第100話 健一さんと文化祭 私っすよね?
私は涼香と話さない時に行く、滅多に人の来ないちょっとした穴場スポットで健一さんが来るのを待っていた。
ここは実家のあの場所と同じで一つのベンチがあるだけのスペース。文化祭でもここは人が来ないから健一さんと存分に触れ合えると思い待っていたのに…
5分程待っても中々姿が見えず、道に迷っているんじゃないかと探しに行くと少し離れた所で健一さんを見つける事が出来た。
「あ!健一さ…ん」
見つけた私は気づいてもらう為に少し声を張ろうとするが、最後まで言う前に私の声が小さくなっていく。
理由は見つけた健一さんの腕に知らない女性が抱き着いていたからだ。誰だろう…分からない。その光景を見た私の頭は一瞬真っ白になってしまう。
でも、咄嗟に震える声で言葉を発する。
「誰…っすか?」
私の声は小さくてまだ文化祭の賑わいの混じるここでは多分健一さんには声が届かない。
そう思っていたのに、後ろ姿しか見えない健一さんは呼ばれた事に気付いたのかこちらに振り向いて私の名前を口にした。
「真緒…」
健一さんが振り向くと、隣の女もこちらを見てくる。
その女は誰?と分かりやすく顔を軽く傾けて、同性の私から見ても可愛いと感じてしまう。
彼女は可愛くお洒落してて、艶のある長い髪の一部を編みハーフアップ。
唇にはピンク色のリップが塗られており、色気も感じ取れ、私には無い大きな胸を持っている。
彼女と私では正反対すぎて、今のその距離の近さが少し怖いと思ってしまう。
「け、健一さん…」
「真緒、大丈夫だから。花園さん、そろそろ離してくれないかな」
「えー、その子誰?お友達?あ、もしかして彼女だったり…それは無いか、羽島君大きいのが好きだもんね」
そう言った彼女は私を見定める様に一見し、鼻で笑った様な笑みを浮かべる。
その瞬間私は一つの推測に辿り着く、この人もしかしたら健一さんの元カノかもしれないと。
それならこの距離感も説明がつくし、浮気をする様な人だ、碌な人間じゃない。健一さんを苦しめる原因になるだけだと思う。
そんな風に客観的に見る事も出来るが、今のこの光景を見て胸が締め付けられる様な痛みを感じるのも事実。
もし、健一さんが私に飽きたらこうやって私の知らない人と腕を組んだりしてしまうんだろう。
嫌、だな…健一さんには私だけを見ていて欲しいし、私だけを愛して欲しい。
この身を一生捧げても良いから離れないで。
そう今は黙って願う事しかできない。上手く口が動かなくて、震える体を押さえ付けるだけで精一杯な弱い自分が嫌になる。
人見知りで未だにクラスの人と話せない自分も嫌いだ。
いつも守られるだけの存在な自分も嫌いだ。
克服出来ないからと逃げて、全て健一さんを頼ってしまって…今だって私は何も出来ないでいる。
そう少し卑屈になりかけていると、健一さんは一つお願いがあると言って来た。
「真緒、お願いがある」
「…」
「俺とキスしてくれ」
「…へ?」
*****
俺が真緒にキスをして欲しいというと、二人とも驚いたような顔をする。当たり前だ、元カノが腕に抱き付いているのに現在彼女の真緒にキスを要求しているのだから正気じゃない。
でも、今はこれが一番いい解決策だと思う。
花園さんは離れて欲しいと言っても離れてくれないし、真緒は不安なのか何も喋らなくなった。
じゃあ真緒が話さなくても良くて、花園さんが離れる方法ときたらこれしか無いと思ったんだ。
俺に彼女がいると証明が出来れば流石に腕からは離れるだろうし、真緒も一時的な感情の乱れも解消されるかもしれない。
もし引きずるようならこれから先、長い時間を掛けてでも払拭させて行けば良い、俺たちにはたくさん時間があるんだから。
「真緒、お願いだ。俺とキスしてくれ」
俺が再びそういうと固まっていた真緒は動き出し、こちらに近寄ってくる。
そして、ゆっくりと真緒と唇を交わすと腕に感じていた感覚は無くなっていく。顔を離すと真緒は少し落ち着きを取り戻したのか、微かに感じていた震えはどこかへ消え去っている。
「そ、そっか…本当に、彼女なんだ…」
「あぁ、だからもう俺には関わらないでくれ」
少し、強く言ってしまった気がしたが仕方ない。涼香から軽くだが説明を貰っていたから。初めは戸惑うかと思いもしたが、真緒が居るおかげか特に取り乱す事は無かった。
だからと言って別に今回キスをしたのが、復讐的な意味を含んでいる訳ではない。これは俺の中で収めておいても良かったが、もう真緒に疑われるような人間ではありたくないと心から願っているからだ。
そして花園さんにも、きちんと言っておかないと行けない。
「俺が好きなのは――」
「私っすよね?」
真緒は俺の言葉を遮って、そう言ってくる。いつもなら抱きしめてまたキスをしているかもしれないが、今は両手が塞がって出来そうにない。
「うん、真緒だよ。これまでも、これからも」
これだけは間違っちゃいけない気がする。俺は一生掛けて言い続けると思う、真緒が傍に居てくれる限り、この気持ちが絶える事は決してないと言い切れるから。
「あ、いたいた佳織ちゃん。急に居なくなるから心配したんだよ?」
「え、あ、うん。ごめんね」
俺と花園さんの言い争いが終わりそうになったところで、聞いた事のない声がしてこちらに近付いてくる男が現れた。
見た目はチャラそうでいかにも軽そうな雰囲気を漂わせている。
「ほらほら、あっちで見たいって言ってたのしてるから行こ行こ」
そう言って強引に花園さんをその男が連れて行ってしまった。
あの人が今の彼氏なのだろうか。クラスメイトだったあいつでは無いし、花園さんは多分今も色んな人と…
まぁ今の俺には関係の無いことだ、そんな事よりも今は真緒との文化祭デートだった。
「真緒、待たせちゃったな。ごめん」
「い、いえ大丈夫っすよ。それよりも、凄い人だったっすね」
「そうだな、俺もあんな奴だとは思わなかったよ。大分変わったんだろうな」
「健一さんも…変わっちゃうっすか?」
真緒は俺の上着の裾を掴み、不安そうに聞いてくる。
「多分、変わると思う…」
花園さんが変わってしまったように、いつかは俺も大きく変わってしまう気がする。でも、多分それは真緒も同じだと思うから。
「変わると思うよ、今以上に真緒の事が好きな自分に」
「け、健一さん…」
俺を呼ぶ真緒は少し顔を赤く染めて、腕ではなく体に抱きついてきた。両手が塞がっていて抱きしめられないが、たまにはこういうのも悪くはない。
真緒は抱きついたまま、顔を上げてこう言ってくれる。
「私も変わるっすね、もっと好きに…愛してるっすよ健一さん」
「俺も愛してる」
そう言って真緒とキスをするのだった。
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
健一さんと文化祭 編 完
次のお話しで完結いたします!
次回:最終話 妹に隠れて
応援、☆☆☆レビューよろしくお願いします!励みになります。
現在連載中
『傷心中に公園で幼馴染の妹を段ボールから拾ったら、めちゃくちゃ世話してくれるようになった』
https://kakuyomu.jp/works/16817330662341789174
甘々作品なので気になれば是非読んでいただければ幸いです!
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