第17話 お兄さんと移動中①

 ご飯と準備を終えた俺たちは真緒のご実家に向かう電車に乗っている。5つ程行った駅で降り、15分ほど歩くのだとか。休日ということで満員ではなくとも結構な人が乗っている中俺たちは座っているのだが、乗って3分もしないうちに真緒がコクンコクンと頭を振っていた。

 今朝もあまり眠れていないって言ってたからな。


「真緒眠たいなら寝ていいぞ?」

「ん、じゃあお言葉に甘えるっす…」


 そういった真緒は俺の左肩に体重の掛けるように寄りかかるとすぐにすぅすぅかわいらしい寝息を立て始めた。あと4駅ほどの所で降りるのか、まだまだ時間に余裕があるしどうしようか。


 仕事をするにしても人がいる場所で出来るものは特にないしな。このまま肩に真緒の体温を感じながら時間を待つというのもありかもしれないが、この後のご両親との挨拶を考えるだけで緊張してしまい凄くそわそわする。


 やるとこが無いかとスマホを開くと妹からメッセージ届いていた。


:(涼香)お兄ちゃん今日はお出かけ中?それと聞きたいことあるけどいい?


 おそらく妹は俺の部屋に入っているのだろう。俺の部屋に無断で入るのはどうかと思うのだが、合いかぎを勝手に作られたときも焦ったが今はどうでもいい。それより聞きたい事って何だろう?


:(健一郎)どうした妹よ、何が聞きたいんだ?今日の予定なら教えないぞ?

:(涼香)それも聞きたいけど、もっと重要なこと


 もっと重要なこと?何かあっただろうか、またお土産でも持ってきたとかか?いや、まずは聞いてみない事にはわからない。


:(健一郎)聞きたい事って?

:(涼香)うん、これ見て


 そういって送られてきたのは俺の部屋の洗面台の写真だった。何がおかしいんだ?そう思い妹に追及すると…


:(涼香)お兄ちゃん、歯ブラシ2つもあるけどこれ誰の?


 妹が言っているのは、洗面台に置かれていた1つのコップに刺さった赤と青の2本の歯ブラシだった。それは今朝俺と真緒が歯磨きをした時の物だ、真緒は寝ぼけていたのかいつもなら持って帰るのに今日はそれをしていなかったようだ。


 どうしよう、部屋に歯ブラシが2つもあるだなんて確実に女がいると言っているようなものじゃないか、それも部屋に泊めていると分かるし。どうしたものだろうかと唸っていると…突然妹から電話が掛かってきた。


「いや、流石に電車の中で出るのはダメだよな」


 マナー的な問題で妹の電話には出ずにいると、


:(涼香)お兄ちゃんなんで出てくれないの?

:(涼香)今誰かと一緒にいるの?

:(涼香)ねぇ誰?

:(涼香)私の知ってる人?

:(涼香)知らない人?

:(涼香)ねぇお兄ちゃん今どこにいるの?

:(涼香)お出かけってそんなに遠くなの?

:(涼香)私を置いてどこ行くの?

:(涼香)お兄ちゃん答えて?


 流石にこの連投に関して少しばかり恐怖を感じる。目の前に居ないのにまるでそこいるような圧を感じた、早く連絡を返さなければまた電話が掛かってきかねない。


:(健一郎)ちょっとした旅行だ。すぐ帰ってくるから

:(涼香)ほんと?

:(涼香)私も行っていい?

:(涼香)どこ?

:(涼香)今から行くから教えて?

:(涼香)お兄ちゃんだけ楽しむのずるいよ

:(涼香)だから私も連れてって?

:(涼香)ね?


「怖いって…」


 家を少しでも空けるとこうなるとは、1年間俺を探していた執念深さを思いださせるな。流石にこのままだとGPSでも何でも使って探し当てられてもおかしくない。つまり言い訳を考えなければいけない。


 だが俺はこういう時の対策を知っているのだ!!


:(健一郎)今お兄ちゃん仕事で出かけているんだ、だから来ても面白くないぞ?帰りにお土産でも買ってあげるから静かに待っててねー。良い子にできる?

:(涼香)出来る!


 それからメッセージが届くことは無くなった。


「ふぅ妹が俺相手だと馬鹿になるから助かるわ」


 妹は成績もよくて運動もできるし、顔もいいらしい。だが、俺の甘い言葉にはすごく弱くなってしまうのは昔から変わっていないのが今の救いである。ここまで俺に執着してこなければ昔みたいに可愛がってやれてたのかな、もう手を遅れな感じはあるが。そういや、あいつ歯ブラシの事忘れてないか?


「ん、お兄さん…誰と連絡してたっすか?」


 そんな妹と一戦交えていると真緒が起きたらしい。軽く涎を垂らしながら上目遣いをしてくるものだから可愛くてしょうがないな。いつもはしっかり者のお姉ちゃんとして俺を世話してくれているが、こういうところを見ると妹に似た物を感じる。


「妹だよ、俺にほかに連絡を取るような人いないからな、勘違いするなよ?」

「別に勘違いなんてしないっすよ。別に…ちょっとだけ…気になっただけっす」


「ちょっとだけ?ほんとに?」

「むぅ、お兄さんの意地悪!そんなお兄さん嫌いっす!」


 あれれ怒らしてしまったようだ。

 真緒はプイっとそっぽを向き俺の肩からは離れていった。真緒の熱を失った俺は少し寂しい気持ちになり、真緒の方を見ると空いている手が見え俺はそっと手を握る。


 すると真緒はそっぽを向いていた顔をゆっくりとこちらに向け、


「今日の所はこれでいいっす、許してあげるっす」


 と少し嬉しそうにし、俺の手を軽く握り返してきた。真緒の柔らかい手と体温を感じる。いつも料理で水を使うからか手が少し荒れている気がした。


 今度ハンドクリームでも買ってやるかなと考えながら残りの時間を待つのだった。

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