第55話 健一さんの欲しい物

「お、来た来た。安達さんこっちー」

「わ、分かったっす」


 私は健一さんに送ってもらった後、お店の中に入り川峯さんに促されるがまま休憩室に入った。


 休憩室の机には袋に入った制服があり、今日から私もこれを着て働くのかと改めて実感する。


「それじゃあ、着替えたら厨房に入って来てね」

「わかりましたっす!」


「あはは、そんな硬くならなくていいって。今日はもうパンの方が終わってるからお姉ちゃんと私でお菓子作りをする事になると思うけど大丈夫?」

「大丈夫っす!見学っすもんね、料理は出来ると思うっすから頑張るっす!」


 川峯さんは着替えたら厨房に来て欲しいというと休憩室を出て行った。


 私は用意してあった制服の袋を開け、先週教えてもらったロッカーに自分の服を入れてお着換え完了。


 ふぅ、いっちょ頑張ろう!


「お待たせしましたっす」

「ん、来たね。おー安達さん制服似合うね。可愛いよ」


「そ、そうっすか?」

「うんうん。安達さん顔可愛いから何着ても似合うよ、いつか文化祭でメイド服とかも着てもらえたらなぁ」


「明日香、喋ってないで手を動かして」

「あ、ごめんごめん。それよりお姉ちゃん挨拶しておいた方が良いと思うけど」


「それもそうね、初めまして川峯 優里菜ゆりなって言うわ。安達ちゃんだっけ?私の事は優里菜って気軽に呼んで良いから、よろしくね」

「は、はいっす…優里菜さん」


「お、お姉ちゃんずるい!私まだ安達さんに名前で呼んでもらってないのに!」

「知らないわよ」


「安達さん!私の事も名前で呼んで!」

「そ、それはもう少し仲良くなってからお願いしたいっすね…」


「そ、そんな…。まぁいつか呼んでくれたらいっか」


 だいぶ距離の詰め方が強引な姉妹だなそう思いながら、優里菜さんを見る。


 優里菜さんは一見美人さんといった感じを漂わせた黒髪の女性。


 髪の毛が長いのか帽子を被っているが、少し盛り上がっている。


 川峯さんとは違う意味でモテそう。胸も大きいし。


「安達さんそろそろ始めるからちゃんと見ててね」

「は、はいっす!」


 その後は色々なことを教えてもらう事に。


 ここには専門的な道具があるが、一般家庭にでもあるようなもので例える川峯さんの説明はとても分かりやすく、もし家で作るならという仮定で教えてもらったおかげか要領の良くない私でも理解することができた。


 これから実際に仕事を始めるのは明日で、分からないことがあれば逐一聞いてほしいという優しい言葉に何とかバイト初日は乗り切ることが出来たのだ。



*****



「真緒、初バイトどうだった?」

「案外何とかなりそうっす」


「それは良かった。でも、何で急にバイトしようと思ったんだ?別にお金には困ってないだろ?」

「そうっすね。理由としては健一さんの為っすね!美味しいパンとお菓子を食べてもらいたいっすから」


「真緒の作ったパンとお菓子か…楽しみかも」

「えへへ、健一さんが喜ぶ顔が今からでも思い浮かぶっす!」


 そう言う真緒はにへらと顔を歪ませている。


 最初はどうなる事かと思っていたけど、真緒のその表情を見るに本当に大丈夫そうだな。


 朝早くに真緒を送って、帰って来たのは9時前。休日だからまだご飯は食べていないが、真緒も疲れているだろうし今日は俺が作ろうかな。


「真緒疲れてると思うし、朝ご飯は俺が作るな」

「いいんすか?別に私が作ってもいいんすけど」


「いや、真緒に無理はさせられないよ。だからバイトのある日くらいは作らせてくれ」

「ありがとうございますっす。お言葉に甘えるっすね」


 今日の真緒は素直だな。もう少しくらいやるっていうかと思ったが、熱の日に言った事が聞いているのだろうか。


 それよりも、初めてのバイトで俺が思っているよりも疲れている可能性もあるし。


「今日は真緒の食べたい物作りたいんだけど何がいい?」

「え、私のっすか…そうっすね、フレンチトーストっすかね」


「わかった、今から作るからゲームでもしてて待っててよ」

「いえ、今はゲームより健一さんとお話ししたいっす」


「俺と?別にいいけど」


 普段真緒は俺が仕事をしている時はゲームしたり、他の事をしたりしてたけど今日は違うようだ。


「健一さんもう少しで誕生日っすよね」

「うん、7月の1日だな。あと1週間後か」


「プレゼント何が欲しいっすか?」

「うーん、そうだな」


 プレゼントか…真緒から貰えれば何でも嬉しいけど、こういう時は絞って伝えた方が良いよな。


「できれば普段使うものが良いかな」

「普段使い出来る物っすね。健一さんは仕事で使うペンとかって貰ったら嬉しいっすか?」


「いや、ペンは流石に。ペン先を変えれば何度も使えるけど、落としたりするとすぐにダメになるから。真緒から貰うなら、壊れない物が良いかな大切にしたいしさ」

「健一さんが普段使いして、壊れない物…あっ!あるっす!」


 そう言う真緒はずっと探していたものが見つかった子供のように大きな声を上げると「楽しみしててくださいっすね!絶対喜ぶっすよ!」と言ってきた。


 はてさて真緒はどんなプレゼントを俺に用意してくれるのだろうか、今から凄く楽しみだな。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


次回:第56話 健一さんに独り占めして欲しい


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