異世界に転生しないために
黒根颯
1 異世界転生の真実
最近、巷では妙な噂が流れている。
「事故なんかで死んだら異世界に転生できる。そこでは神から貰ったチート能力で無双できる」
小説や漫画の話だと俺は最初に聞いた時に思った。しかし物語の中で何度も想像されてきた転生というやつが現実に起こっているらしい。
「異世界に行ったって奴から交信が来たんだってよ」
俺はその手の都市伝説は信じない。噂を楽しそうに話す同級生達を残して俺は家に帰った。
※
深夜、寝心地が悪くて俺は目を覚ました。おかしい。部屋に誰かがいる。仰向けのまま俺は気づかれないように目だけを動かして部屋の状況を確かめようとした。すると黒いスーツを着た男が俺の部屋を勝手に歩き回っていた。そしてその男と目があってしまった。俺はもうバレたと思い威嚇するように声を上げた。
「な、なんだ! お前!」
声の勢いのままベッドから体を起こそうとした。しかし動かない。僕は顔をできるだけ動かして背中側の様子を見る。そして自分の立場を知った。もうすでに俺は体を拘束されている。侵入者は1人じゃなかった。そしてこいつらはもう俺の命を握っているのだ。
「あの、金ですか! 渡します! だから命だけは助けてください!」
俺は心の底からそう叫んだ。すると部屋を歩き回っていた男が俺の前に立った。若い金髪の男だ。そいつが俺の顔を見て口を開いた。
「どうすんだよ。お前達が手間取るから起きちまったじゃねえか」
若い男は俺の体を拘束している奴を叱りつけた。俺が目を覚ましたのは明らかに歩き回っていた金髪の男のおかげなのだが俺を拘束している奴は何も言い返さない。
「心配しなくていいさ、お前はこれから異世界に行く。異世界転生ってやつだ。最近噂になってるだろう?」
「転生? 何を言ってるんだ? それに俺はまだ死んでないし……」
自分で言ってから気づいた、男が言ったのは殺すということの隠喩ではないかと。
「そう怯えんなって。安心しろ。異世界転生の噂は事実だ。いや、少し事実と異なることもあるが。そうだな、せっかくだから教えてやるよ。異世界転生の真実ってやつを」
「異世界に転生したらその時にチート能力がもらえる、か。何とも都合のいい噂だ。だが現実は違う。異世界に転生して所謂チート能力を手に入れたやつってのは元からその能力の素質を持っていたんだ。そして転生の時に開花した。それを貰ったものだと誤解したんだろう。わかったか? 結局は才能なのさ。そしてお前もその素質を持っている。だからこうなっている」
「素質? 俺に……?」
「そうだ。そしてもっと言えばその素質を持つものしか異世界には転生させない」
「させないってまるであんた達が……! そうか、あんた達が転生をさせているのか!」
「正解。俺達はそういった能力の素質を持つ人間を能力が発現する前に見つけて、転生をさせる特殊な方法で殺して回っているんだ」
「どうしてそんなことを!」
「わからないか? そんな奴がこの世界に何人もいたらどうなるか。混乱するに決まってるだろ。悪用する奴も現れるだろう、恐れるやつも現れるだろう。待っているのは不毛な争いだ。お互いのためにならないんだよ、俺らとてめえらとはさ! だから送るのさ、俺らからしたらどうなったっていい異世界に」
「そんな身勝手な!」
「身勝手? でもよ、よく考えな。俺達は転生なんかさせずに殺すことだってできる。それなのにどうしてこんな面倒くさい方法を取るのか。シンプルに殺すのが嫌だからさ。お前達に罪はない。ただ危険な爆弾を神様から押し付けられただけだ。そんな罪をない奴を殺したくはない。それでも排除しなくちゃいけない。だから転生させるんだ。これは別に悪いことじゃない。向こうの世界に行けばお前らは何の憂いもなく力を使える。チート能力を持つのはお前一人だけだ。それぞれ別の異世界に送ってるからな。そこで力を使って金を稼ぐもよし、名誉を得るもよし、支配するもよし、女に囲まれるもよし。最高じゃねえか」
「……俺の能力って?」
「まだわからないな。まあ、逝けばわかるさ」
男は変わった形の銃のような機械を取り出し俺の頭に当てた。その機械から妙な音が聞こえ始める。そこで俺の意識は途絶えた。
※
目が覚めると俺の部屋だった。何が起きたのかわからなかった。異世界に転生しているはずではなかったのか。夢だったのか? 時間を見るとまだ夕方だ。日付も変わっていない。家に帰りそこで眠ってしまいあの変な夢を見たのか?
「何だ……よかった」
安心した俺はカーテンを開けて外の空気を吸った。ふと家の近くの道を見ると黒い車が止まっていた。そして俺は見た。車の中に夢で俺の部屋に侵入してきた男が座っていることに。
考えればすぐにわかった。
あれは『未来予知』だったんだ。それが俺の能力で、あの男達と会う前にこの能力が開花したんだ。
じゃあどうする? あの男の言う通りに異世界に転生するか?
俺は嫌だ。
確かに異世界の方がいいという奴もいるだろう。でも俺はこの世界で生きたい。俺には大切な妹がいるんだ。だから異世界なんかに行くわけにはいかない。
この力を使ってあいつらから逃げる。そしてこの力を使ってあいつらの先回りをする。あいつらが行く先、そこには俺と同じチート能力の素質を持った人間がいる。そいつらの中には俺と同じくこの世界で生きたい奴もいるだろう。そんな奴らを集めてあの男達の組織を潰す。
俺は戦う、異世界に転生しないために。
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