第5話 vs.無差別殺人犯
電話を切った後、工藤さんはグラスを傾けて酒を飲みながら俺たち2人に言った。
「──無差別殺人犯が暴れてるらしい。全身から電撃を無尽蔵に発するデーモンだ。外見的特徴は20代くらいのメガネの黒髪の地味な男。全身、黒い服。場所は高崎駅前。既に数人の民間人が殺されてる。●●、矢野、今すぐ2人で高崎駅に向かえ。そして、そのデーモンを殺せ」
「はい」
「はい」
俺と矢野さんは同時に返事をした。
俺はグラスに少しだけ入っていたカシスオレンジを飲み干して、「よっしゃ。行こうか矢野さん」と目を見て言った。「はい!」と快活な返事が来た。
矢野さんの目は、復讐の炎に燃えている。ように見える。
◆
すぐ工藤さんのバーを出て、その辺でタクシーを拾った俺と矢野さんは、走る車内で2人でミーティングを開始した。
「簡単にミーティングしよう。まず矢野さんは人を殺したことある?」
「ないです。あったら今頃、女子刑務所にいますよ」
矢野さんは笑う。
「それもそうか。じゃあ今回は、デーモンは俺が殺すよ。矢野さんにとっては初めての任務だから、今回は俺の後方に立ってずっと見てるだけでいい。人を殺すって事がどんなことなのか、それを目で知るだけでいい」
「わかりました」
やがて、矢野さんは俺の目を見て、神妙に言った。
「●●さん。自分語りになっちゃうんですけど、いいですか?」
「うん。いいよ」
「私の兄は、高校生の時に電車の中で無差別殺人犯に殺されました。炎を操るデーモンです。兄が殺されたのは、朝の通学途中の電車内でした」
「……そうなんだ。じゃあ今回の敵と同じような感じか……」
「犯人は『自殺する勇気がなくて、死刑になりたいから人を殺した』と供述しました。まぁよくあるやつですね。1人の弱者の身勝手な自殺願望に私の兄は巻き込まれて、理不尽に殺されたんです。ちなみに犯人の死刑は去年、執行されました。それでも私は今でも犯人を心の底から恨んでいるし、一生それは消えないと思います。死刑以上の重い罰を与えて欲しかった」
「俺も、妹がそういう形で殺されたら、同じことを考えると思う」
「私は怒りのやり場が分かりません。一生、こうして悶々と生きていかないといけないのかなって。そう思った時にデーモンハンターになろうと思ったんです。私は、人を殺したいと思ったんです。きっとそうすることでしか私の恨みは消化できないから」
「そうか……いいんじゃないか? 俺が矢野さんの立場だったら、俺もそうなるよ」
「そうですよね。ありがとうございます。すっきりしました。今までこんな話、誰にも出来なかったから」
「なら、よかった」
「はい。●●さんって優しいですね。じっくり話を聞いてくれる感じがします」
「別に優しくない。俺は、女の子とエッチできたらそれでいいんだ。俺はエッチする為だけに人類に優しくしてる。だが表面上はそれを隠しているんだ」
「あ、そうなんすか」
と言って矢野さんは笑った。
「ああ。そうさ。俺は女を“穴”としか見ていない。俺は女の“膣”にしか用が無い」
俺は無表情でそう言って、ラッキーストライクの箱とライターを取り出して、タバコを吸い始めた。すると、タクシーの運転手が「車内、禁煙です」と俺を諫めた。
「すいません」
俺は舌打ちして、燃焼中のタバコを窓から投げ捨てた。
◆
タクシーは目的地に到着した。
俺が金を払い、2人で高崎駅前に降り立った。
周囲を見渡すと、既にパトカーが何台も来ていて、厳戒態勢だ。
俺と矢野さんがそこに近づくと警官が「ここは立ち入り禁止だ。離れなさい!」と言った。
そこで俺はポケットから“デーモンハンター手帳”を取り出し、「我々、こういう者なんですけど」と言った。すると警官の表情は打って変わり、「あ、デーモンハンターさんでしたか。すいません。この先に犯人がいます。駅の内部です!」と言われた。
犯人は一般人ではなく、電撃を操るデーモンなので普通の警察では無力化と逮捕が難しい。ここは俺が殺すしかない。
「よし、行くぞ。矢野さん。俺の後ろについてこい」
「はい!」
◆
高崎駅はとても大きい。
西口と東口の他に、何個も入り口がある。
駅の内部に犯人がいると言っていたが、何階かまでは分からない。
とりあえず東口の1階の自動ドアから内部に入った。
すると、奇跡的に犯人が俺の目の前で暴れていた。
「──死ね!!!! 全員死ね!!!」
そう言って犯人は手から雷のような眩しい電撃を発し、初老のおばさんを殺した。
周辺は阿鼻叫喚の地獄と化している。みんなが叫びながら外へ逃げ出している。
その様子を見た矢野さんは、いきなり大きな声で叫んだ。
「おいお前!!!! 自分が何してるか分かってんのかよ!!! ぶっ殺す!!!」
俺が後ろを振り向くと、矢野さんはマカロフを構えて、犯人に銃口を向けていた。
すると、犯人の注意はこちらに向かって、ジロリと舐め回すように俺たちを見てきた。
俺は咄嗟に矢野さんに注意する。
「おい矢野さん、ここは俺が殺すって言っただろ!」
「でも! 私はあいつを許せません!」
直後、犯人は奇妙に笑った。
