第2話 個室居酒屋にて

 はなちゃんの体からは真っ黒のオーラが出ている。これが何を意味するかと言うと、はなちゃんがデーモンだという事だ。

 ──どうして、よりによって、はなちゃんなんだ……? はなちゃんとはネット上で2年間の付き合いがあった。

 そして今日、初めて2人で会えた。やっとリアルで彼女が作れると思ってたのに。どうしてはなちゃんがデーモンなんだ……。

 ちなみに俺は今日もスーツ姿だが、ポケットにはマカロフというソ連製の自動拳銃が入っている。先月、この銃でデーモンを殺害した。


「──どうしたの?」


 俺が高崎駅のホームでぼーっとしてると、はなちゃんが俺の目を訝しそうに見てきた。

 俺は笑って言う。


「あ、なんでもないよ。じゃあ行こうか」

「うん!」


 ◆


 俺とはなちゃんは並んで街を歩いた。背が150センチであるはなちゃんの歩幅は小さいから、俺は意図的にゆっくり歩いた。デートする時は男が車道側を歩くべきという風潮があるが、俺は全く気にしなかった。

 ──大学生活は最近どう? みたいな話を振りながら歩いていると、やがて、はなちゃんが笑って俺の目を見てこう言った。


「ねえ。手繋いで歩いてもいい?」


 俺は思わず立ち止まる。


「え?」

「だって私たちデートしてるんだよ?」

「そっか。これってデートなんだ。デートなんて26年の人生で2回目だ」

「●●くんってあんまりモテないの?」

「うん。なんなら童貞だ。女の子と手を繋いだことも無い」

「じゃあ私が初めての相手?」

「うん」

「そうなんだ。嬉しい」


 やがて、はなちゃんは俺の手を握ってきた。

 めちゃくちゃ暖かい。

 長いこと他人の体温に触れていなかったから、人が暖かいという当たり前の事すら忘れていた。


「●●くんの手おっきい」

「そう?」


 俺は、はなちゃんがデーモンである事実を棚に上げて、若干にやけた。

 

 ◆


 時間的に夕方だったから、俺とはなちゃんは2人で居酒屋に行くことにした。はなちゃんが「個室の居酒屋がいい」と言ったので、そうした。

 個室で、俺とはなちゃんは隣同士に座った。

 俺は胡座をかき、はなちゃんは女の子特有のあの座り方をしている。名称が分からない。

 2人でメニューを見ながら、俺は言った。


「はなちゃん何飲みたい?」

「私、最初ビールがいい」

「俺はハイボールにしようかな」


 ◆


「──私、前も話したけど大学に全然行けてないの。友達も1人もいない……。バイトもすぐ辞めちゃう。私って本当にクズだよね」


 はなちゃんがビールを飲みながら、続けてこう言った。


「でも●●くんがいるから、私は全然寂しくないよ」

「ありがとう。俺もよく死にたくなるんだけど、はなちゃんがいるから生きていられる」


 俺は笑ってハイボールを飲む。

 笑って酒を飲むのなんて、初めてだ。


 ◆


 それからしばらく飲んで食べて喋っていると、そのうち、はなちゃんが「おしっこしたい」と言ってトイレに行った。


「……はぁ」


 個室に1人になって、溜息をついた。

 俺の気は重い。何故なら、はなちゃんはデーモンだ。殺さなくてはならない。

 もしも俺がはなちゃんを見逃したとしても、他のデーモンハンターに彼女は殺害されてしまうだろう。ハンターはどこにいるか分からない。はなちゃんの安全を考慮すると、俺のアパートに匿うのが1番いいのか?

 ──ほとんどのデーモンがそうなのだが、デーモンは人を食べる習性がある。

 小柄なはなちゃんにそんな力があるようには見えないが、彼女がデーモンであるなら、ほとんど間違いなく人を食って生きている。


「……」


 俺がハイボールを飲んでぼーっとしていると、俺のスマホが鳴った。

 直属上司である工藤さんからの電話だ。

 俺は嫌々ながら電話に出た。


「はい、もしもし」

『おい。お前今どこにいる?』

「適当な居酒屋で飲んでます。“1人”で」

『お前、今月まだ仕事してないだろ。ほっつき歩いてないで働け。お前が1番働いてねえぞ。ボケ』

「工藤さん」

『あ?』

「好きな女の子がデーモンだった場合、どうしたらいいですか?」

『デーモンは異能を使って犯罪を犯し、人間を捕食して生きている。奴らは人類の敵だ。どんな相手だろうと迅速に殺害しろ』

「もし、嫌だと言ったら?」

『お前はクビだ』

「……分かりました」

『2つだけ伝えておく。俺はお前のデーモンハンターとしての能力を高く買っている。それともう1つ。もしお前が組織に逆らうような真似をしたら、俺は問答無用でお前を殺す』


