第4話 新人
まだまだ暑さが残る初秋。
平日の昼間から近所の公園に行き、ベンチに座って缶チューハイを飲む。そして食パンをちぎって鳩に食べさせながら、タバコを吸う。まるでキアヌ・リーヴスのような哀愁を全身から漂わせながら。
これが俺の最近の日課。
幸い、公園には誰もいない。ここは心を落ち着かせられるベストな場所だ。
「ほら、鳩。いっぱい食べな」
食パンを細かくちぎって鳩にあげる。
俺の周辺には5羽くらいの鳩が寄ってきている。できるだけ均等になるように餌をあげている。
「俺の友達は、お前らだけだ」
実際、「友達」と呼べる人間は存在しない。そんな俺に彼女が出来たかと思いきや、俺はその女の子を自らの手で殺害せざるを得ない状況に立たされた。
「人を殺すことに慣れちまった。人生とは、孤独な戦場だな。なぁ鳩」
鳩は間抜けに頭を前後させながら、パンを食べている。かわいい。
短くなったタバコの吸い殻を地面に捨て、革靴で捻るように踏み潰す。
それからしばらく缶チューハイを水のようにゴクゴク飲んでいると、工藤さんから電話が来た。
「はい、もしもし」
『おい。●●、お前今どこにいる』
「公園で独りで酒を飲んでます。そして、鳩に餌をあげてます」
『そうか。暇か。じゃあ今から俺の店に来い』
「ん?」
『新人が1人入ったんだ。そいつの教育係をお前に任せたい。その新人の紹介も兼ねて、みんなで酒でも飲もう。親睦会だ』
「新人の教育係ですか。俺にできますかね?」
『できますかね? じゃねえ。やるんだ』
そこで電話が切れた。
いつも工藤さんは要件を伝えると速攻で電話を切る。例えば「なぜ俺に新人を任せてくれるのか」と疑問を呈する間もなく切られるのだ。もう慣れたけど。
ちなみに工藤さんは自分のバーを経営している。彼はマスターでもあるのだ。あまり大きくはないが、モダンでおしゃれなBARだ。こうしてたまに工藤さんに呼び出された時は、そのバーに行く。
バーの名前は、「センティア」だ。
◆
俺は手持ちの缶チューハイを全て飲んで、缶をゴミ箱に捨て、公園を出た。そして酔いが覚めないままタクシーに乗った。
工藤さんは、高崎市のXという場所に店を構えている。
木製のドアを開くと「カランコロン」と小気味の良い音が鳴った。
「──おう、久しぶりだな。元気にしてたか? ●●」
「はい、しばらくは傷心状態でしたが、だいぶ元気になりました」
「そうか。よかった」
バーのカウンターの向こうで工藤さんがタバコを吸いながら佇んでいる。薄暗い店内なのに、工藤さんはサングラスをしている。俺は未だに彼がサングラスを外した目を見た事がない。一体どんな目をしてるのだろう。
「とりあえずお前が何事もなく無事に生きていてくれてよかった。騙されていたとは言え、お前は自分の恋人を殺害したんだ。辛かっただろ」
「ちょっとキツイものがありました」
「まぁ気にすんな。女なんて星の数ほどいる」
「そうっすね」
あれは正直かなりメンタルに来た。俺はもうずっと独りで生きていくつもりだ。女の子と仲良くなるのはもうやめる。彼女も作らん。
現在、店内には工藤さんと俺しかいない。
「まぁ、座れ」
「はい」
俺はカウンター席の1番左の赤い椅子に座った。ふかふかしてて座り心地がいい。
「何飲む?」
「じゃあ、カシスオレンジ。今酔っ払ってるんで」
「分かった」
◆
カシスオレンジはジュースみたいで飲みやすい。度数も弱いし。それに工藤さんが作るカシスオレンジは最高にうまい。
俺がぼーっと酒を飲んでいると、後ろから「カランコロン」と音がした。
「──おう、来たか。新人」と工藤さん。
俺がなんとなく後ろを振り向くと、俺は驚愕した。そこにはめちゃくちゃ可愛い女の子が立っていたからだ。芸能人で言うなら「めるる」に似ている。違う点は、この子は黒髪セミロングという点だ。だが、顔立ちは完全に「めるる」だ。
俺は衝動的に椅子から立ち上がり、彼女に言った。
「はじめまして。俺の赤ちゃんを産んでください。俺と結婚し、めっちゃ幸せな家庭を築こうや!」
「えっ!?」と驚く女の子。
「こいつなりの挨拶だ。気にするな」と工藤さん。続けて工藤さんは真顔でこう言った。
「じゃあ新人、簡単に自己紹介してくれ」
「あ、はい。今日からデーモンハンターとしてこの組織でお世話になります。“矢野舞香”と言います。年齢は24です。私が中学生の頃、デーモンに兄が殺されてから、兄の仇を討つ為にハンターになりたいとずっと思ってました。がんばります。趣味はギターとパチンコです。よろしくお願いします」
お兄さんがデーモンに殺されたのか……。矢野さんは復讐の為にデーモンハンターになったのだろう。人には色んな過去があるな。
「矢野さん、よろしくお願いします。俺の名前は●●って言います。26歳です」と俺は言った。
「矢野、お前の教育係はこの●●って男だ。変な奴ではあるが、悪い奴ではない。だから安心してデーモンハンターとしてのイロハをこいつから学んでくれ」
「あ、はい! よろしくお願いします! ●●さん!」
矢野さんは素敵な笑顔でお辞儀した。
だから俺も笑顔でこう言った。
「ねえ、俺の赤ちゃんを産む気は無いの?」
「無いです。私、彼氏いるんで!」
「彼氏いるんかーい! ワンチャン俺が彼氏になりたいと思ったのに」
「他の人を当たってください」
「あ、うん。そうする」
まあ、これだけ可愛くて明るい子だったら普通に彼氏くらい居るよな。そう思ってたわ。
◆
偶然、矢野さんもカシスオレンジを注文した。
俺と矢野さんは並んで椅子に座って酒を飲んでいる。他に客がいないから、工藤さんも立ちながら酒を飲んでいる。何の酒なのかは分からない。なんか高そうな酒だ。
「とりあえず、矢野はこれからしばらくの間、仕事の時は●●と一緒にペアを組んで行動してもらう。●●に常に同行しろ。仕事と言っても単純だ。銃でデーモンを撃ち抜いて殺せばいい。銃は、これを使ってくれ」
工藤さんはそう言って、懐からマカロフを取り出して、矢野さんに手渡した。
「1951年に出来た、旧ソ連製の自動拳銃だ。古いタイプで申し訳ないが、俺はこれしか持ってない。これで我慢してくれ」
「あっ、ありがとうございます」
矢野さんはマカロフを両手で受け取って、まじまじと見た。
「私、銃を持ったの初めてです。こんなに重たいんですね」
「銃の扱いも●●から教わってくれ」
「はい」
それから、しばらく3人で雑談をしていると、工藤さんのスマホが鳴った。
工藤さんは速攻で電話に出た。
「はいもしもし。はい。はい。ええ、はい。分かりました。至急、現場にデーモンハンターを“2人”向かわせます。失礼します」
スマホをスーツのポケットにしまった工藤さんは、にやりと口角を少し上げて、俺と矢野さんを見て言った。
「──お前ら2人に仕事が舞い込んだ。さっそく行ってもらう。いいな?」
「はい」
「はい」
俺と矢野さんが、同時に返事をした。
不意に目が合った。
矢野さんは、復讐に燃えた目をしている。
何も問題が起きなければいいのだが……。
5話に続く
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