第82話 健一さんと急な来訪者 じゃあ明日作るっすね

「ふぅ、疲れたな。妹の親友が昨日急に来たのは驚いたけど、もう来ないと思うし買い物でも行こうかな。今日はどんなお惣菜があるかな?」


 俺は夕方に仕事の納品が終わり、今晩の買い出しにでも行こうかと着替えていた。普段上下ジャージだから、こういう時くらいはきちんとした服で出かけないとジャージが標準装備になってしまう。


 出かける準備をし、財布を尻ポケットに入れて玄関に向かおうとした所で呼び鈴が鳴った。


 一瞬妹かと思ったが、あいつが来るのは大体朝なので宅配だろうか。俺はそこまで警戒せずに玄関の扉を開けるとそこには昨日の少女が立っていた。


「あ、どうも。何処か行かれるんすか?」

「あー、ちょっと近くのスーパーに行こうかと」


「もしかして晩御飯っすか?」

「う、うん」


「それは丁度良かったっす!晩御飯作りに来たっす。助けて貰ったお礼されてくださいっす」

「え?いやいや、大丈夫だよ。俺が君を助けたのは別にお礼目的じゃないし、それに妹にバレるのは…」


「涼香っすか?じゃあ、内緒にしちゃえばいいじゃないっすか。私も今日は涼香に伝えてないっすから」

「内緒…か」


 俺は壊されると言う事に囚われて他の選択肢を考えていなかった。なら隠してしまえばどうなるのだろうと、少し興味が沸き彼女の提案に乗る事に。


「分かった、じゃあお願いしようかな。既に買い物してるみたいだし」

「えへへ、学校帰りに買ってきちゃったっすよ」


「じゃあ、とりあえず上がって。綺麗じゃないけど」

「お邪魔するっすね。うわっ、昨日も思ったっすけど汚いっすね。掃除しないんすか?」


「んー、あまり手が回らないんだよな。今日だって徹夜してるから体力的には限界だし」

「目の下のクマ凄いっすもんね。倒れるんじゃないっすか?」


「あはは…流石にもう一徹したら倒れるかもな。遠出の疲れも取れてないだろうし」


 つい昨日会ったばかりの彼女に愚痴を零してしまう。倒れるかも、と冗談っぽく言ったが正直気を抜いたら今にでも倒れそうな程限界の状態ではある。


 そんな俺を心配してくれたのか彼女は「作るっすから寝てて大丈夫っすよ」と優しく声を掛けてくれた。


「ありがとう、申し訳ないけどお言葉に甘えさせて貰うよ」

「はいっす!キッチン使わせてもらうっすね」


「うん。あ、その前に名前聞いても良いかな。聞くの忘れてたから」

「そうでしたね、私は安達 真緒っす。お兄さんのお名前は?」


「俺は羽島 健一郎だよ。じゃあよろしくね、安達さん」

「真緒って呼んでくださいっす。そっちの方が呼ばれ慣れてるので」


「そう?分かった。よろしく真緒」


 そう彼女に晩御飯を託し、俺は1日ぶりのベッドへと倒れこみすぐに眠りに就く。冷静に考えて、昨日今日であった人に部屋の中で好きかってされる事にもう少し警戒した方が良いと思う。


 まぁ、真緒は人の部屋を勝手に散策したり盗みを働いたりする子では無かったのが本当に救いである。


 どれだけ眠ったのだろうか、目が覚めると美味しそうな香りがしてきた。さっきまで爆睡していたのに、無性にお腹が空いてくる。


「って、寝てるのかよ」


 身体を起こすと、テーブルの上に湯気を立てる美味しそうなご飯と俺のベッドにもたれ掛かる様にして眠っている真緒の姿があった。


 俺がどんな奴なのかも分からないのに一人暮らしの男の部屋に入って、無防備に寝やがって…最近のJKは警戒心が足りないんじゃないのか?


 時間を確認すると時刻は19時を回っていた。流石にこんな時間に部屋に居させるのもと思い、軽く肩を揺すると眠さそうに目を擦ってあくびをし始める。


「お兄さん起きたんすね」

「あぁ、お陰様でだいぶマシになったよ」


「ふふ、それは良かったっす。ご飯出来てるので早い所食べちゃってくださいっす」

「あ、あぁそうするよ」


 そう言って寝ている間に掃除されたのか綺麗になっているテーブル周りを一見してから席に着く。それを見計らって真緒も対面に座る、一緒にご飯を食べるようだ。


「「いただきます」」


「ん!美味い」

「良かったっす。お兄さんのお口に合うか気になってたんすよこの


「凄く、美味しいよ…」

「お、お兄さん?なんで、泣いてるんすか?」


「え…?」


 俺はいつの間にか泣いてしまっていたようだ。情けない、妹と同じ年の子の前で涙を見せるなんて。


 でも、この数年禄な食事をしていなかったから仕方がない。


「ご、ごめん。久しぶりに人の温もりを感じるご飯食べたから、感激で…」

「そ、そうなんすね。てっきり美味しくないのに無理してるのかと思ったっすよ」


「そんな事ない。今まで食べた事無いくらい美味しいよ。俺の中で一番好きかも」

「…よかったぁ」


 そう言う真緒は心底安心したような声を上げ、少し目に涙を浮かべていた。その姿はとても綺麗で不意にドキッとしてしまう。もうこの時には俺の胃袋は掴まれていたのかもしれない。


「明日も作りに来るっすね」

「うん、お願いしようかな」



*****



「お兄ちゃん?」

「健一さん?」


「え?どうかした?」

「いや、急に涙流し始めたんで心配してたんすよ。何かあったんすか?」


「あー、いや。なんでも」

「それよりも健一さん思い出したっすか?初めて作った料理」


「あ、ううん。覚えてなかったやごめん」

「えー、酷いっすよ!」


「あはは、ごめんって」


 俺は思い出したけど、敢えて誤魔化すようにそう言った。少し頬を膨らませる真緒の表情も、あの時一緒にご飯を食べた表情も多分もう忘れられない。


 目の前の彼女が俺の一番を作ってくれた人だったなんて思い出してしまったら、もう忘れる事は出来ないだろう。


「明日はハンバーグが良いかな」

「…ふふ、じゃあ明日作るっすね」


「お願いするよ」


 そう笑みを零す真緒はあの日と同じ…いや、今まで一番可愛いと思ってしまうのだった。


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ここまで読んでいただきありがとうございます!


次回:第83話 健一さんと急な来訪者 涼香泊まっていくんすか?


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現在連載中

『傷心中に公園で幼馴染の妹を段ボールから拾ったら、めちゃくちゃ世話してくれるようになった』

https://kakuyomu.jp/works/16817330662341789174


甘々作品なので気になれば是非読んでいただければ幸いです!

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