第6話 ザ・ドラゴンスネーク
深夜、俺は真っ暗な部屋で酒を飲み、喫煙しながらテレビゲームをしていた。「ヒクミン」というゲームだ。大自然の中で巨大なる原生生物に小さなヒクミン達が立ち向かい、戦争するゲームだ。
「よし、行け行け行け。ぶっ殺せ!!」
プレイヤーである俺はヒクミン達を敵に投げて、攻撃を命じた。そして巨大なボスを無事に倒した。このゲームは、とても命が軽い。色んな生命が数え切れないほど殺されていく残酷な世界だ。まぁ、それはこのリアルの世界も同じだな。ウクライナとロシアの戦争然り、デーモンハンターとしての俺の仕事然り。あまりに命が軽くて、俺の感覚は麻痺している。他人を簡単に殺しすぎて、自分の命も簡単に捨てていいように思える時がある。
「ふぅ……」
ボスを倒した俺は、勝利の余韻に浸りつつ無表情でタバコの煙を吐いた。
そして缶チューハイを一気に飲み込んだ。
俺は医師から正式に「アルコール依存症」と診断を受けている。だが治療なんてしていない。毎日酒を飲まないと気が済まない。俺は別に長生きする為に生きてるわけではないから、早く死のうが問題無い。今が楽しかったらそれでいい。仮に恋人がいたり、結婚して子供がいたりしたら「今が楽しかったらそれでいい」なんて言ってられないんだけど、幸い俺はフリーダムだ。
「……」
ぼーっとタバコを吸っていたその時だった。
ピロン、とスマホが鳴った。
画面を見ると、矢野さんからの連絡だった。矢野さんとはこの間ラインのIDを交換したばかりだ。
『●●さんって明日ひまですか? 私、明日彼氏と一緒に好きなバンドのライブに2人で行く予定だったんですけど、彼氏が急に仕事入って行けなくなっちゃって……。私1人で行くのも寂しいから、もしよかったら私と一緒にライブ行ってくれませんか?』
ライブの誘いか。俺は常に暇だから、予定は常に空いている。だが、どの場所でどのバンドがライブをやるのか気になる。
俺は聞いた。
『会場はどこ?』
『ヘルズロック埼玉っていうキャパ500人くらいのライブハウスです』
『群馬から埼玉なら近いね。なんていう名前のバンド?』
『ザ・ドラゴンスネークっていうインディーズバンドです! ドラスネ死ぬほど大好きなんです! ●●さんは知ってます?』
『いや、知らない』
『そうなんですか。じゃあユーチューブでドラゴンスネークって検索してみてください。ミュージックビデオが何個か出てきます』
ザ・ドラゴンスネーク?
バンド名、超ださくねぇか……?
いや、バンドは名前で決まるんじゃない。音楽で決まるんだ。
とりあえず俺は明日暇なので、こう返信した。
『明日なら大丈夫だよ。一緒に行こうぜ。ドラゴンスネークのライブ』
『ほんとですか! ありがとうございます! 1人で行くの寂しかったんです。待ち合わせ場所は高崎駅にしましょう。高崎から新幹線で埼玉に行きます。集まるのは午後で大丈夫です。詳しい事はまた連絡しますね。ありがとうございます!』
『わかった。じゃあ俺はドラゴンスネークの曲聴いて、予習しておく』
『はい! このお礼はいつか絶対します!』
『いや、お礼なんて要らない。俺が暇だからライブ行くだけだから』
『でもお礼させてください!』
『わかった』
俺はさっそく動画サイトを開いて「ドラゴンスネーク」と検索エンジンに打ち込んだ。
すると、3曲ほどドラゴンスネークのMVが出てきた。
俺はとりあえず1番上に出てきた「閃光」という曲のMVを見た。
再生してから10秒で、このバンドがどういう系統のバンドなのか分かった。
はっきり言って、ナヨナヨしててかっこつけてるアイドルみたいなくだらないバンドだ。音像も薄っぺらい。ボーカルの声が高い。俺が全く好きになれないタイプだ。
でも俺は、矢野さんの好みを貶すつもりは全くない。俺には合わなかったというだけの話。世の中、色んなバンドがある。俺の好きなバンドだって、ある人からすればゴミにしか感じないだろう。
多様性とはそういうものだ。
全ての人間の趣味・嗜好を理解はできずとも、尊重はするべきだと思う。
