第3話
風が光を運ぶ橋の上で重たい二人がゆっくりと進む。汗のにおいすらも心地いい。宇宙は無駄を削ぎ落した魂だけの美しい体で喜びを踏みしめて歩いた。いつからか二人は互いのことを忘れた。幾筋のしずくが輝いて肌を滑る。一瞬の命が地面に少し残って、消える。喜びをこぼしながら波に乗って流れていく。
「疲れた?」
疲れてないよ。
「つか、はあ、れたかも」蒸気のような息が声の邪魔をする。遠くの雲が宇宙を見下ろす。
宇宙は食堂まで春海を負ぶっていくことができなかった。春海を下すと視界が黒っぽくなって立っていられなくなった。道路の脇に倒れるように座り込んだ宇宙に春海がぬるくなったお茶を差し出した。彼の息は少しだけ落ち着いた。彼女の目は泳ぎ、留まらなかった。不安の雲が彼女の視界も奪う。
ここはどこ?
「春海、大丈夫だよ。ここは江ノ島。俺はちゃんとわかってるから。大丈夫、心配ないよ。」
「宇宙、そら、ありがとう」
立ち上がった宇宙を怯えた腕で抱き寄せる。腕の中の宇宙は顔と胸が熱い。確かにそこにいることに春海は安心した。互いの腕で体を包みあう。世界にこの二人だけならいいのに。
記憶のしずく 怠け蟻 @tetsuie
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