第35話 健一さんへの思いと涼香への提案 真緒side
私は健一さんと出会ってすべてが変わった。
私は幼い頃から人と話すのが苦手で家族以外の人とまとも話した事が無く、旅館の接客の仕事も一度も出来たことが無い。
そんな自分が嫌で、でもどう直せばいいか分からないからただ時間が過ぎるのを待つことしか出来ないで小学校を卒業した。
もちろん友達は出来たことが無い。見た目は今とは全く違って三つ編みのロングに着物姿。
旅館の仕事は肉体労働で体力は他の人より優れていたけど、でもそれだけ。
顔は綺麗と知らない人から声を掛けられることがあったけど、怖くていつも逃げていた。
そして話しかけて来るのは、いつも大きな男性ばかり。
多分その時から私は男性が少し苦手になっていたんだと思う。
中学に入学して同級生の男子に告白されたけど、何も言えず逃げてしまった。
学校では多くの人が友達とお話をして楽しそうにしているけど、私はその輪には入れない。
私は旅館の仕事のお手伝いをしないといけないから放課後に遊んだりできないし、人と話すのが苦手だから友達作りも無理。
そうやって言い訳をして、1年が経った。
妹の瑠々華は3つも離れているのに私とは大違い、話し上手で友達も多い。
なんで自分は話せないんだろうなんて事を考えることもあった。
妹に嫉妬している事にはすぐに気が付いて、情けなくて長い髪を自分で切り、お堅い服をやめてラフな格好で過ごすことにし、もう好きに生きようと思った。
誰かに嫉妬するのは相手と同じ土俵で立っているからだ。
私には私の生き方がある。
友達なんて作らなくても、旅館の仕事を手伝って家族の傍で生きていけばいい、そう思う事で平静を保っていた。
そんな中学折り返しのある日お父さんに『真緒友達は出来たか?』と聞かれ首を横に振った。
家族も私の性格を知っているから、無理に人と会わせようとしないしそれでいいと思って毎日を過ごしていたのに。
『真緒旅館の仕事を手伝ってくれるのは有難い。でももう少し外の事も知らないと…今日から旅館の手伝いは1日1時間だ。時間の使い方を考えなさい』
家族にそう言われ、これまで学校以外の時間を仕事に使っていたから何をすればいいか分からない。
とりあえず街をぶらつくけど。周りにはワイワイと友達と遊んでいるのか楽しそうに笑い合う人たちが。
羨ましい…私だって欲しいのに。
何も行動できない私が情けなくて、賑やかな場所から離れるように近くの本屋へと足を運んだ。
店内は静かで落ち着く。これまで教科書以外本なんて読んだことが無く、どういうのがあるのか見ているとあるものに目が止まった。
画集だ。
二次元の女の子たちが笑顔で手を繋いで楽しそうにしている。
『いいなぁ…私も』自然と口から零れていた。
独りでいい、そんなのは詭弁だ。
自分でもわかっている。
でも友達って何をするんだろう…これまで一人も友達が居なかった私は友達というものが分からなかった。
そこで、漫画やラノベを立ち読みすることに。
本というものは思っていたよりも楽しくて、その日から放課後本屋に行っては立ち読みしたり興味のある物は買って家で読んで、雨の日は電子書籍で読むようになったりで現実世界から切り離された物語はもう一人の自分を見ているみたいで自然とのめり込んでいった。
まぁそんな生活をしていると友達なんて作れない。
でもよかった、余った時間を何に使えばいいか考えなくて済むから。
そして日常系の漫画を読んでずっと知りたかった友達というものが何をする存在なのか理解できるようになってきた。
友達というものが何かわかると、もし私に友達が出来たら…あんなことやこんなことをしてみたい。
想像が膨らんでいく。けど…
作り方が分からない。
そのことに気づいた私は深いため息をついてその日も本屋へと向かった。
『あ、新刊…』
私は欲しい本へと手を伸ばすと、同じ本を取ろうとしていた隣の人と手が当たってしまった。
出会いは突然。恋愛物やラブコメだとこんなシチュエーションから恋に発展するけど現実だと『すみません、どうぞ』の一言で終わってしまう。
恋なんて友達の作れない私とは縁遠いもの…でもだからこそ惹かれるものがあった。
私は単純でその日から読むジャンルが恋愛物やラブコメに変わっていった。
そして時は過ぎ中学三年生。
友達が居ないのに恋がしてみたいで頭の中はそれ一色だった。
なにかきっかけがあれば…そんなことをいつも考えるけど。
現実は甘くない。
何も起こらず中学を卒業して高校1年生に。
高校もどうせ友達は出来ない…捻くれた私は友達作りを完全にあきらめていた。
でも…
入学式、初日明るい女の子の友達が出来た。
その子の名前は、羽島
人生初めての友達だった。
涼香は私が話すのが苦手だと知ると、私が喋るまでずっと待っていてくれる。