「デュフフフフフフ。お前ら2人はデーモンハンターか? まぁいい。少しだけ、僕の話を聞いてくれよ」
「ああ。聞いてやる」と俺は言った。
すると犯人は体から発する電気を止めて、神妙な顔つきで俺らに語り始めた。
「僕は不幸な人間だった。他人を信じても、どうせすぐに裏切られる。どうせ嫌われるくらいなら他人のままの方がいい。『死ぬ気になればなんでもできるだろ』って嘯く奴がよくいる。それは死ぬ気にならなくても何でもできちゃう人のセリフだよ。僕は何も出来なかったんだ。僕にとってたった1人の大事な友達でも、相手にとっては100番目のどうでもいい友達なんだろうね。その意識のズレは不幸な結末になるだけ。考え方が変わったって顔は変わらない。お前らは『そういう性格だから彼女ができない』って言うんだろ? 逆だよ。彼女ができないから、そういう性格になんの。考え方が変わったって顔は変わらない。僕は誰からも愛されない。負け組は生まれながらにして負け組なのです。まずそれに気付きましょう。そして受け入れましょうよ。僕が勝手に友達だと思っている人は居ますけれど、相手が僕をどう思っているかは分かりません。向こうから何かに誘ってこないということは、僕はただの鬱陶しい不細工なのでしょうね。笑うことはストレス解消になるのだそうです。僕が最後に笑ったのはいつでしょうか。いわゆるお笑い番組を見ても、くすりとも笑えない僕は異常ですか? 現実でも独り。ネットでも独り。友達が1人も居ない僕の気持ちがお前らに分かるか? 分かるわけないよな。死ぬまで独り。死んでも独り。お前らにこの苦しみが分かるはずがない。僕には支えてくれる人なんか居ないんだから。何も苦労せずに幸せに生きてる奴が憎いんだ。だから僕は──」
「──なげーんだよ!!!!!!!!」
──パァン!!!!!!!!!
あまりの長さにムカついた俺は、無差別殺人犯の演説を遮り、スーツのポケットからマカロフを取り出し、犯人の頭部に照準を合わせて引き金を即座に引いた。
すると犯人は、一瞬にして死んだ。
周囲には血が大量に散らかった。
それを見て、俺の後ろにいた矢野さんは「ひっ!」と驚いていた。
俺は、頭部がバラバラになった犯人の遺体に向かって、こう言った。
「ふざけんな。……友達なんか、俺だって1人もいねぇよ。でも俺とてめぇは違う。てめぇは責任転嫁しかできねぇ身勝手なクソガキだ。子宮からやり直せ!!!!!」
そう言った直後、なんと、俺の背後から矢野さんが飛び出してきて、犯人に接近した。そして、1発、既に死んでいる犯人の胴体に弾丸を撃ち込んだのだ。
──いわゆる死体撃ちだ。
矢野さんは、それから銃を何発を撃ちながら叫んだ。
「お前みたいな奴の一方的な逆恨みのせいで、私のお兄ちゃんは死んだ!! 1回死んだだけで許されると思うなよ! 私が何回でも殺してやる!!!!」
──パァン!!!!!!
──パァン!!!!!!
──パァン!!!!!!
──パァン!!!!!!
「クソが!! 死ね!!! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! お前みたいな人間の屑は地獄よりもっと下に堕ちろ! 死ね!!!! 死ね!! 死ね!!!!!!!」
遺体は、めちゃくちゃになって、もうとっくに原型を留めていない。
パンパンと、銃声がうるせえ。
パンパン。パンパン。パンパン。
俺は思わず、矢野さんの肩に勢いよく手を置いて、言った。
「──おい! もうとっくに死んでるだろろうが! この辺でやめとけよ」
すると、矢野さんは正気を取り戻したような目になって、俯いた。
「あっ……ごめんなさい」
「分かったなら、別にいい」
「でも私、どうしても許せなかったんです」
「そっか。しょうがねぇよ。でも次からは気を付けろ。デーモンが複数人いるパターンも沢山ある。1人の敵だけに囚われていたら、その隙に背後から殺される事だってあるんだ。今の矢野さんはかなり無防備だった。このままだと簡単に殺されるぞ」
「はい。すいません」
「この仕事をやるなら、私情は捨てろ。俺だって、この犯人の言葉に共感できる面もあった。でもこの男を殺す時は、自分が“機械”だって思って撃った」
「……はい」
「よし。じゃあ、工藤さんのバーに帰ろうか」
「はい」
俺と矢野さんはタクシーに乗って、元いたバーに帰った。工藤さんに報告しなくては。
◆
「──そうか。そんな事があったのか。まぁ大した問題じゃないだろう。矢野も自分の問題点はよく分かったはずだ。とりあえず、お前ら2人が無事に帰ってきてよかったよ」
そう言って工藤さんは少しだけ笑って、タバコに火をつけた。
その姿がかっこいいと思った。こういうクールな男に憧れる。
俺は矢野さんにこう言った。
「よし、じゃあ矢野さん、デーモンに勝った記念に今日はいっぱい酒飲もう! 全部俺の奢りだ!」
「はい!」
矢野さんは笑顔になった。その顔が可愛くて、俺は妊娠させたいと思った。
嘘だ。
そんなこと思うわけないだろ。
6話に続く
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