Frustration in my blood

Unknown

第1話 腐った生活

 7月上旬。

 平日の通勤・通学時間の「高崎駅」西口のペデストリアンデッキの喫煙所で、漆黒のスーツを身に纏った俺は、人間たちを冷めた目で睥睨しながらタバコの煙を口から撒き散らした。


「──やれやれ。通勤・通学、全く愚鈍な奴らだな……。自分が“社会という名の檻”に囚われてることも知らず、のうのうと歩いてやがる……」


 俺が独り言を呟くと、俺の隣に立っている、くたびれたワイシャツ姿のおっさんが(なんだこいつ)みたいな目で俺を見てきた。

 なので俺はタバコの煙を吐きながら真顔で質問した。


「なんだおっさん。俺に用でもあんのか」

「ねえよ。死ね」

「馬鹿野郎。俺は首吊りに昨日失敗したばかりなんだよ」

「そうか。なら適当に頑張れ。この世はシビアだよなあ。俺も昨日、嫁と娘に逃げられちまったよ」


 そう呟いて、おっさんは臭そうな口からタバコの煙を撒き散らした。俺も同じように煙を吐いた。


「おっさんも色々あるんだな」

「おっさんだけじゃねえ。ゆりかごから墓場まで、みんな色々あるさ。みんな過酷な運命を背負った迷い子だ」

「そうだな」


 ──俺は現在26歳。職業は「デーモン・ハンター」である。デーモンハンターは政府に雇われた秘密組織なので、俺は表向きは無職ということになっている。通称「デーモン」と呼ばれる悪魔を狩り、それをヤクザに売ることによって俺は生計を立てている。デーモンは一般人に紛れて“表向きは”普通に生活していることが多い。しかしデーモンは“異能”を持っており、その力で凶悪犯罪を犯しまくる。そこで俺たちデーモンハンターがデーモンを狩りまくっているというわけだ。


「……」


 デーモンハンターである俺の目には、一般人とデーモンの違いがすぐにわかる。デーモンは、黒い瘴気(オーラ)を纏っているのだ。


 ──実は、俺の真横でタバコを吸っているこのサラリーマン風のおっさんから、デーモン特有の黒いオーラが見える。俺はそれがショックだ。良い奴そうに見えたのだが。


 俺はタバコを地面に投げ捨て、真っ黒の革靴の裏で踏み潰して、無表情で言った。


「──なぁ、おっさん」

「あ?」

「お前、サラリーマンのふりをしたデーモンだな?」

「そうだ。……お前、デーモンハンターだったのか……」

「ああ」

「俺はここで殺されちまうのか。ふっ、傑作だな。嫁と子供に逃げられて、その翌日に俺はお前に殺されるのか」

「……悪いな」

「いいよ。一思いにブッ殺してくれ」

「おい。本当に良いのか?」

「お前、優しいんだな。普通のデーモンハンターはそんなこと聞かないぜ」

「……」

「お前、銃でも持ってるのか?」

「ああ。ソ連製のマカロフっていう銃がポケットに入ってる。1951年に出来た銃だ」

「随分と古いの使ってるんだな」

「……俺は本当はお前を殺したくはない。だが、お前がデーモンだと知ってしまった以上、殺害するしかない」


 俺は、スーツのポケットに入れているマカロフの柄を握って、呟いた。

 

「──悪く思うなよ。俺だってデーモンハンターとしての生活が掛かってるんだ。先月の給料は手取り11万だった。これじゃパチンコにも風俗にも行けねえよ。彼女なんて夢のまた夢だ」

「……最後に聞かせてくれ、ガキ」

「?」

「お前が昨日、首を吊った理由はなんだ?」

「26歳にもなって、童貞だからだ──」


 ──パァン!!!!!!!!!!!


