5 異世界より

 歪が消えて一週間が経った。羽愛羅はその間も逃亡を続けていた。しかし憎嶋の組織は羽愛羅の転送の度に居場所を特定していた。そして今日も羽愛羅の潜伏しているホテルに憎嶋がやってきた。

「居場所を突き止められては逃げ、追い詰められては逃げ、もう一週間か。休み休みやってきてもそろそろ使用回数の限界だろう?」

 羽愛羅は答えずに転送の準備を始めた。

「お兄ちゃんはイカれてる」

「イカれてるのはテメーだ」

「私なんかよりヤバい奴だよ。お兄ちゃんは私のためにあいつらを殺してくれた」

「なるほど。やっぱりあれはあいつが」

「あの私をいじめた奴らが死んだからといってこの世界が理想の世界になった訳じゃない。でも私の理想の世界のためにあそこまでのことをしてくれたお兄ちゃんとならこの世界で生きてみてもいいって思ったんだ」

「兄は死んだろ」

「残念だけどお兄ちゃんは諦めてないよ。必ず私のことを助けてくれる。わがままな妹でごめん。でももう一度私を助けて。お兄ちゃん!」

 羽愛羅は叫びながら能力を使った。


 そこにはいなくなってしまったはずの歪がいた。羽愛羅が歪のもとに転送したのではない。歪が羽愛羅のもとに、憎嶋と対峙しているホテルの一室に突然現れたのだ。

 彼は羽愛羅に向かって優しく声をかけた。

「ただいま羽愛羅」

「お兄ちゃん!」

 そして歪は羽愛羅を守るように憎嶋の前に立ちはだかった。

「それにしても久しい顔だな」

「お前……まさか異世界から呼び戻したのか!」

「手掛かりが多いほど確実性が増す。これはお兄ちゃんの服、そして部屋に入ったお前が持っている異世界に送る銃、その二つがあればお兄ちゃんのいる異世界を転送元に指定できる」

「羽愛羅、よくやった」

「てめえ、やってくれたな」

 歪は周囲を見回して状況を把握しようとする。

「羽愛羅……あれからどれくらい経った?」

「一週間くらい……」

「そうか。どうやら異世界とは時間の流れが違うみたいだな。俺はもう異世界で何年も過ごしていたぜ。おい憎嶋、これがどういう意味かわかるか?」

「……まさか」

 恐ろしい想像に至った憎嶋は一気に距離を詰めて歪に襲いかかった。

「わかったようだな。俺は異世界で邪魔されずに能力を極めてきた。ちなみにこの前に見せたのがレベル2だった。そしてこれがレベル4」

 憎嶋が振り下ろす拳を歪は余裕を持って回避した。

「未来を予知し一瞬で幾通りもの行動をシミュレーションできるんだ。そして複数のシミュレーションした結果の中から好きに選んで現実とすることができる」

 歪は憎嶋の攻撃を最小限の動きで避け接近し煽るように顔の前で手を振った。

「しかし! 純粋な身体能力で勝てないお前がいくら攻撃したところで俺には効かない!」

「確かにこのままだと負けはしないが勝てもしない。それはそうだ。だからこれは勝ちを実現するためのレベル3」

※憎嶋の脇腹を歪が叩く※

「ちゃんと映ったか? お前の無様な姿が」

「これが予知……」

 憎嶋はすぐにこの能力がレベル2の延長だと気づいた。

(この予知を実現させてはいけない!)

 そう悟るもその予知は短時間で実現することとなる。

「二倍!」

 再び別の光景が二人の脳内に流れる。そしてすぐに歪はそれを実現させた。

「四倍!」

(これは予知を実現させる度に倍になっていくのか!)

「八倍! さてこれ以上の計算はできるか? 脳筋野郎!」

「バカにすんな!」

「じゃあお前はいったい何倍まで耐えられる?」

 レベル4のシミュレーションでレベル3の予知の実現は容易だった。何度も繰り返される攻撃にとうとう憎嶋は抵抗する素振りもなくなり瀕死に陥っていた。

「苦しそうだな。撃ってやろうか?これで」

 歪は落ちていた例の銃を拾って言った。

「無駄だ……それは覚醒前後の能力者にしか効かない……お前達は恵まれていたんだぜ」

「そうか。それじゃあさよならだ」

(いいなぁ……俺ももっと力があれば、お前みたいに自由に……)

 憎嶋は十発目の攻撃を喰らってついに倒れた。

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