◆
翌日の午後に俺と矢野さんは高崎駅に集合して、2人で新幹線に乗った。
平日なので新幹線の中は空いている。余裕で座れた。俺たちは2人並んで座った。
やがて新幹線は高速で走り出した。
俺がぼーっと窓の外の景色を眺めていると、矢野さんが楽しそうに俺にこう言った。
「楽しみだなあ。ライブ。私、この為に生きてるようなもんです」
俺は窓の外を見たまま言った。
「そんなに好きなんだ? ドラゴンスネーク」
「はい。私が中学生の時、兄が無差別殺人犯に殺されてから、私はメンタルを病んだんです。心の病気になりました。精神科に行って薬も貰ったりして。でも毎日死にたくて。実際に首を吊ったこともあります。そんな時にドラゴンスネークの音楽に出会って、私は少しずつ元気になれたんです。ドラゴンスネークは私の命の恩人なんです」
俺は窓から視線を移し、矢野さんの目を真剣に直視して、言った。
「そっか。矢野さんにとって、とても大事なバンドなんだな」
「そうなんです。●●さんは、なにか好きなバンドありますか?」
「俺はね、syrup17gっていうバンドが大好きだ。ライブにも何回も行ってる」
「シロップ17グラム?」
「うん。50歳くらいの暗いおっさんのバンド」
「ちょっと知らないです。今度聴いてみます」
「うん」
「私、●●さんが好きなものをまだ知らないから、これから少しずつ知っていきたいです。私たち2人はデーモンハンターとしてのパートナーなんだから、仲良くなりたいです。どうせなら」
「俺が好きなものは、酒と女と金とタバコとロックンロールとギャンブルとゲームと野球だよ」
「なんか、めっちゃクズですね!」
矢野さんは明るく笑った。
それに釣られて俺も少し笑った。
「でも私、分かってます」
「ん、何を?」
「●●さんが本当は優しいってこと」
俺は少し恥ずかしくなって、窓の外の景色を眺めた。
「俺は優しくねえよ」
新幹線は走り続けた。
◆
目的地である埼玉に着いて、俺と矢野さんは新幹線から降りた。
それからライブハウスの開場時間まで2人で適当に街をぶらついて時間を潰した。
2人でファミリーレストランに入って、腹を満たしたりした。
そんなことをしているうちに、ライブハウス開場時間の17時に近づいてきたので、俺たちは会場に向かった。
会場には沢山の客が来ている。
なんだか、派手なタイプの人が多い。
係員が拡声器を使って客を中へと誘導している。矢野さんと俺は人の波に乗って、会場の中へと入った。
◆
開演5分前。
ライブハウスの中は、人で溢れていて、独特の熱気を纏っている。
よく分からん洋楽バンドの曲が開演前のBGMとして流れている。
矢野さんと俺はライブハウスの割と後ろの方に立って、ドラゴンスネークの登場を待っていた。
俺がチラリと矢野さんの顔を見ると、矢野さんは笑顔だった。本当にドラゴンスネークのことが好きなんだな。
少し俺まで嬉しくなってきて、俺も笑った。
やがて、ドラゴンスネークのメンバーが現れた。
その瞬間、大きな声援が発生した。もちろん矢野さんも叫んでいる。俺は無言だ。
──メンバーがそれぞれの配置につき、やがてドラムが「1・2・3・4!」とカウントを始めて、1曲目の演奏が始まった。
──ライブハウス中に爆音が流れて、客はそれに熱狂してる。矢野さんも笑顔ではしゃいでる。この瞬間は全ての憂苦を忘れているのだろう。
矢野さんが誘ってくれたバンドのライブ。
案の定、クソみたいな音楽が流れている。でも矢野さんはそれを聴いて、楽しそうに笑ってる。俺はその顔を見て、少しだけドラゴンスネークに感謝した。
くだらない人が、くだらない人に、こうやってくだらない音楽を歌っている。
そんな光景が俺には、とても美しく思えた。
やっぱり音楽って、本当に素晴らしい。
──いつの間にか俺まで笑顔になって、矢野さんと一緒にはしゃいでいた。
7話に続く
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