3 この世界での存在理由
歪による凶行の一報は憎嶋にも届けられた。
(夢方の通う高校で殺人……彼女の仕業か? ニュースでは犯人は男となっていたが、それが夢方の能力なのか? とにかく急いだ方が良さそうだ)
憎嶋は組織に緊急で羽愛羅の身柄を捕らえる許可を要請した。組織の判断は早かった。そして憎嶋の行動もまた早かった。
戻ってきた歪に向かって羽愛羅は尋ねた。
「ねえ、さっきのニュースって本当に」
「ああ、俺だ。これで協力してくれるか?」
「それは……」
「どうせ奴らに負けても異世界に飛ばされるだけだ。お前にとってはどちらについても損はない」
「でも……」
「妹のためなんだ! 俺はこの世界を離れるわけにはいかないんだ!」
羽愛羅が返答に困っていると歪に再び予知が降りてきた。
※
十分後に憎嶋達がこの部屋に突入してきて、そのまま二人とも殺された。
すでに包囲はほぼ完了しているようで他にいくつかの逃走パターンを予知によって試してみたが捕まってしまう未来しか見えなかった。
※
建物の外が騒がしい。聞こえた足音は現実のものだった。
(もう他のパターンの予知を見ている時間がない)
とっさに歪は羽愛羅を連れて押し入れに潜り込んだ。
その次の瞬間大きな音がして憎嶋が部下と共に押し入ってくるのがわかった。
「逃げた様子はない。隅々まで探せ!」
そして部下達が家を荒らし始める音がした。
(もうダメか……)
歪が覚悟した時、突然騒々しい音が聞こえなくなった。
「何が起こった?」
押し入れを開けて外に出るとそこは羽愛羅の家ではなかった。それは歪にとって慣れ親しんだ我が家だった。
この奇妙な現象は歪によるものではない。それならば当然隣で震えている少女の仕業ということになる。
「押し入れごと位置を交換したのか」
「わからないけど……とっさに」
(俺のときも最初は無意識に能力を使っていた。彼女も追い詰められて能力が発現したんだ)
羽愛羅も狭い押し入れから出ると正面には仏壇があった。そこには幼い少女の遺影が飾ってあった。
「これって……」
「見つけちまったか」
歪の顔はひどく悲しげだった。
「どういうこと? 妹のためにこの世界に留まりたいって言ってたのに。死んでいるなら何のために?」
「妹のひららは……確かにひららは死んだ。でもこの世界は確かにあいつの生きた世界だ。つらく苦しいことばかりだったけど、この世界にはあいつとの楽しい思い出もあるんだ。離れたくはない」
「……」
「なあ、俺をおかしいと思うか?」
羽愛羅に断って歪は食事をとった。その間彼女は顔を見せなかった。そして歪が食事を終えた頃にようやくやってきた。
「少し考えた。私、あなたに協力する」
羽愛羅の返答はどこか力強かった。
「本当か?」
「それと私が妹になるよ」
「はあ?」
「あなたはこの世界を私の理想に近づけてくれた。だからお礼に私もここをあなたの理想の世界に少しでも近づけたい。そのために私を妹として扱って」
歪は目を手で覆って考え始めた。そして数分の沈黙の後にようやく口を開いた。
「ダメだ……お前をひららとは思えない」
「そう……」
「でももう一人の妹としてなら。それでいいか?」
「うん!」
奇妙な絆で結ばれた二人は今後憎嶋に対抗するための作戦会議を始めた。タイムリミットは憎嶋が歪の関与に気づき彼の家に戻ってくるまでだった。
「試してみたんだけど、私の能力は指定した範囲のものを別の場所に転送するってのみたい。さっきみたいに自分が範囲に入って離れた場所に移動したり、逆に離れた場所のものを近くに転送してくることもできるんだ。ただ転送するには私がその場所に一度行ったことがあるか、範囲内に転送先・転送元の手掛かりがあるかじゃないといけないみたい」
「手掛かり?」
「うん。所縁のあるものなら何でもいいみたい。さっきはお兄ちゃんが手掛かりになってこの家に転送できたっぽいよ」
「なるほど」
「この能力なら敵から逃げ続けられるね」
「だがずっと逃げてるわけにもいかない」
「戦うの?」
羽愛羅は不安そうな顔を歪に見せた。
「心配するな。どうやらさっき能力が進化したみたいなんだ。この力と羽愛羅の力があれば憎嶋達にもきっと勝てる」
その頃、歪の家に向かっていた憎嶋は部下から質問を受けた。
「前から気になってたんですけどなんでこの世界だと能力が育たないんですか?」
「だってこの平和な世界じゃ命の取り合いをする機会なんてないだろ。奴らのチート能力ってのは普通は異世界の生物を狩ることで成長する。つまりは命を奪うことで成長するんだ」
「命を奪う……」
「そうだ。だからもしあの高校の惨劇が能力者によるものだったら、かなり厄介だな」
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