Chapter 4

 パパッと作っちゃいますね。言ってつくしちゃんはキッチンに立った。

 時刻は午後九時を回ろうとしていた。

 米は保温にしていたし、市販の合わせ調味料も幾つか残っていたはず。つくしちゃんなら、作り終えるまでに幾らとかからないだろう。

 私はゆっくり立ち上がって、テーブルの上を片付け始めた。

 つくしちゃんが遊びに来るようになってから、私の食生活は少し豊かになった。プロ並みの腕前とはいかなくても、少なくとも彼女は、レトルト食品なんかも上手く使って、きちんと食事の体裁を整えてくれる。食器の数もいつの間にやら増えていて、今や食卓は結構華やかだ。

「すみません、長々付き合わせちゃって」

 テーブルの前で手を合わせたあと、つくしちゃんは謝りながらも、景気の良い音を立てて、発泡酒の缶を開けた。あんまり反省してないな、と思いつつ、首を横に振る。遊んでる間、気が紛れたのは事実だ。

 夕食が遅くなったのは、彼女の負けず嫌いが原因だった。三時頃から、つくしちゃんの持って来たパーティゲームで遊び始めたところ、次第に持ち主である彼女の方が黒星を増やし始め、せがまれるまま画面に向かっていたら、こんな時間になってしまった。まあ、これはこれで、大学生らしい夏休みかも知れない。

 お腹が音を立てるのと裏腹に、中々箸を伸ばす気にはならなかった。午後をゲームに費やしておいてなんだけれど、その日私は少し体調を崩していた。大方、退院して以来、調子に乗って遊びまくったのが祟ったんだろう。お陰で、この一ヶ月は楽しかったけれど。

「お粥とかの方が良かったですかね」

「ううん、大丈夫」

 自分を鼓舞しながら、食事に手をつける。表面上は、心配してくれてるんだか良く分からないけど、あんまりこっちの具合が悪そうだと、彼女は予定のキャンセルを言い出しかねない。

「良いから、気にせず楽しんで来て」

「はあ。先輩がそう言うなら」

「研究室のバーベキューって言ったっけ」

「そうです、わざわざ山奥まで行って、川辺で。夏っぽいでしょ」

「もう九月だけどね」

 そう切り返すと、「まだ暑いし」と彼女はむくれて見せた。

 私とは対照的に、つくしちゃんはつくづくアクティブな子だった。

 見た感じの雰囲気も、人懐こい性格も、いかにも体育会系といった風じゃあるものの、映画鑑賞を趣味にしていて、私とも映画系のサークルを通じて知り合った。つくしちゃんと私は、映画の趣味が良く合って、それが意気投合した理由の一つだ。境遇が似ていたというのも、大きかったのかも知れないと思うけれど。

 ただ、映画との関わり方についても、やっぱり彼女の方が積極的で、時折「いつか作ってみたいですね」と口にしていた。私たちが所属していたサークルは、映画好きの交流を主な目的にしていて、主だった活動と言えば、文化祭でレビューをまとめた会誌を出す程度だった。その緩い活動内容を、つくしちゃんがどう思っていたかは分からない。私の方は、映画を観て、時折誰かと話ができる空間がある、というだけで満足だった。

 いつもより少し時間をかけて、私がどうにか完食すると、洗い物を済ませ、交代でシャワーを浴びてから、心持ち早めに床に着く。つくしちゃんのお喋りに適当な相槌を打ちながら、いつの間にか私は眠りに落ちていた。


 翌日、不調にも関わらず、いつもの時間に目が覚めた。つくしちゃんも同じような具合らしく、数分と経たず、布団が動く音がした。

 挨拶もそこそこに、彼女は身支度を整え始める。私は布団に包まったまま、その後ろ姿をぼんやり眺めていた。

「先輩、今日はやめときますか」

「……そうね、一応」

「じゃあ、グラスと時計、借りても良いですか」

 どういう感じか気になってたんですよね、とつくしちゃんは、心配三割わくわく七割の表情で言う。断る理由はなかったけど、

「ああいうの、ユーザーが違うと使えなかったりしない?」

「大丈夫ですよ。やっすいのなんで、多分その辺ガバガバです」

「なら良いけど」

 つくしちゃんはなおざりに礼を述べると、私のグラスと時計を身につけ、立ち上がった。

「じゃ、行ってきます」

 彼女への応対もそこそこに、私は再び眠りについた。


 それから、朧気に彼女が帰って来た物音を聞いた記憶がある。再び行ってきますを言うつくしちゃんに、布団の中から応えた気もする。

 はっきり目を覚ましたのは、八時半頃だった。携帯を確認すると、数件のメッセージが届いていた。案の定、大半がつくしちゃんからだった。

 時間からして、家を出た直後に送ったらしい。私のデバイスを借りたことへのお礼と、使い心地についてのちょっとした感想に続いて、「当分超えられない記録を残しといたんで、それ目指して頑張ってください!」なんて、理不尽な要求を突きつけてきていた。

「記録残して、私のモチベーション保つためにくれたんじゃなかったっけ」と返信すると、間髪入れず「モチベーションになるでしょ?」と返事が来た。即レスが来たり、間が空いたりしながら、だらだらと軽口の応酬が続く。

 それはやがて、「着いたんでしばらく返信遅れますね」という彼女の言葉で、一旦途切れた。そのあとは、ぽつぽつと楽しそうな写真が送られてきたので、私はそれを眺めながら、昼食をとった。浅葱色に透き通った川をバックに、研究室のメンバーと並んでピースをするつくしちゃん。焼けた肉の写真。ふざけて水をかけ合う動画。肉の写真。パンをもさもさやっていると、「どっかに泊まるにしろ、そっちに行くにしろ、また連絡するんで」と律儀な断りが飛んで来て、私は無造作にスタンプを返した。

 そして、彼女から自分で予告した通りの連絡が来ることは、もうなかった。

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