第二幕:Kids With 妖術

「今日は~」

「依頼なしじゃよ~」

「サイゼ〇ヤの日~」

 呑気に歌いながら、その二人組は都会の端を歩いていた。ビルだらけというわけでもなく、タイルの歩道の傍らには川も流れている。光の速さで通り過ぎた豪雨は、辺りに湿気の香りを残してどこかに消えてしまった。木々は水を受けて鈍く輝き、二人の住まう都市、依塗矢えぬや市の全ての色が濃く映っていた。二人のうち、黒い髪で赤いゴーグルを着けた女は白衣を着ており、その裾は水を吸っている。しかし当の本人は全く気に留めていないようだ。もう一方の青髪の眼鏡をかけた女性はといえば、左右に揺れながら歌を歌っている。

「オ~ランダ~ワ~~ア~タ~ラ~シ~イ~コ~ト~ニ~~」

「ツヴァイよ、その歌はなんじゃ?」

「おお、きゅーちゃんよ!!お目が高い。これは、え~っと……なんだっけ」

「…まあわらわも、別に知りたいというわけではないのじゃが…」

「まあいっか!イーズィッダーズィッ…」

 別の歌を歌い始めたツヴァイをよそに、きゅーちゃんはその手を引く。彼女たちが向かう先は、何の変哲もない、デートで連れていくと好感度が下がると噂の飲食店だ。彼女たちの行きつけのファミレスでもある。木々に囲まれたタイルの歩道を進み、二人は車道の見える曲がり角で右手の建物に入ろうとした。だが、それはドガシャンと阻止されてしまった。二人の腰ほどの背丈の少女が、結構な勢いでぶつかってきたのだ。

「ぐぶぉっ!?なんじゃ!?」

「あだっ!…あっ、ごめんなさいっ!」

 少女はひどく焦っている様子で、すぐにその場から走り去ろうとした。

「ちょいまち」

 逃げようとする少女の手をツヴァイが掴む。そうして少女の手に触れたツヴァイの表情が一瞬、こわばった。

「…とりあえずこの建物に入ろっか、身を隠すのにもきっといいよ」

「えっ……?なんでワタシが……」

 なにか言葉を発そうとする少女を抱き上げ、ツヴァイは手早くサイ〇リヤのある建物に駆けこんだ。事態が呑み込めていないきゅーちゃんも、一拍子遅れてついていった。

「っちょ、待つのじゃぁ!」



「三名様でお待ちのくれない様~」

「は~い」

 黄色いパーカーの女性と白衣の女、そしてちいさき少女が、大量の人で賑わっている店内に入っていった。

「すごい……。こんなにたくさん…」

「お昼じゃ……だからな」

 言いにくそうにしながらきゅーちゃんが答える。口調が特徴的であると、人ならざるものであるという印象を持たれやすいのだ。さらに言えば、人でないことがバレると不都合なことが多い。そうきゅーちゃんは首をかしげる少女に語る。

「わらわ……俺……俺?…私…は退治される側じゃ…だからな」

 それを聞いた少女の表情が、少し柔らかくなった。少なくともきゅーちゃんにはそう見えた。

「さあ、まずは注文をしよっか」

「そうだな。私はこのトマトのやつにしようかの…しようかな」

 少女にも問いかけようとして、ツヴァイはまだ彼女の名前を聞いていないことに気付いた。

「えっと…なんて呼べばいいかな」

「ワタシは……レイっていいます」

「ではレイちゃん、なにか食べたいものとかある?」

 そう言いながらツヴァイはレイにメニューを見せる。メニューにはイタリアンなパスタやピザ、エスカルゴなどがかなり安めの値段で記載されている。レイはしばらくメニューを眺めてから、最後のページに載っていたプリンを指さした。

「…これ」

「よしきた」

 ツヴァイはテーブルの隅にある紙とペンを取り出し、三人分の注文の品を書いた。そして備え付けのベルで店員を呼ぶ。やってきたのは20代前半くらいの男性だった。ツヴァイは店員に先ほどの紙を手渡す。

