第32話 健一さんとデート中に…

 今真緒と映画を見ている。以前一緒に恋愛物の映画を見た時は眠った挙句、告白されるというよくわからない展開で楽しめていなかったのだが、今日は大丈夫そうだ。


 真緒は一度のめり込むと止まらない人らしく、横目で見ると瞬きもせずスクリーンにくぎ付けだった。俺も先ほどまで集中していたのだけれど、裏切りや両お思いなのにすれ違いで喧嘩になってしまったりと、一種の見せ場のシーンになると真緒の手に力が入り集中できない。


 チラッと真緒の顔を見ると、たまに涙が見えたりするので純粋に楽しんでいるのだろうと窺える。だから俺も、真緒に見習って映画に集中したいのだが……スクリーンの光で見える真緒の涙を流す横顔はとても綺麗でつい見惚れてしまう。


 今は映画のクライマックス、所謂キスシーンだ。自然と俺の視線は真緒の鼻下へと移動し、そのプルンと柔らかい唇で目が止まる。いつも重なるその唇が今はやけに魅力的に見えて「真緒」と無意識に呼んでいた。


「健一さん私も…」


 振り向く真緒も俺と同じ考えなのか自然と顔を寄せて来る。俺も顔を近づけ、触れ合う距離で目を瞑り唇を重ねると、いつもと同じキスなのに雰囲気がいいのかお互いの気持ちがより一層伝わるような気がした。


 離したくない、そう思える程に今の真緒の唇は気持ちよくて微かなキャラメルの甘い匂いを強く感じる。耳を澄ませると真緒の可愛い鼻息が僅かに聞こえ、舌を入れたくなるが家じゃないので今はしない。


 体感では長く感じるキスも実際は5秒程度。顔を離すと真緒は嬉しそうにはにかみエンドロールが流れ、映画が終わってしまった。


 劇場内が明るくなり、ぞろぞろと出ていく人達に遅れて俺たちも出ると真緒は自然と指を絡ませるように手を繋いでくる。今日の映画はお互いにいい思い出になるだろうなと心の中で思い、次の目的地へと向かうのだった。


*****


 映画を見た俺と真緒は一度トイレ休憩をしたのち、下の階にある某ドーナツ専門店へと来ていた。ここでは今、春の終わりも相まって期間限定商品を狙って結構な人が並んでいる。


「真緒…俺買ってくるから、席取っておいて?」

「わかったっす!後でお金払うっすね」


 真緒に欲しいものを聞き、二、三分待ち期間限定の桜餅ドーナツを二種類購入し真緒の下へ。真緒は窓側の一番奥にある4人席に座って俺が来るものを待っていた。俺は真緒の体面に座り買ってきたものを机に並べる。


「お待たせ、二種類買ってきたからシェアしようか」

「ふふ、そうっすね」


「?何か面白う事でもあったか?」

「あ、いえ、健一さんも彼氏っぽくなったなと…思っただけっすよ」


「どういう事?」

「以前より積極的になった気がしたので…私凄く嬉しいっす」


 言われてみればそうかもしれない。これまでは情けないが真緒が望んだ時にする受け身スタイルだったが今日は自分からしたくなっている。


 これは俺が自然に真緒を求めているからなのだろうか。真緒が喜んでくれているなら今日以降も自分から行動できると良いな。


 そしてドーナツに戻るが、俺が買ってきたのは桜風味のクリームをサンドした生地にストロベリーチョコを半分掛けた物と、普通の生地にピンク色のフレークチョコをまぶし満開の桜をイメージした二種類だ。


 俺はフレークチョコの方を、真緒はストロベリーの方を持ち食べ始める。


「んー、もちもちの生地の中から仄かな桜風味のクリームが溢れ出てきて…堪らないっす」

「はは、真緒は甘いものを食べてる時凄く可愛くなるよな。見てて癒されるよ」


「そうっすか?でもまぁ甘いものは食べてる時も幸せっすからね。あ、一口どうぞっす」

「うん、貰うね。ん、クリームすご…口からこぼれてくる…でもうまっ」


「ふふ、健一さんほっぺにクリーム付いてるっすよ?取ってあげるっすね」


 そう言った真緒は対面の席から立ちあがると、隣に来てキスをするように頬についてあるクリームを舐め取ってくれた。


 へへっという可愛らしい笑顔を見ているとこっちまで笑顔になってくる。幸せだなそう思える甘い二人だけの時間。


 誰も俺たちに介入できない。そう思っていたのに――





「真緒ちゃん?」


 …後ろから真緒を呼ぶ声が聞こえてきた。


 振り返るとそこには驚いている妹の涼香と俺の部屋の隣に住む楓先生の姿があったのだ。


 絶対絶命な状況…俺と真緒は無事帰る事が出来るのだろうか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


次回:第34話 健一さんのお隣さん

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