第33話 健一さんのお隣さん
「真緒ちゃん?」
「す、涼香…」
俺と真緒は映画鑑賞後に某ドーナツ専門店へとやってきていたのだが、そこで偶然にも妹の涼香と楓先生に出くわしてしまった。
タイミングも悪く、俺の頬に付いているクリームを真緒に舐めとって貰らった後というこの状況。多分妹にも楓先生にも見られているだろう。
だが偶然出会った、勘違いと言ってしまえば何とか妹は納得するだろうしここまず俺から口を開かないといけない、そう思い開口一番言い訳をし始める。
「偶然だな妹よ、さっき真緒とばったり会ったんだけど良ければ相席するか?」
「え?あ、うん、わかった」
「私も戻るっすね」
そう言うと真緒は俺の対面へと戻りその隣に妹、俺の隣に楓先生と言った形で席に着いた。
まず何から話せばいいだろうか、妹が現状どう思って何を見たかの把握をしないと言い訳するにも的外れになる。そもそも妹はどうしてここに来たのだろうか、しかも楓先生と。
「なぁ妹よ、今日は何かあったのか?楓先生と一緒なんて…」
「えっと、うん今日は楓さんと映画を見に来たの…」
「映画?」
「そう私の描いてる漫画が映画化してね?仕事が忙しくて、映画のできのチェックも落ち着いて出来なかったんだけど昨日、涼香ちゃんに誘われちゃったから仕事そっちのけで来ちゃったの」
「へぇ、楓先生の漫画が映画化…タイトルなんて言うんですか?」
「『授業中、隣の君は僕に一つおねだりをする』かな」
「え!?あのカエデ先生なんすか!?さっき映画見てきました!私大ファンっす!!」
「ま、真緒ちゃん!?」
真緒は突然身を乗り出し机に手を付き俺の隣にいる楓先生に対して自分がファンであることを公言し始めた。俺も急な事に驚いたが、それ以上に妹が驚愕の反応をしてくれたおかげで平静を装っている。
正直びっくりだ。妹も俺と同じ気持ちだろう。俺は最近知ったが真緒は重度のコミュ障だ、そう簡単に自分から話しかけたりはしない。お出かけして多少分かったが注文に関してはすべて俺任せなのだから、真緒がこんな反応をするとは誰も予想できないでいた。
つまり自分の殻を破るほどの衝撃だったと言う事なのだろうか。俺の隣に座る少し腰まで伸ばし毛先をふわっと巻いた赤茶の髪。顔も整っていて身長は少し小柄だが胸は非常にでかい。そんな容姿を兼ね備えた
「あらあら嬉しいわ。私羽島先生のお隣に住んでるからいつでも会いに来て良いからね。歓迎するわ」
「是非そうさせて貰うっす!」
はは、真緒が喜んでいるから俺としても嬉しい気持ちだ。同業者である者として少し嫉妬する部分もあるが別に敵というわけでは無いので尊敬している面の方が大きい。
俺としてはこのまま、作品のお話などをして楽しく真緒とのデートを終わりたいのだが、まぁそれを許してくれないのが我が妹である。
「楓さんが凄いのは知ってる、それよりも真緒ちゃん達の方が私は知りたいな?」
妹の言葉に真緒は少し動揺を見せ席に静かに着く。そして始まる妹の尋問が。
「まず聞きたいんだけど、いつから真緒ちゃんはお兄ちゃんと仲いいの?さっき隣に座って、キ…たみたいだけど…」
「え、えっと涼香…」
「真緒、俺が言うから今は…」
真緒が話し始めるのを俺が止めると真緒は素直に頷いてくれた。真緒に話させるのはまずい…なぜなら真緒は、ドが付くほどに嘘が下手なのだ。
半年ほど前、真緒の為に日頃の感謝を込めて少し高めのプリンを買って冷蔵庫に入れてたことがあったんだけど、俺が風呂から出ると無くなっていて食べた事ないから一言感想聞こうと名前を呼ぶと、
『た、食べてないっすよプリンなんて』
と言って俺から目を逸らし、食べ終わったプリンのカップを手に持って首を振っていたのだ。俺の部屋の冷蔵庫は食べたらまた買いに行けばいいと言う事で勝手に食べてはいけないルールなどはない。しかも真緒の為に買ってきたのだからそんな見え透いた嘘を付かなくても…と思いながらただ苦笑していた。
その後3秒も持たずすぐに謝罪されたのを今でも覚えている。
それから、妹への言い訳は俺がするから真緒は黙って首で反応するだけにしてくれとなったのだ。
「俺と真緒は1年ほど前のあの日からたまに会って話すような仲なんだよ。この前、妹に呼び捨てがって言ってたのもそれが理由かな…」
この発言をしたのは俺と真緒が付き合うことになったからだ。もしいつか妹に関係を話す時が来た時にこれまでの嘘がバレないようにするため、且つ真緒との距離感に違和感を感じさせないためにも。
「そうだったんだ…でも何でこれまで言ってくれなかったの?」
「そ、それは…真緒から妹に関することを内密に聞きたくて、内緒にしてたんだ…」
だいぶ苦しいが、それっぽい事は一応言えた気がする。妹の事に関して興味はない、真緒の友達なのでたまに話題に上がるから仕方なく聞いていた形ではあるが。
「そ、そうなんだ…お兄ちゃん私の事そんなに好きなんだね。ふふ嬉しい」
俯き少し照れたように言う妹に対し、失言だったかなと冷静になって今思う。だがここで言いくるめれば妹は何とかなる気がする。
「だ、だからさ俺と真緒は別に妹が思っているような関係では――」
「(じゃあなんで朝、玄関先で抱きしめ合ってキスしてたのかしら?)」
俺が言い終える前に、そう耳元で囁かれ俺の表情は固まってしまう。
声のする方を見ると、楓先生が興味津々といった感じで俺の顔を見ていたのだ。
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次回:第34話 健一さんの恋人
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