第2話
夜が明ければ朝が来る。
だから暗闇から目覚めて入ってきたそれは暁の光と思った。
黄色味を帯びた薄明。私はその光に飛び起きた。
「朝日、体が焼け―― いや、もう光は克服したんだった」
吸血姫になってから久しぶりに夜眠った。
朝に目覚めるなど数年ぶりで混乱した。
陽の光という弱点を克服したからこそ、若い娘の多い女学園に潜み生活出来たのだ。
生き血をすする怪物の私は、もう普通の方法では死ねもしない。
「確か、私は狩人に、殺された? 星銀なら私を殺せる」
私の胸を貫いた刃の感触と女の声を思い出す。唯一の弱点である星銀。
人であった時にあの感覚は経験している。
生前、私は剣で刺されて死んでいるのだ。もう終わりかと絶望した。
人としての死後、私はなぜか吸血姫になったのだ。
「ここはどこ、なぜ私は生きている?」
殺されたかと思ったのに幸い急所は外れていたのか。
傷はすでに癒え、跡も残っていない。
吸血姫は大抵の傷はすぐに治ってしまうから分からない。
森の中、木々の切れ目にできた草地に私は倒れていた。
朝日のお陰でそれほど暗くはないが、周囲に見える木々は見たことのない種類で、歪に曲がりくねり幹にできた皺は人の苦悶する顔のようにも見え気味が悪い。
「取り敢えずは、森を抜けよう」
私は一人呟くと歩き出す。
樹木の奥から人の苦しそうな呻き声のようなものが聞こえてくる。
無意識に私は自身の肩を抱いていた。
人でなくなってからはあまり感じることのない、恐怖。
この体になって、死ねなくなってしまった時が一番の恐怖だったくらいなのに。
早くここから立ち去りたい。
それから、数分もしないうちに私は異変に気付いた。
「く、なぜ。なんでこんなに渇く」
苦しい、今までに感じたことのないほどの渇きに襲われた。喉に手を当て喘ぐ。
血の通わない私は汗も掻かない。水分摂取は必要がない。
血を啜りはしても月に数度に過ぎないし、本来食事も必要ないのだ。
血は嗜好品。心身を満たして、完全な化け物になるのを防ぐのに必要なだけ。
空腹感を感じるなどおかしい。それなのに、渇く。何かを食べたい。
「人はどこだ。この際、若い娘の血じゃなくてもいい」
学園の女子寮が恋しい。
あの狩人が私を運んだのならそうは離れていないのでは?
だが少女たちの匂いがしない。近くにはないだろう。
誰のでもいい、早く血を飲まねばどうにかなってしまいそうだ。
どのくらい経ったか。木々の間から奇妙な獣が姿をあらわした。
黒いうろこに覆われ、幾つもぎょろぎょろとした目玉がついている。
この状況でなければ悲鳴を上げてもおかしくない。普通に気味が悪い。
「食いたい、血が欲しい」
だが、ついに渇きに耐えられなくなった私はその獣に飛び掛った。血が欲しい。
獣も私を食おうと狙っているのがわかる。触手や鋭い爪のついた足で地面を蹴る。
今は獣の血でも我慢するしかない。
正気であったらあんな生き物を喰らおうなど思いもしなかっただろう。
「だめ、この地の生き物を食べたらヒトではいられなくなる」
誰かが止める声が聞こえた。獣と私の中間、そこに矢が撃ち込まれる。
とっさに飛びのき振り返る。何とか正気を取り戻した。
見ると薄汚れた衣に身を包んだ娘が弓を構えて立っていた。
その恰好はっきり言って汚い、そして臭い。
これほど近くにいても芳しい少女の匂いがしない。
「早くこっちへ、あれは人を惑わします。食べたら最後、反対にこの世界に食べられる」
少女はくるりと身を翻し私を誘う。戸惑いつつもその後を追うことにした。
汚れすぎていて食指は向かないが、ちゃんと洗えば先ほどの化け物よりはましだろう。
後を追いしばらく走ると、娘はその足を緩めた。
見るとその視線の先には小さくみすぼらしい集落があった。
「『落ち延び村』へようこそ。大したものはないけど、この世界のことは教えられると思います」
振り向いて私を見つめ、そう口にした娘。
顔をまじまじと見る。
美しい。綺麗だ。その凛とした少女の瞳に私は見惚れた。
確かに体はボロボロで汚らしいが、その内面を映し出すその瞳に見つめられ私は身がすくむ。
「さあ、こちらへ。案内します」
娘の招きに従い村に入った私は、その口からこの地の秘密を知らされたのだった。
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