第54話 健一さんの頑張ってほしいという言葉

 あれから寂しさを紛らわすために仕事をしていたが、あまり集中できないまま夕方に真緒が帰ってきた。


「おかえり真緒」

「ただいまっす」


「面接どうだったんだ?」

「受かったっすよ。それとお菓子貰って来たっす」


 そう言う真緒は机に個包装されたお菓子を二つ置いた。


「健一さんただいまのして欲しいっす」

「あぁ」


 俺は真緒に近づき、唇を重ねる。


 今はどうしてかこのキスがいつもと違う気がした。


「健一さんどうしたんすか?いつもより長かったっすよ?」

「あ、いや何でもないよ」


 真緒も違和感を感じたのか、そう聞いてくる。


「そんなこと言わないで、きちんと話してほしいっすよ」


 別に隠すことでもないし、俺も真緒には嘘を付きたくない。


「そうだな、えっと…真緒が居ないのが少し寂しくてさ…」

「ふふ、健一さんは私が居ないとダメっすね。でも私もそうだったっすからお相子っすね」


 そう言う真緒はキスをしてくれる。


 真緒も寂しいと感じていたのかと思うと少しだけ、心が軽くなった気がした。


 今はもうちょっとだけ真緒を感じたくて、優しく抱きしめる。


「もう、健一さんは甘えん坊さんっすね。そう言う健一さんも好きっすよ」

「俺も好きだよ。でも、こうやって一緒に居ない時間が徐々に増えるんだよな」


「そうっすね…でも短期のバイトなんでその間だけ待っててくださいっす」


 そう言う真緒は、優しく抱きしめ返してくれる。


 真緒の優しさにもっと甘えたくなってしまう。


「真緒、もう一回キスしないか?」

「いいっすよ。でもするならベッドに行かないっすか?キス以上もしたいっすから」


 その後、俺と真緒は晩御飯の時間が来るまで抱き合ってキスをしていた。



*****



「今日から本格的にバイトっすね。健一さん先週みたいに帰ったらいっぱい愛してくださいっすね」

「いや、あれは時間が分からなかったから不安になっただけで…」


 そう言う健一さんは恥ずかしそうにして頬を搔いている。


 私がバイトに行く日は土日の朝のみ。


 始めは厨房でパンとお菓子の生地作りを見学するとのこと。


 健一さんには行く時間と帰る時間を伝えると、朝早いのにも拘わらず「送っていくよ」と言ってくれた。


 外はまだ暗く、ライト無しでは危ない。


 川峯さんのご実家は少し駅から離れた街灯がない所なのでスマホの明かりを頼りに向かう。


「それじゃあ健一さん私は此処で大丈夫っすから」

「わかった。頑張ってな」


 そう言って健一さんは私の唇にキスをしてくれる。


 いつものこの感触が緊張している身体を落ち着かせていくよう。


 あぁ、もっとしたくなってくる…


 そう思い街灯のなく、カワミネベーカリーから漏れでる微かな光の中健一さんの首に手を回しキスをしようと顔を近づける。


 けど、


「あー、お取込みの所申し訳ないんだけど…家の前なんだよね」


 お店から出てきた川峯さんに見られ、注意をされてしまった。


「うん、辞めなくてもいいんだけどね?いや、分かりやすく頬を膨らませるのは辞めて欲しいなぁ安達さん。私が悪いみたいじゃん」


 健一さんとの愛を深める行為を邪魔された事に対して自然と不機嫌な顔になっていたようだ。いけない、いけない。


「ご、ごめん川峯さん。いつもやってる事だから止められなかったっす」

「あーうん。スキンシップは大切だよね、でも出来れば家で済ませて来て欲しいな」


「出来ないっす!」

「な、なんで!?」


 だってこれは家を出る挨拶であり、行ってきますの儀式なのだから。


 もちろん家を出るときもやってるし、健一さんが送ってくれるというならこのタイミングでするのは自然。


 つまり!


「川峯さんが間違ってるっす!」

「だから何で!?」


「真緒、俺に対して我儘を言うのは良いけど友達を困らせるのはいけないよ」

「健一さん…えへへ、分かったっす」


 健一さんがそう言うなら仕方ない。


「はぁなんか涼香の気持ちわかった気がするよ」


 川峯さんはなぜか呆れたようにそう言ってくる。


「川峯さんすまないっす」

「うん、それは良いんだけどさ。そろそろお兄さんから離れないかな?仕事教えられないし」


 川峯さんは私が健一さんの首に手を回しているのを見てそう言ってきた。


 やめた方が良いのは分かってるけど、あと一回あと一回ならいいよね?


「川峯さんあと一回だけさせて欲しいっす!」

「はぁ、じゃあ私中に居るから終わったら来てね。一応に言っておくけど一回だからね?くれぐれも長いのしちゃだめだから!」


 川峯さんは私の事をよく理解しているのか一回なら長くしてしまえばという考えは読まれていたようで釘を刺されてしまう。


「はは、真緒のお友達も言ってるし、これが最後な?俺も寂しいけど、真緒が率先してバイトしたいって言うんだからちゃんと頑張れよ」

「そ、そうっすね。頑張るっす」


 そう言って健一さんは最後のキスをしてくれる。


 そのキスは少しだけ名残惜しさを感じるものだったけど、健一さんの頑張ってほしいという言葉に応えたい。


 そう思うと、やる気出てきた!


 健一さんに行ってきますを伝えて、帰る背中が見えなくなるまで手を振った後はお店の中へと足を運ぶのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


次回:第55話 健一さんの欲しい物


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