 ──つー、つー。

 工藤さんは有無を言わさず通話を切った。

 俺は、大きく舌打ちをした。


 ◆


「──ごめんね。トイレが混んでて時間かかっちゃった」


 やがて、はなちゃんがトイレから戻ってきて、俺の横に再び座った。


「あ、全然いいよ」

「……なんか顔が暗くなったね。何かあったの?」

「はなちゃんは察しがいいな」

「?」

「なんか、色々めんどくさいから単刀直入に聞く。はなちゃんってデーモン?」


 俺がそう言うと、はなちゃんは硬直した。そして小さく震える声で俺に言った。


「……え、なんで分かったの?」

「実は俺、デーモンハンターなんだ。この仕事を始める時に両目を強制的に手術させられた。だから俺はデーモンが分かる。デーモンは、体から黒いオーラが出てるんだ」

「●●くんは、私のこと殺すの?」

「殺したくない。俺、はなちゃんのことが大好きだから」

「ねえ。いつから私がデーモンだって分かってたの? 最初から?」

「うん。最初から」

「そっか……。なんか、ごめんね。私も●●くんのこと大好き」

「じゃあ付き合う?」

「え? いいの? 私デーモンなんだよ? 私のこと殺さなくていいの?」

「それなんだけど、はなちゃんの身柄を俺のアパートで匿いたい。デーモンハンターである俺の家に住んでれば、はなちゃんは常に安全で居られる」

「でも私、定期的に人の肉を食べないと、死んじゃう体質なんだ……」

「なら、適当に人を殺せばいい。俺は組織から抜ける。そしたらきっと、組織から追われる身になる。デーモンを匿ってることがバレたりしたら間違いなく消される」

「……それじゃあ私は居ない方が……」

「そんなの嫌だ。はなちゃんは俺が守る。もう俺の仕事なんてどうでもいい。俺は、はなちゃんのことが大好きだ。付き合いたい。何回もセ●クスしたい。一緒に動物園とか水族館とか観光地とか行きたい。一緒に思い出を作りたい」

「私も」


 はなちゃんは笑った。

 俺は無表情でスーツのポケットからマカロフを取り出した。

 すると、はなちゃんの目が点になった。


「それって、本物の銃?」

「うん。ソ連製のマカロフっていう古い銃。実弾が入ってる。俺は今までこの銃で何回もデーモンを殺した。これで俺がデーモンハンターだって分かってくれた?」

「うん。わかった。じゃあ私も、私がデーモンだっていう証拠見せないとね」


 はなちゃんはそう言った直後、目を閉じて、とても苦しそうな表情を浮かべた。

 その直後、はなちゃんの両肩から蒸気のような気体が発生し、はなちゃんが着ているグレーのパーカーの肩部分を突き破って、黒いガトリング銃が出てきた。両肩からそれぞれ立派な銃が生えている。

 はなちゃんは笑った。


「これが私のデーモンとしての能力だよ。両肩からガトリングが生えてくる。弾数は無限」

「すげえな……」

「これで今まで何百人も無差別に人を殺してきた。だって私は、10日に1人食べないと死んじゃうから」

「大変だな」

「大変だよ。デーモンに生まれちゃった人は」


 そう言うと、突然はなちゃんは俺のグラスを取って、俺のハイボールを飲んだ。


「間接キス!!」


 と言って、はなちゃんはケラケラ笑った。

 俺は嬉しくなって笑った。

 それと同時に俺は今この瞬間、“組織”を抜けて、はなちゃんと共に生きていく事を心に決めた。

 決意を固めた俺は高らかに言った。


「──よっしゃ! 今日は酒飲みまくるぞ!!!!!!!」

「うん! あとカラオケいく!!!!」


 その直後、俺とはなちゃんは衝動的に情熱的なキスをした。

 ハイボールの味がした。







 3話に続く

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