涼香はクラスでも人気者で、勉強も運動も私より出来て、見た目も可愛い。私の持っていない物を全て持っていて、正直嫉妬したけど一緒に居て楽しかった。
少しブラコンなのは引いたけど。
そんな優しい涼香の事が私にとって大切な友達になるまでに時間はかからなかった。
次第に学校に居る時間は涼香と一緒にいる事が増え、『お兄ちゃんがね!』『お兄ちゃんは…』『お兄ちゃんの…』と段々涼香の話にも慣れ始め。
そして学校に居る時間から放課後の時間も涼香と一緒に居ることが当たり前になり、涼香も私の事を親友と言ってくる程に仲が良くなった。
その頃には家族と同じくらいには話せるようになり、放課後に県外に遊びに行って遊園地ではしゃいだり。お互いの家にお泊りもするようになって。
友達が居る事への満足感が堪らなく嬉しかった。
そんな高校1年も終わり、2年生になったある春の日。
その日もちょっと隣町まで涼香と遊んで帰る際。
『ごめん真緒ちゃんちょっとトイレ行ってくるね』
と言われ、ホームで電車を一人で待っていた。今日も楽しくてその余韻に浸りつつ家に帰ったらどのラブコメを読もうかなと呑気なことを考えていると、少し遠い所に特急列車が見えて来る。
この電車はこの駅では止まない、次来る電車に乗って家に帰る。
『涼香まだっすかね』
まだ少し寒い春の風を頬に感じるも、涼香という親友の存在で子供の頃とは違い寂しくない。
もう私は一人じゃないんだ。そう思っていると後ろで小さな男の子二人が遊んでいた。まるで今の私と涼香みたいだなと、その光景に微笑み正面を向いた瞬間。
ドンッ
後ろから強く押される感覚があり、油断していた私は前へと倒れこむような態勢でホームから落ちそうになった。
すぐ目の前には電車が見え、『あ、これやば』と心の中で悟ることしか出来ない。
その時涼香との思い出が次々と思い出される。
初めて涼香に誘われて、クレープを食べに行った。
涼香とカラオケに行って、うまくない歌で二人で盛り上がった。
夏には涼香とプール、海、夏祭り、花火大会のイベント祭り。
秋には修学旅行が三年生に延期になったけど、涼香と文化祭で屋台全制覇をした。
冬にはクリスマスの私の誕生日に涼香からマフラーを貰ったり。
そんな去年までの楽しい涼香との時間が…走馬灯として見え、やっとつまらない
人生から変わり始めたと思ったのに。涼香になんて謝ればいいの…
もう手遅れだ…
そう思った。
でも強く左腕を引っ張られる感覚と激しい痛みを受けた後、視界は閉ざされ温もりに包まれた。
私は一瞬で理解した今誰かに抱きしめられている、と。そしてこの硬い身体…男性だ。私はそれを認識するとすぐさま逃げたくなったが、後ろで電車の通り過ぎる音が聞こえると逃げたいと思う気持ちが消え去った。
数秒間抱きしめられ、助かったと自分で認識できた頃には手足が無意識に震えていることに気付き不安になるがそれ以上に安心感すらあって、これまで感じた事のない感覚に胸がキュッと苦しくなる。
こんなの初めて知った。男性の胸の中がこんなにも落ちつくなんて…知識で塗り固められた私の常識が変化していくのを感じる。
そしてもう一つこの人の顔が見てみたいと。
これまで男性の顔を見たいなんて思ったことが無かった。まともに見れるのはお父さんくらい、私に他に見れる人ができるのかという期待感で顔を上げると。
そこには優しく微笑む男の人の顔が見えて、顔に熱が集まるのを感じた。なんて優しくてカッコいい人なんだろう。こんな事が出来る人が居るなんて本の中でしか知らなかった。近くで男性の顔を見たのは初めてで緊張するけど、嫌じゃない。
なんだろこの気持ちこの人の顔を見ていると胸の辺りがざわつく。痛くはないけど違和感…でも不快って感じじゃない。
一方で怖くもなった、初めて感じたこの気持ち…もしかして。
いや違う、誰とも知らない人になんて。
だから私はこの気持ちを否定したくてその人の服を掴み立ち上がろうとするけど、足に力が入らない。手もまだ震えてる…
怖い…
するとその人は私の震えに気づいたのか、抱きしめる力を強くして耳元でこう囁くのだ。
『もう大丈夫だよ』
その瞬間、私はこの人が好きになってしまった。そう、なってしまったんだ。
私の初めての恋を名前も普段何をしている人かもわからない人に奪われてしまった事が辛かった。
だってずっと憧れていた恋が、知らない人になるなんて思ってもみなかったから。
まだ遅くない、このはち切れそうな胸の痛みを抑えたくて、この気持ちを勘違いだって思いたくて、叶わない恋をするのが嫌で…
力の入らない足を無理やり動かしその人に一言お礼を言って涼香の向かったトイレへと走り出した。
『ま、真緒ちゃん!?え、おにぃ…』
