第20話 お兄さんの勘違い

 今は真緒に連れられ旅館の裏、少し山を登る小道を歩いている。運動をしない俺からしたらもう地獄でしかなくちょっとした勾配なのだが、はぁはぁは息を上げいている俺が居るのだった。そんな俺を見て少し歩くペースを落としてくれる真緒が凄く優しく感じる。


「お兄さん大丈夫っすか?あと少しですけど休憩するっすか?」

「いや、後お少しなら大丈夫だよ。心配してくれてありがとうな」


「いえいえ、あっこれお茶っす水分補給して一度息を整えてくださいっす」


 何から何まで優しい真緒と少し山道を登ると、大きな池の真ん中にちょっとした休憩スペースのような場所が見えてきた。そこは4本柱の屋根にベンチ1つ、池の奥の方には滝も流れ幻想的な空間に見えて、さっきまでの疲労が嘘みたいに消えていく。


 滝の強く打つ受ける水の音が遠くに聞こえ、風になびく木々の葉が擦れる音に、鳥の鳴き声がとても心地よい。


 真緒に手を引っ張られ、ベンチに座ると隣に真緒も座り肩を寄せて来る。


「ここ私のお気に入りの場所なんすよ。何か辛い事や楽しい事があった時はいつもここに来てたっすね」

「へぇ、じゃあここは真緒にとって思い入れのある場所なんだな」


「そうっすね、子供のころから一人で来てたっす。嬉しい時は特に…だからお兄さんとここに来てみたくなったんすよ」


 そういう真緒は鳥のさえずりに耳傾けるように目を閉じていた。俺も同じように目を閉じると自然に触れる心地よさと肩に真緒の体温を感じる。


「お兄さん…」


 目を開けると真緒は顔を俺に向け目を瞑っていた。

 俺は顔を近づけ、そっと唇を重ねる。

 真緒と2度目のキス。

 1度目は緊迫した状況だったからか何も感じなかったが、

 今は凄くドキドキする…

 唇が離れると真緒は少し頬を赤らめながら微笑み、持ってきていたバスケットを自分の膝の上で開き始めた。


 中には朝作っていたサンドイッチが4つ入っていて、各具が違うようで交互に食べ合いながらゆっくりお昼の時間を楽しむのだった。


*****


 それから俺と真緒はご両親との挨拶のため旅館に戻り、応接室で真緒と二人待機することに。


「お兄さん緊張するっすか?」

「あぁ、俺今からなんて言えばいいんだろ…職業内容とか言えないぞ?」


「あー、それはまぁそうっすね。言わない方がいいと思うっす」


 流石に真緒のご両親の前で「仕事はエロい女の子を脱がせることです!」なんて言えないしな。そんなこと言ったら即通報だわ…。真緒と会うこともできなくなるわ。これは確信を持って言える…


「まぁそんなに緊張しないで私に任せるっすよ。怖いなら手繋ぐっすか?」

「頼むわぁ」


「メンタルよわよわじゃないすか、面白いっす」


 真緒は手を繋ぎながらけらけら笑い始め、俺は緊張でツッコミを入れる余裕もなかった。胃が痛い…

 

 そんな俺の気持ちなどつゆ知らず挨拶の時間は来るもので、扉を開く音と共に3人の方が入ってきた。俺は立ち上がり挨拶すると、体面で3人も挨拶し座った。


 俺の左隣には手を繋いでいる真緒。正面には左から真緒の母、父、妹という形で並んで座っている。


 真緒のお母さんと妹さんは先ほど会っていたのでそこまで緊張しないが、お父さんはムキムキマッチョマンで少し…いやだいぶ緊張してしまう。


 緊迫の空気の中最初に口を開いたのは…


「初めまして、真緒の父の安達 隆久たかひさと言います。今日は当旅館までお越しいただきありがとうございます。まず最初に羽島さんにはお礼を言わせていただきたいのですが」


「お礼…ですか?」


「えぇ、1年前のお話は真緒からお聞きしました。ですので今改めて感謝の意を伝えたく…真緒を事、助けていただきありがとうございます」

「わたくしからもありがとうございます」

「私からもありがとうございます」


 俺は今動揺を隠せないでいる。何に対してかというと、まず挨拶そうそうお礼を言われた事だ。まぁそれ関してはそこまで驚いていない。

 じゃあ何があるって?俺が緊張のせいで手汗酷過ぎて真緒に気持ち悪がられてないか気になってるとか?いやまぁそれもある。だがそれ以上の問題に直面している。


それは…


 隣で真緒が呑気に饅頭を食べていることだ。なんで今食べてるの?そうツッコミたくなるが、ご両親の手前そんなことも言えない。

 

 真緒もこちらの視線に気づいたのか食べる手を止めぽかんと首を傾げ俺と目が合う。その顔したいの俺なのよ、これもしかしてツッコミ待ちとか?ご家族まだ頭下げてるよ?10秒ほど下げてるよ。これ俺待ちなの?


 そう考えていると真緒は口を動かし始めモグモグしていた。正面を見るともうすでに頭を上げている。俺は一連の出来事に動揺し緊張の糸が切れていたその時だった、


「それで、今日は僕の娘と結婚の話で来たと真緒から聞いているのですが…」

「け、結婚ですか…?」


「えぇ、わたくしも今朝連絡があって」

「私もお姉ちゃんから来たよ、お姉ちゃんたち凄いね昨日付き合ってもう結婚の話なんて相当相性いいんだね!さっきも仲良さそうにキスしてたし!」


「瑠々華ちゃん!?さっきの見てたの?」


 見られていたなんて恥ずかしい…いや、そんなことよりも。

 話が飛躍しすぎている、そもそもここに来たのは急に真緒が言い出したことで付き合う許しを貰う挨拶だと思っていたのに、あとさっき真緒は私に任せろと言っていた割には一言も喋らないし…どういうこと?


 少し気になり真緒の方を見ると、もう既にさっきまで手にあった饅頭は無くなり真剣な顔をしていた。


「お母さん、お父さんそして瑠々華、私達絶対に幸せになるっすから!私たちの結婚許してほしいっす!」


 そういった真緒は真剣な面持ちでご両親そして瑠々華ちゃんを見ていた。そこで俺は一つ聞きたい事が、


「まぁ真緒、ここにはお付き合いの許可を貰いに来たんだよな?」

「え?それはもう朝みんなに言ったっすよ。許可も貰ってるっす」


「あぁ、そうなんだ…わかったもう俺は何も言わないわ」


 これ以上話がこじれるのを避けるため黙ることを選択した。しばらく家族団らんを見ていると俺が思っていた真緒のお父さんのイメージとは違い案外フレンドリーに接してくれる優しいお兄さんという印象で無駄に緊張していたのが恥ずかしい。


 俺そっちのけで真緒の家族で楽しそうに話をし、なぜか結婚の許可が出たらしい。いつの間に話が進んでいたのかわからないが変なボロが出ないで済んだことに今は安堵するしかないのだった。




 

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