「気を付けて。信じてます」


 少女の体を離す。そのまま龍の下に真っ直ぐに飛んだ。

 策など無い。格が違いすぎる。勝るのは小回り位だ。


 龍はよほど油断していたのかすんなりと懐に潜り込む。

 血の剣で渾身の一撃を見舞った。

 轟音を響かせ龍の体がわずかにのけぞる。

 大きさに比例し重さもあるようだ。この程度では追い返すには足りない。

 龍から猛烈な怒気と殺気が放たれた。逃げたくなる。


「あれ? 血が出てる?」


 手ごたえはあまりなかった割には龍の腹には決して小さくない傷がついている。

 そして、そこからは血が滴っている。龍にも血は通っているのだ。

 なら、私でも勝てないことはないはずだ。


「蛇の生き血って滋養にいいそうね。私の美貌の糧にしてあげる」

 

 空をのたうつ龍に笑って見せる。

 怒り狂った龍は口を開けたまま私に向かってくる。

 小回りの利く私の思うつぼだ。

 龍の胴に張り付き滴る血を啜る。


「あ、意外とおいしい?」


 少女の血に比べれば、上質ではないが飲めなくはない。

 血を奪い続ける。今までの、殺さないよう気を付けた吸血ではない。

 龍は徐々にだが確実に弱っている。


「時間はかかりそうだけど、勝てる」

 

 そう思ったのも束の間。龍は突然暴れ始め、森を喰らい始めた。

 途端、龍の体が波打ち色も変わっていく。

 傷を癒そうと手当たり次第に世界を喰らい始めたのだ。

 龍がこの世界に喰われていく。そして、異界の姿に変化した。


「これは、追い出すのはもう無理か」


 もう、あの娘の下に帰れない。

 私にできるのは血を啜ることだけなのだから。

 この世界の住人となった龍の血を吸えば、私はもう私ではなくなる。


 龍は世界を喰い続ける。途端、世界が悲鳴を上げ始めた。

 龍の真下からおどろおどろしい粘液が顔を出す。異界の本体。

 この世界自体が化け物だったのかもしれない。自らを喰わせ、取り込む怪物。

 化け物たちの三つ巴。龍、異界、吸血姫。


 龍の血を啜る度、異界の毒に内から喰われる。

 でも、龍の命は確実に私の中に注がれる。


 龍は異界を喰らい続けた。異界が奪った命がすべて龍の腹に納まっていく。

 

 異界は私を自身の中に取り込もうと必死になっている。

 

 循環する。でも、それは均衡を保つようなものではない。

 奪い、奪われではやがて奪うものがなくなるのだから。


 世界が死に、龍は喰らう者を失い力尽きる。

 最後に残ったのは、私だ。私はなぜか化け物に変わらなかった。


 私は吸血姫。すでに人としての生は終えた不死の怪物。

 私は、血を飲んでいたのではなかったらしい。

 失った命を補おうと他者の命を奪っていたのか。


 私を作り替えようとした異界は、逆に私に命を奪われたのだ。


「あの娘の下に帰ろう」


 異界によって繋ぎ止められていた大地が崩れ始めた。

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