少し走ると涼香が居て、強く抱き着いてしまった。
驚いていたけど涼香は優しいから何も言わなくても抱きしめ返してくれる。私はその日泣き疲れるまで抱きしめられた後涼香のご実家で泊まることに。
そこで今日遭ったこと私のあの人への気持ちを涼香に話すとすっきりして寝るまで慰めてくれる。もうあの人を忘れなきゃ…そういう一心で涼香に話した。
『でも…もし叶うなら、あの人にまた会いたいっす。恋、してみたい…』
『そっか…うん。真緒ちゃんなら叶えられるよ。だからきっかけを作ってあげる』
最後の方は聞こえなかったけど、多分慰めてくれているんだと思って目をつぶる。
翌日学校に行きながら、涼香がある提案をしてくれた。
『その人の事が忘れたいなら、他の男の人と触れ合えばいいんじゃない?』
という提案で涼香のお兄さんに会うことになった。初めて会う人で緊張する。まともに話せる気がしない。そしてアパートの扉が開くと、
運命というものはあるようで、昨日助けてもらったあの人が目の前に居て。
あの人が涼香のお兄さんだった事に驚いて声が出なかった。
ただ驚くことしか出来なくて、いつの間にか駅前で涼香と別れる時間になっていた。
でも、涼香と別れた後改めてお礼が言いたくてアパートに戻ると、
『えっと、昨日の子だよね?』
お兄さんも昨日の事を覚えていたみたいで、嬉しくてつい抱き着いてしまった。
咄嗟の事でやってしまったと思ったが、お兄さんは昨日みたいに優しく抱きしめてくれて、
『もう大丈夫だよ』
昨日と同じ言葉を貰って、昨日と同じ胸の暖かさに安心して泣いてしまった。
そして、ふと一つの考えがよぎる。
手の届く恋なら叶えたい…と。
翌日から私は涼香には内緒でお兄さんの部屋に行っては、家事をして告白をする毎日。
ラブコメなどで一杯勉強したのに、回りくどい言い方がなぜか出来ないからいつも好きと飾り気無く言ってしまう。
数日通って気づいたのだが、お兄さんとは普通に話せるのだ。男性が苦手だった私が、初対面の人と話すのが苦手な私が、家族と涼香以外まともに話せなかった私が、お兄さんと出会って変わった気がした。
そんな楽しいと思える日々が続いて、涼香と遊ぶのも次第に断るようになって…旅館を継ぐ話も辞めて…放課後の時間を全てお兄さんに使おうと決めた。
お兄さんとの時間が増えれば増える程お兄さんに対しての気持ちも強くなる。
段々と自分の好きの言葉に重りが伸し掛かるのを感じる。
私の思いは伝えているのにお兄さんからは好きを貰えない。
欲しいのに貰えない…そんな悶々とした気持ちを押さえつけ。
1年が経過して、自分を抑えられなくなってお兄さんに嫌われる覚悟で告白をした。今思えば考えなしだったと思うけど結果的には付き合えて、今こうして健一さんと一緒に居られる。
一緒に居られる幸せが今存在するなら私はそれでいい。
健一さんと結婚して私と健一さん二人だけの思い出を作っていけたら…
*****
店内は沢山の人で賑わっているけど、今は凄く静かに感じられて涼香と二人だけの空間だと錯覚してしまう程に。
私は健一さんに内緒にして欲しい、そう言われているけど…もし涼香の許可貰えるなら今ここで気持ちを伝えたい。だから私は涼香の目を見てハッキリとこう言った。
「私は健一さんの事が好き…愛してるっす。私の恋人は…健一さんっす」
「っ!…そっか真緒ちゃん叶えられたんだね…良かった、じゃあ私も答えないとね」
涼香は安堵の表情をした後、一度深呼吸をし質問に答えてくれた。
「お兄ちゃんの元カノさん…クラスの人と浮気してたの。お兄ちゃんにはこの事実を知って欲しくないから黙って別れさせた。でもそれで大学行くの辞めちゃって…お兄ちゃんの為にって思ったのに…」
涼香は元カノさんと別れさせた一軒以来健一さんに、距離を置かれて自分じゃ健一さんを幸せにできない…そう思ったらしい。
でもそんなときに自分が一番大切で親友の私が健一さんの事好きになったから、陰ながら応援していた…という事だった。
その後は別れされた方法、健一さんの絵の仕事が売れた理由、涼香の気持ちを聞いて私は一つの提案を涼香にすることに…
「涼香、私と健一さんが結婚したら…」
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第三章 提案 終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございます!
第四章 二人だけの思い出作り
初めての熱と看病 編
次回:第36話 健一さんからの嬉しいお叱り お楽しみに!
応援、☆☆☆レビューよろしくお願いします!励みになります。
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