Two Plus きゅー

御前黄色

第一幕:Around the 弊学

「これ、弊学のキャッチコピー"インター怪異キャンパス"って絶妙な趣がありません?」

 銀縁のメガネをかけている、青い髪の女性が言った。黄色のパーカーとズボンは身体より少し大きく、ダボついた出で立ちが彼女という存在を物語っている。椅子に腰かけ、話しかけた相手をちらりと見やる。

「はっきり言えばいいじゃろ?ダサいとのぅ」

 青い髪の女性の言葉に、研究者らしき服装の女が答えた。黒く長い髪と白衣は、まるで高名な学者という印象を与える。それゆえ、頭に身に着けている真っ赤なゴーグルがひどく目立つ。黒髪の女はツナ缶を食べながら口を開く。

「それで?依頼は来ておるのか?」

「今日は…一件っすね」

「ずいぶんと楽勝じゃなぁ」

「え~っと?付近の小学校で七不思議的怪異に遭遇した、討伐を依頼する、だって」

 それを聞いた黒髪の女が顔をしかめる。

「討伐じゃと?気色悪いのぅ。またでまかせじゃろ」

「でも行くんでしょ?きゅーちゃんのことだし」

「まあのぅ」

 きゅーちゃんと呼ばれた女がのっそりと立ち上がる。

「出動じゃ、ツヴァイよ」

「りょうか~い!」

 ツヴァイと呼ばれた女性は立ち上がり、きゅーちゃんのツナ缶を片付けに行った。その間にきゅーちゃんは白衣を脱ぎ、赤い浴衣に着替えていた。先ほどよりも真っ赤なゴーグルがなじんで見える。戻ってきたツヴァイはリュックを背負い、準備万端といった顔をしている。

「ではいざ、小学校へ!」

 そうして二人はリベラルアーツ棟の講義室を出た。


 蛍の光が聞こえてきそうな時刻、きゅーちゃんとツヴァイの二人は小学校の校門の前に立っていた。建物は年季が入っているように見え、足元のアスファルトにもそれなりに草が生えている。車の音が背後で飛び交う。蛍の光は無論流れない。ここも大学も、まがりなりにも都会の端に位置しているのだ。

「ここで怪異絡みということはじゃ」

「オリジナルの七不思議か、ウチの学生さんってことになりそうっすね」

「こっちとしては、七不思議じゃないほうが都合がいいのぅ」

「知ってそう度で言うとまあそうっすね」

 二人が校門を飛び越えると、その背後でべしゃりと音がした。

「…結界とはのぅ。どうやら、当たりのようじゃ」

 きゅーちゃんが後ろを振り返りつつ呟いた。ツヴァイは音など気にも留めずに、黙って校舎へと向かう。車の音はぱたりと聞こえなくなり、辺り一面が真っ暗闇になっていた。結界は音も光も遮るのだ。

「っちょ、待つのじゃぁ!」

 慌てて追いかけてきたきゅーちゃんにツヴァイは携帯の画面を見せる。

「…ほう?」

「というわけで、二手に分かれましょ」

「あまり気は進まんのじゃが……。こればっかりは仕方ないのぅ」

 話がまとまったきゅーちゃんとツヴァイは、校舎に入れそうな場所を探す。無論、昇降口には鍵がかかっている。そのうえ職員室と思わしき部屋はまだ明るい。職員室から遠ざかるようにしつつ、校舎の周りをしばらくうろついた。大体見終わったという顔できゅーちゃんが口を開いた。

「どうするのじゃ?ちょっと壊すのか?」

「まあ、仕方ないっすよね」

 そう言ってツヴァイはリュックサックからノートパソコンを取り出した。そしてカタカタと何かを打ち込み始める。

「ちょっとくすぐったいですよ、っと」

 それなりの勢いでエンターキーを叩き、ツヴァイはきゅーちゃんに目配せをした。きゅーちゃんは浴衣の袖をまくり、近くにあった窓ガラスをひっかいた。するとその窓ガラスだけが燃え上がり、溶けて消えてしまった。きゅーちゃんが自慢気な表情でツヴァイを見る。