「お願いしま~す」

 レイはその間、男性の店員をじっと見続けていた。そして何かを決心したかのように自分の服をはだけさせた。

「ちょちょちょちょっと待って」

 二人が慌てて止めに入る。店員は目をそらそうとするが、何かに引っ張られるようにレイのはだけたところから視線を外せなかった。

「う~ん、散!」

 ツヴァイは素早く携帯を取り出し、何かを打ち込んだ。とたんに店員は解放されたかのように身体ごと後ろを向き、そのままその場を去っていった。二人は手早くレイの服を直し、ついでに両隣に座ることにした。

「…淫魔の子よ、ここで人間から力をもらうのはおすすめせんぞ」

 右側からきゅーちゃんが小さくささやく。

「ここなら食事でまかなえるから、おかわりもいいよ」

 左のツヴァイはそんなことを言った。

「…」

 しかし二人に返事をすることもなく、レイは俯き、黙り込んでしまった。

「プリンは食べたことがないのか?」

「…たべものは、ぜんぶ」

「……そうか。私も、ここに来るまではそうだった」

 レイはそうつぶやくきゅーちゃんの方を見る。

「ここでは、人を殺さんでよい。それがよいことかは分からんが、少なくとも共存はできる。私は、それを望んでこの地に来たようなものだ」

「きょう…ぞん……」

「そう、共存じゃ…共存だ」

 レイはその言葉を味わうようにして目を瞑る。そして目を開き、きゅーちゃんの瞳をまっすぐ見つめた。

「ワタシ、その……会いたい人がいるんです。ここに来るとちゅうではぐれちゃった……ワタシの恋人」

 場面が変わりそうな空気の中、きゅーちゃんは口をぱくぱくさせた。

「淫魔が……こ、恋人じゃと……!?」

 レイは顔を赤らめて俯く。その仕草に嘘はなかった。きゅーちゃんは何かこの世のものではないものを見たかのような表情をしている。それでも何かしゃべろうとするが、口が動くだけでうまく声を発せない。そして両者の沈黙を破るように、ツヴァイが口を開いた。

「……とりあえず、ごはんにしよっか」

 気が付けば、三人の前に料理が並んでいた。



「そういえば、おねえちゃんたちもヨーカイなの?」

「わらわ…私はまさにそうだ。こっちのツヴァイは妖怪かと言われると……」

「まあ違うね」

「じゃあニンゲン?」

「はぁーん……」

 妙な声を発しながらツヴァイはしばらく考え込んでしまった。そしておもむろにきゅーちゃんのナポリタンを食べようとする。

「おい。…ほれ」

 きゅーちゃんはツヴァイの前にあったピザを代わりに食べさせる。しばらくの間もぐもぐとした後、ツヴァイは長年の問題についに答えを出した。

「わからん」

「ニンゲンでもヨーカイでもないの?」

「なんかそれが一番合ってる気がするんだ」

「ユーレイ?」

「でもないね」

「むむむ……。トーヤみたい」

「彼氏じゃったか?…だったか?」

「うん。おしゃべりがふわふわしてるの」

 彼氏のことを考えてうっとりしながら、プリンを食べる。その顔がもう一段階とろける。思い思いの物を食べ、旧知の仲のように言葉を交わす。そんな幸せな空間が、


 突如、崩れた。


 何かに気付いたきゅーちゃんがレイを突き飛ばす。ほんの先ほどまでレイがいた辺りに、鋭利な岩が飛び出してきた。レイをかばったきゅーちゃんはその岩に、全身を貫かれた。

「がはっ……!」

「きゅーちゃん!?」

「げほっ…が……」

 強張っていた全身が、力が抜けるようにだらりとなる。下には赤い血だまりができ始めていた。

「……チッ」

 大きな舌打ちと共に、一人の少年が姿を見せた。真っ黒な全身に、目だけが鋭く光っている。その姿を見たレイの顔が恐怖に歪む。

「今度は外さんぞ、淫魔の子」

「…逃げるよ!」

 レイの手を引き、ツヴァイは駆けだした。店内に動揺が伝播し、そしてそれは血だまりによって混乱に変わった。悲鳴と共に客たちが騒ぎ出し、出口に殺到する。一足先に駆けていたツヴァイ達を押し出すようにして、彼女たちがいた建物から人があふれ出した。外に出た二人はそのままの勢いで駆けて行った。