 俺は無表情でマカロフの引き金を引いた。

 おっさんの顔面を弾丸が貫通し、真っ赤な美しい花を咲かせた。

 周りでは悲鳴が上がる。

 俺は、悠然と歩いてその場を後にした。


 ◆


「くそが……。スーツがおっさんの返り血で汚れちまった」


 築30年のアパートの2階の角部屋に帰宅した俺は、洗濯機に血まみれのスーツをぶち込んで、液体洗剤やワイシャツやパンツをぶち込んで、洗濯を開始した。

 俺はシャワーを浴びながら、言った。


「もうデーモンハンターの仕事を始めて半年。完全に慣れた……。でも人を殺すことに慣れるってのは、悲しいことだな」


 ◆


 上下ブラックのスウェットに着替えた俺は、デーモンハンターとしての直属の上司に電話をかけた。

 俺の上司は「工藤幹夫」という43歳のヤクザみたいな男だ。坊主頭でいつもサングラスをしている。EXILEのアツシみたいな外見だ。

 ちょっと怖いので、工藤さんと話す時はいつも緊張する。


「あ、もしもし」

『──なんだ』

「工藤さん。さっき高崎駅でデーモンを1人殺しました。50歳くらいの男でした」

『それなら既に回収済みだ』


 ──つー、つー。


 早くも電話が切れた。工藤さんは電話をすぐ切る男だ。


 ◆


 俺はそれから、ゴミみたいな1日を過ごした。

 安い缶チューハイを何本か飲んで、少し酔っ払って元気になり、ネット上の友達である女子大生に絡みに行った。


「お姫様抱っこして、その場でぐるぐる回転したい!」だの「ちゅーしたい!」だの、恥ずかしい文を送ってしまった。(ガチです)


 その女子大生とは、いつか居酒屋に行って酒を飲んだり、カラオケに行ったりする予定を2人で立てている。いわゆるデートってやつです、か。


 その女子大生とやり取りしたあと、むらむらした俺は、ネットに転がっている素人の動画で抜いた。


 26歳にもなって俺は何をやっているんだ?


 ──デーモンハンターとしての稼ぎは少ない。大体、月10万前後の給料だ。ゴミみたいな日々だ。ちなみに歩合制だ。


「あーあ、彼女が欲しいなあ。彼女と一緒に動物園とか行ってみたいなあ」


 あわよくば、俺はその女子大生と付き合いたいと思っている。「はなちゃん」という女の子だ。


 でも、こんな俺が女の子と付き合うなんて、できるんだろうか。俺が最後に女の子と付き合ったのは12歳の頃だ。あれ以来、彼女は一度もできたことがない。


 ◆


 翌日、また俺はその女子大生とやり取りをした。


「はなちゃん大好き!!!!!!! 早く会ってお姫様抱っこしたい!!!!!!!」


 みたいな文を送った。そしたら、


「私ダイエットする!!!!」


 と言われた。はなちゃんが太ってても痩せてても俺はどうでも良いんだけどなあ。って返信した。でも女の子は自分の体型を気にする生き物ですよね。


 ◆


 デーモンのおっさんを殺害してから、俺は1週間くらいアパートに引きこもっていた。特に人と会う予定が無かったし、仕事をする気にもならなかった。適当に酒を飲んでゲームして野球見て動画見てオ●ニーしてネット掲示板を荒らしたりして、腐って無為に生きていた。ゴミみたいな人生かもしれない。でも正直言って、人間なんて大体ゴミみたいなもんだろ? だから俺個人がゴミだからと言って、あまり気に病む必要はないと思うんですわな。


 とりあえず俺は、「はなちゃん」と会うのを楽しみに生きている。なんだかんだ、はなちゃんとは2年くらい関わりがある。俺とこんなに関わってくれた女の子は過去を振り返ってもあまりいない。「はなちゃん」も俺を好きなのが伝わってくる。両思いってやつです、か。


 ◆


 それから1ヶ月が流れた。俺は未だにアパートで適当に生きていた。そして遂に「はなちゃん」とリアルで会ってデートすることになった。

 はなちゃんは俺のアパートからの最寄駅である「高崎駅」に山梨から新幹線で来てくれた。


「──はなちゃん! 会いたかったよ」


 駅のホームで俺が笑顔でそう言うと、はなちゃんは嬉しそうに笑った。はなちゃんは身長150しかなくて、小さくて可愛い。はなちゃんはグレーのパーカーと紺のジーンズを着ている。地味そうな女の子で、かわいい。


「私も会いたかった!」と、はなちゃん。


 しかし俺は、はなちゃんに会った瞬間に、死にたくなった。

 何故なら、はなちゃんの体からは、デーモン特有の黒いオーラが出ていたからだ。






 2話に続く

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