「わらわが三階、ツヴァイが二階じゃったな?」

「そう。じゃあ予定通りいこっか」

 二人は窓ガラスから校舎の一階に侵入し、各々探索を始めた。紛れもない不法侵入だが、警報は鳴らなかった。

「セキュリティの方はうまくいったみたい…だね」

 そうこぼしながら、一人になったツヴァイは携帯を見つつ歩いていた。コツコツと、人ひとり分の足音が響く。時折携帯の光であらわになる内装は、教育の場というよりも墓場などの言葉が似合うような雰囲気を纏っている。少し歪んだ樹脂製の床の上をしばらく歩き、ツヴァイは突き当りの音楽室の前に来た。

「アーヒトリダトココロボソイナー」

 抑揚のない声でそんな言葉を発した時だった。突如、どす黒い空気が彼女の背後に迫った。後ろを振り返ると、そこには人ではない、しかし人よりは大きい、蜘蛛のようななにかがいた。姿かたちは蜘蛛だが、まるで人間のように二本の足でそこに立っている。蜘蛛の怪物はツヴァイと目が合うなり口であろう部位を大きく開いた。

「ゲヒャヒャヒャヒャ!!まぬけめ!一人ずつ魂を抜き取ってくれるわ!!!」

 怪物はそう叫ぶと、口から蜘蛛の糸のようなものをツヴァイに向けて吐き出した。

「うぇっ!」

 避ける間もなく、ツヴァイは一瞬のうちに糸に絡めとられる。

「ゲヒャヒャヒャヒャ!!」

 怪物は銀色のカプセルを取り出し、一歩一歩ツヴァイににじり寄る。しかし、その歩みは数歩もしないうちに止まった。その背中から、何かに引っかかれたように黒い血が噴き出す。