「ハァ、ハァ…、あれは誰…?」

 走りながらツヴァイはレイに、先ほどの少年について問う。ツヴァイの手をかたく握りしめながらレイは答えた。

「…ゲンブ、じゅじゅつし」

「マジか……」

 ツヴァイもその名前には聞き覚えがあった。隣の市にいる有名な呪術師で、他の3人と共に妖怪を刈り尽くさんとしているという話だ。しかし使う妖術などについては全く調べていない。レイに詳しく聞こうとするが、それ以上の言葉を交わす暇もなく、先ほどと同じ岩が二人の目の前に飛び出した。しかし今度は壁のように突き出し、二人の進路をふさぐだけだった。

「終わりだ。大人しく成仏しろ」

 ツヴァイは自分の耳に手を当てながら、少しゆっくりとしゃべり始めた。

「…そうだ、朱雀、青龍、白虎の三人はどうしたの?」

「やられたよ。朱雀はそこの淫魔に、青龍と白虎は…」

「言えないの?」

「どうだっていいだろ!」

 そう叫ぶと、ゲンブは手を構えた。それと同時にツヴァイも右手を前に掲げた。

「権限よし。第二種記憶域侵入、実行します」

 その言葉に反応するように、ツヴァイの目の前に光の数字や計器、文字が次々に現れる。ごく短い時間の後、そのすべてが消え、そして効果が表れた。

「ぐぁっ!?」

 ゲンブが頭を押さえる。

「ぐっ!」

 ツヴァイも同じように頭に手を当てた。ツヴァイの脳内にゲンブの記憶が流れてくる。


 弟子を淫魔に狂わされ、そして喪い精神を打ちのめされた呪術師朱雀。ゲンブの前には力を制御できない廃人と化した朱雀がいた。場面が変わる。呪術師白虎、そして青龍が倒れている。そして傍には、黒いシルクハットをかぶった男がいた。

 

 ゲンブの脳内にもまた、ツヴァイの記憶が流れていた。


 狐の耳を持ち、九本の尻尾が生えている女とツヴァイ、そして白髪の青年が親しげに会話を交わしながら歩いている。その目の前に突如として黒いシルクハットをかぶった男が現れた。その手には、銀色のカプセルが握られていた。場面が変わる。倒れている白髪の青年のそばに、狐の女とツヴァイがいる。二人が呼び掛けても青年に反応はない。狐の女は何かを覚悟し、青年の胸に手を当てた。辺りが赤い光に満ちる。光が収まり、力なく倒れる狐の女。その尻尾は四本になっていた。


「…なんでだよ、なんでお前らも……!」

「復讐したい気持ちは山々だと思う。けどそれは私たちも同じ」

 いつになく真剣な表情でツヴァイはゲンブを見つめる。

「……なんかやる気なくしちまった。帰る」

 不貞腐れたようにゲンブが去っていく。その姿を見送ったレイはへなへなと座り込んでしまった。

「なにしたの…?」

「ちょっと乱暴なこと」

 もう言葉を発せないようで、レイはその場に寝転がる。しかしその名前を呼ぶ者がいた。

「レイさ~ん」

「トーヤ!」

 レイはその声を聴くや否や飛び起き、声の主の方に駆けだした。

「あちらのお方は?」

「ツヴァイさん。ゲンブからたすけてくれたの」

「そうでしたか。どうも、ありがとうございました」

 深々とお辞儀をしたのち、トーヤはレイをつれてどこかに行ってしまった。結局、ツヴァイはひとり残されてしまった。日も傾き始め、蝉の音が聞こえ始める。どこにも行けない孤独を錯覚し始めたころ、その孤独な女の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「ツヴァイよ~ここらへんじゃろ~~!」

 きゅーちゃんが姿を見せる。そこに目立った傷はなかった。ただ白衣が穴だらけになり、そこから綺麗な肌色が見えているだけだ。

「……帰るかぁ」

 ツヴァイはきゅーちゃんを呼びながらゆっくりと歩いていった。

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