2 逃走と暴走

 男の名前は衣毘津いびつゆがみ。『未来予知』の能力者。

 歪は戦うと決めてすぐに部屋を出ようとした。しかし外にいる黒服の男達の姿を思い出し冷静になった。歪が見た予知では男達がやってくるのは夜だった。現在は夕方。焦る必要はないと思い直し落ち着いて作戦を練り始めた。

(今はとにかく敵の情報が欲しい。だからあえて離れずに部屋に潜む)

 歪はその決断をした。

 部屋にはいくつか隠れる場所がある。歪はその中の一つ、クローゼットの中に入り込んだ。中は当然広くはないが歪が入ってもあと一人入れる程度にはスペースがあった。入ったままでクローゼットの扉を閉めると周りが暗闇に包まれる。そこで突然予知が歪の脳内に流れてきた。


 クローゼットの中に隠れていると黒服の男達が部屋に侵入してくる音がした。男達は歪がいないことに困惑しているようだ。

憎嶋にくしまさん大変です! 対象がいません!」

 憎嶋と呼ばれた男が話し始める。その声はリーダー格の金髪の男のものだった。

「逃げられたか。能力がすでに目覚めてしまったようだな」

「どうします?」

「マニュアル通り捜索班を呼ぶ。しかしその前に。このクローゼットもう調べたか?」

「え、いえ、私達はそこまでは」

 憎嶋はクローゼットを開けながら言った。

「こういう時、反抗的な奴はこういう択を取るんだ」

 歪を見つけた憎嶋は例の銃を取り出して彼の頭に向けて撃った。そこで歪の意識は途絶える。


(予知とはいえ不快な光景だ。しかしこの能力を使えばわざわざ夜まで待たないでも情報を得ることができる。しかもノーリスクでだ)

 仮説を確かめるために歪はベッドの下に隠れ場所を変えてみた。するとまたしても脳内に予知が流れてきた。


 途中はでは前の予知と同じような内容だった。変わったのは憎嶋がクローゼットを開ける時点からだった。

「いないか。ここかと思ったが。仕方ない。捜索班に連絡しろ」

 憎嶋は部下の一人に命令した。

「さて俺達はこの後どうするか」

「そういえば憎嶋さん。先に明日行く予定の能力者の所に行ったらどうですか」

夢方ゆめかた羽愛羅はあらのことか。いや、やめておこう。彼女の家はここからだと少し遠いからな」

「でも彼女は不登校の引きこもりでしょ。すんなりいきそうですけどね」

「だから説得の時間は考慮しなくていいんだ。イエスでもノーでもどうせ殺すんだから。移動に時間が一番かかるだろ。いいのか、残業代は出ないぜ」

「それはちょっと……」

「だから俺達はこの部屋の捜索で時間を潰して、夢方のところには予定通り明日の夜行く。指示以上のことはしなくていいんだよ」

「そうですね」

 そして憎嶋達は部屋の隅々までの捜索を始めようとしていた。

(このままだとバレる。でもどうせ死なないんだ。それならここで……)

 黒服の一人にベッドの下を調べられる直前、歪は自ら飛び出して黒服に襲いかかった。そして持っていた手帳を奪うと急いでページをめくり内容を頭に叩き込んだ。

(これまでの奴らの話から推測するに敵は組織だ。俺一人では戦えない。仲間がいる)

 その予知ではまた憎嶋に殺されたが、俺は仲間になってくれる可能性のある夢方羽愛羅の住所を手に入れることができた。


 予知により情報を得た歪は部屋の脱出を試みた。幸いにも敵の油断と地の利を活かしたことで問題なく脱出することができた。そして歪は慎重に尾行されていないことを確認してから羽愛羅のもとに向かった。


 翌日、電車を乗り継いで歪は無事に羽愛羅の居宅にたどり着いた。時刻はまだ午前。通常の高校生であればすでに家を出ているか微妙な時間だが、羽愛羅が不登校だという情報を歪は持っていた。それでも急いだのは憎嶋達の監視が始まる前に羽愛羅を訪ねたかったからだった。

 歪は羽愛羅の家のインターホンを鳴らす。しかし返事はない。そこで歪は窓を割って強引に中に入った。そして家の中から娘の部屋らしきドアを見つけると叩いて中に向かって叫んだ。

「俺の話を聞いてくれないか!」

 部屋の中の怯えた顔の少女は何かを諦めたようにドアを開けた。


「つまりその黒服の男達は俺達みたいな強力な能力の素質を持つ人間を異世界に飛ばして処分しようとしてるんだ」

 歪は部屋から出てきた少女にこれまでの詳細を説明した。

「頼む。この先あいつらと戦うためには同じような能力を持った仲間がいるんだ」

「……無理。ごめん」

 歪の想定通りの返答だが信じていないというわけではないようだった。それはきっと歪の鬼気迫る様子から判断したのだろう。

「このままだと今日の夜にはあいつらが来て君を殺すんだぞ」

「別にそれでいい……よ。どうせこの世界にうんざりしてたから」

(情報からせっかく見つけた仲間だ。逃したくない)

「それに、異世界の方が楽しそうだし」

 歪はそこで気づいた、彼女の腕の自傷の痕跡があることを。

「この世界に許容しきれないほどの不満があるんだな。何があった? 教えてくれ」

「別に珍しいことじゃない。いじめにあったってだけ」

「いじめ……」

 歪の頭の中にドス黒い感情が湧き上がる。事前に少し近所の住民の話を聞いたところ羽愛羅が不登校になってから母親が亡くなったという。噂では自ら首を吊ったのではと囁かれている。

 歪が目の前の少女の悲惨な過去を想像していると彼女は気分が悪そうに歪に向かって言った。

「わかったらもう帰って。私は力になれない」

「そんなことない。俺にはお前の力が必要なんだ」

「でも」

「わかってる。お前はこの世界が生きづらいんだろ。なら俺がこの世界をお前の望む異世界にしてやるよ。だからお前の望む世界を言ってみろ」

「私をいじめた奴らがいない世界……」

「わかった」

 それだけ言って歪は羽愛羅の部屋を出て行った。


 歪が去った部屋の中では寂しさを紛らわすためにつけていたテレビの音だけが響いていた。そして彼が去って一時間程経った時に突然緊急ニュース速報が流れた。そしてニュース番組でもそれを読み上げる。

『〇〇県の〇〇高等学校で刃物を持った男が現れ、生徒五人が襲われる事件が起きました。被害者の生徒はいずれも搬送された病院で死亡が確認されました。犯人の男は現在も逃亡中です』

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