「ゲヒョェッ!?痛てぇ!?」

「…ナイスタイミング」

「作戦は成功じゃが…やはり囮の類はやりとうないのぅ」

 ツヴァイの目線の先、怪物の背後には、きゅーちゃんが立っていた。きゅーちゃんの頭上の天井には穴が開いている。

「どういうことだてめぇら!」

「ツヴァイよ、説明は頼んだ」

「何と言いますか、今日の依頼は恐らくあなたの書き込みですよね?」

 ツヴァイはそう言って怪物の方を見る。

「…ケッ、いいカモだと思ったんだがよぉ!」

 怪物の方は襲い掛からんとばかりにきゅーちゃんのほうを向いた。そしてその顔であろう部分が曇る。

「どうしたのじゃ、そんな怪訝なカオをして」

「てめぇ、魂がピッタリ半分しかねぇじゃねえか!ナメられたもんだなぁ!!」

 怪物は残り6本の手足できゅーちゃんを切り裂こうとする。しかしきゅーちゃんは後ろに飛びながら躱し、真っ赤なゴーグルに手を伸ばした。

「そうじゃな。わらわの魂、いわば力は半分じゃ。じゃが…」

 きゅーちゃんはその真っ赤なゴーグルを額から外し、脇に放り投げた。投げ捨てられたゴーグルは空中で燃え尽きるように跡形もなく消え、同時にきゅーちゃんの姿が変化した。

「貴様をひねるには十分じゃ」

 その黒髪に真っ赤な毛が混じり、頭からは獣の耳が生えている。目元には朱の模様が現れ、後ろからは4本の尻尾が生えている。


 その姿はまさに


 狐の妖怪だった。



「キツネちゃんたぁ、いい御身分なこったなぁ!」

 飛び掛かる蜘蛛の怪物にきゅーちゃんは告げる。

「キツネちゃんではない。わらわはクレナイ・キューブリック。その胸に刻み付けることじゃ」

 そして、きゅーちゃん…キューブリックは飛び掛かる怪物に手をかざす。一瞬にして、怪物の身体は朱色の炎に包まれた。

「熱ぇああああああっ!!殺す気かよっ!」

「なんじゃ?ずいぶんと貧弱じゃのぅ」

 キューブリックは燃え上がる怪物を見据え、足を踏み出した。

「今度はこちらからゆくぞ」

 怪物の六本の手足が切れた。彼女の鋭い爪には、先ほどまではなかった黒い血がべっとりとついている。もはや怪物は、残り二本の足で立ちすくむことしかできなかった。

「安心せい、知っていることを全て吐けばよいのじゃ」

 その爪を、怪物の首元に当てる。

「まずは…そうじゃな、その銀色のはなんじゃ?」

 そう言ってキューブリックは怪物の足元に落ちた銀色のカプセルを見やる。

「こいつは…魂を保存するヤツだ」

「これを貴様にくれたやつは誰じゃ?」

「…」

 怪物の首元に当てられた爪が少し動く。怪物の首から、黒い血がつたった。

「答えないなら…貴様の命はないと思うことじゃ」

「ああわかったよ!コイツは支給品だ、だが手渡しってわけじゃねぇぞ」

「…まるで新興の教団じゃな」

「ああそうさ!別に驚くことじゃねぇだろ」

 キューブリックは怪物の顔を見上げるのをやめ、俯いた。

「魂の回収は貴様らに課せられた仕事といったところじゃな?」

「ご明察だ。…まったく、なんでこんなコトになっちまったんだろうな」

「こっちのセリフじゃ。これが最後じゃ。貴様のとこの長について吐け」

「ボスか?オレは知らねぇ。顔も名前もな」

「…もうよい」

 キューブリックは手を下ろし、怪物を開放した。そして怪物への興味を失ったように、ツヴァイのほうに駆けて行った。

「へッ、油断したなぁ!!」

 怪物が残るありったけの力を振り絞り、二人に向けて糸を吐く。しかしその糸は空中で燃え尽きてしまった。

「チクショウ、こんなことならずらかって…」

 逃げようとする怪物に、どこからか現れた、黒いフードを被った者が立ち塞がった。

「ンだテメェ!?クソ、通せ!」

 怪物は押し通ろうとするが、フードの者はそれを許さない。

「思ったより早かったっすね」

 親しげに話しかけるツヴァイに軽く会釈して、フードの者は怪物に警察手帳を見せた。

「ゲッ、警察かよっ」

「話は聞いておりました。現行犯的なやつでついてきてもらいますよ」

 そう言ったあと、いくぶんか不満げな空気を醸し出しながら、怪物越しにキューブリックへ声をかけた。

「しかしいくら正当防衛という考え方があるとはいえ、四肢切断はないでしょう…。もう少し手心というものをですね…」

「六肢じゃ。それにそのくらいは治せるじゃろ?」

「はぁ~。それを、ワタクシがやるんですよ?わかってらっしゃいます?」

 フードの者は大きくため息をつき、紺色の巨大な鎌を取り出した。

「ほら、さっさと行った行った!わらわはもう疲れたのじゃ!」

 本日二回目のため息をつき、フードの者は巨大な鎌で空を切り裂いた。空中に切り傷がつき、徐々に開いていく。

「まあいいでしょう。報酬のお小遣いをなくせばつり合いは取れるでしょうし。…それでは失礼します」

「え、ちょ」

 キューブリックが呼び止める前に、フードの者は怪物を連れて空中の傷跡に入り、消えてしまった。暗い小学校の廊下には、キューブリックとツヴァイ、そして銀色のカプセルだけが残された。少し間をおいてから、キューブリックがつぶやいた。

「踏んだり蹴ったりじゃのぅ…」

「思ったよりややこしいことになったね」

「報酬金の話か?」

「いや、例の方っすね」

「そうじゃなぁ……」

 キューブリックはまた俯いてしまった。

「ほら、きゅーちゃん」

 ツヴァイがキューブリックの額に手を当てる。ツヴァイが優しく言葉を紡ぐ。

「帰ろっか」

「…そうじゃな」

 きゅーちゃんも優しく答えた。



「聞いてよこれ~!すっごいから!」

 黄色いパーカーを着た青い髪の女性、ツヴァイが、ツナ缶を食べている白衣の女に向かって話しかけている。ツヴァイの携帯には、ギター二人、ベース一人、ドラム一人で全員イケメンのバンドが映っている。

「なんじゃ。わらわは忙しいのじゃ」

 黒髪で真っ赤なゴーグルをつけた女、きゅーちゃんが答える。

「語彙力無くなっちゃうけど、すっごい情熱的だから、ほら!」

「…今回だけじゃぞ」

 そう言ってきゅーちゃんはツヴァイから手渡されたイヤホンをつける。半信半疑だった彼女の目が丸くなる。

「……人間もなかなかやるのぅ」

「でっっっっしょ~~!!!」

 講義室から入る日差しはまだ高く、彼女たちの顔とツナ缶を明るく照らしている。ひとしきり曲を聴き終わった後、きゅーちゃんが口を開いた。

「さて、依頼は来ておるかのぅ?」

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