4 戦闘開始

 憎嶋は歪の家に再びやってきた。歪はそれを予知しながらも逃げることはしなかった。そして自室のドア枠を挟んで歪と憎嶋は向かい合った。

「実は初めましてだな、憎嶋」

「実は? 俺にとっては疑いようもなく初めましてだが。さてはお前、能力で俺に何かをしたな」

「まあな」

「なら尚更排除しなくちゃいけないな」

「悪いが大切な妹のためにも俺はこの世界を離れるわけにはいかない」

「それじゃあその妹も同じ世界に送ってやるよ」

「騙されちゃダメ。適当なことを言ってるだけだよ」

「信用ねえな。まあ、その通りなんだけどな」

 憎嶋が一歩進んで歪の部屋に入った。

「今だ」

 歪の合図と同時に羽愛羅は能力を使って三人だけを目的の場所に転送させた。


 一瞬で湖の畔に移ったので憎嶋は一瞬面食らった。その隙に歪は羽愛羅に指示を出す。

「羽愛羅は離れてろ」

「わかった。頑張ってね、お兄ちゃん」

「お兄ちゃん? ……へえー、お前ら倒錯してんなぁ」

「……」

「なんでここを選んだ? シチュエーションにこだわるタイプか?」

「一応教えておく。ここは少し前に俺の頭の中に映った光景と同じ場所だ。つまりその予知は実現した。実現させたんだ。予知が実現したことで俺は強化される。これが俺の新たな能力だ」

「能力の成長か……」

 脳内に映った場所で戦う。その予知の実現のために歪は憎嶋ごと羽愛羅の能力で転送させた。幸いにも彼女はこの場所を訪れたことがあったのだ。

(この湖は地元では有名な観光地だ。ひららともたまに見に来ていた。見ていてくれ、二人の妹よ。ここで俺がこいつを倒す)

「今、俺の身体能力は二倍に強化されている」

 俊敏な動きで銃の射線を躱し歪は憎嶋のみぞおちに拳を当てた。しかし歪が感じたのは手応えではなく、拳に返ってくる強烈な痛みだった。

「くっ……!」

 憎嶋の身体はまるで鋼鉄かのように硬くなっていた。人間の皮膚の下に似つかわしくない硬度の筋肉がそこにはあった。

「お前もまさか」

「いいや、俺はお前らみたいなチート能力者じゃない。それに及ばないただの特別。超人的身体能力を持っている。お前の二倍程度では収まらないほどのな」

「マジかよ……」

 歪の拳が当たった部位を平気な様子で撫でながら憎嶋は呑気に言った。

「ところでお前、暴力は嫌いか」

「嫌いだ、お前らに向けるの以外のはな」

「そうか。俺もだ。昔から暴力が大嫌いだった。でも今はこうしてお前を殴ってる。嫌いなことでもやらなくちゃいけないときがある。この世界はそういうもんだ。生きづらいだろ」

 憎嶋の姿が一瞬にして消える。そして歪の背中に激痛が走った。

(痛っ!)

 憎嶋の背後からの襲撃に歪は対処することができなかった。

 倒れる瞬間、羽愛羅の顔が歪の眼に映った。「逃げろ」と枯れた声で伝えた。

「俺は優しいからな。殺すのはこいつでやってやるよ」

 憎嶋は懐から銃を取り出す。それは歪が予知で見た異世界に転生させる銃だった。

「じゃあな。せいぜい異世界を楽しんでこい」

 銃の引き金が引かれ、不快な音が頭蓋に突き刺さる。薄れゆく意識の中、歪は。

(大丈夫……これが最善手だ)

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