第21話 力を合わせて
驚いて目を白黒させていると、そんな私の気持ちを察したみたいに、香苗ちゃんはスマホを見せてきた。
「アオハルチャレンジの呟きを見てたら、猫を助けようとしてる呟きを見つけて。……近くだったから来てみた。この『トモシビ』って、灯でしょ?」
伏し目がちに言ってくる香苗ちゃんだったけど、彼女の口から『トモシビ』と発せられた瞬間、背筋が冷たくなった。
ト、トモシビが私だってバレてる!
途端に、嫌な記憶が甦ってくる。前のアカウントでツブヤイターをやっていた時、キリエちゃん達に荒らされて、削除した事が……。
だけどそんな私の気持ちに気づいたみたいに、香苗ちゃんは慌てて言う。
「安心して……キリエには言ってないから」
「え? あ、ありがとう……」
それって私を心配して、わざと黙っててくれたってことかな?
それともおかきくんを助けたかったから? 香苗ちゃん、昔猫飼ってたって言ってたし、心配してるのかもしれないけど……うーん、分からない。
「そ、そういえば香苗ちゃん、アオハルチャレンジなんてチェックしてたの? 前につまらないって言ってなかったっけ」
「あ、あれはキリエが言ってるだけで、私は別に……」
ぎこちない会話を繰り返す。
前は気兼ね無しに話せていたのに、今は何をどう話せばいいのかもわからないや。
だけど困っていると、アリサさんが尋ねてくる。
「おーい。その子、あんたの友達?」
「えっ? ええと、友達と言うか、その……」
「ハッキリしないねえ。まあいいや、手伝ってくれるんならお願い」
「はい。それを持つのを手伝えば良いんですよね」
香苗ちゃんは「持ってて」とハンカチとスマホを私に押し付けて、手伝いに入る。
そして安達くんに変わってぐるぐるくんもスタンバイして、溝蓋の取り外し作業が始まった。
そして皆で持ち上げる中、安達くんが声をかけてくる。
「天宮さん、あの子って確か……」
「うん。1年の時、同じクラスだった子。友達……だったんだけど……」
今ではもうたぶん、友達とは言えない。でもそれじゃあ、どうして来てくれたんだろう?
手なんて貸したら、キリエちゃんから何か言われるかもしれないのに……。
「ん? 天宮さん、それ」
「えっ?」
安達くん指差したのは、香苗ちゃんから預かったスマホ。
そこにはツブヤイターの画面が開いていて、アリサさんのした人集めの呟きが表示されていたけど。そこにたくさんの返信が来ているのに気がついた。
そしてその内容は……。
【猫ちゃんを無事助けられるよう、頑張ってください!】
【私は遠いから行けないけど、応援しいます。】
【今までで一番成功してほしいチャレンジ。皆集まってー!】
【駆けつけられないのがもどかしいけど、北海道からパワーを送ります。】
【力を合わせて、チャレンジ達成してください。】
【人は集まったでしょうか? 皆で猫ちゃんを助けてください。】
そこにあったのは、たくさんの激励メッセージの数々。
なにこれ。たった数分の間で、『いいね』や拡散が、とんでもない数になってる!
いったいこの一連の呟きをどれほどの人が見て、どれほどの人が広めたのだろう。
大半の人は距離の関係でここに来ることはできないけど、それでもせめてエールは送りたいって思ってくれたのか。こうしている間にも応援の返信が一つ、また一つと増えていっていた。
凄い。こんなにたくさんの人が、注目してくれているんだ。
そしてその中には、知っているユーザーもいた。
「あ、これ千鶴ちゃんと留美ちゃんだ」
二人とも今は吹奏楽部で活動中のはずだけど、休憩時間ににでもこの騒動に気づいたのか、返信を送ってくれていた。
【ああーっ! 今すぐ駆けつけたい! どうか頑張って!】
【トモシビなら絶対に大丈夫って、信じてるから!】
送られてきたメッセージを見ていると、胸にジーンと熱いものが込み上げてくる。
少しでもおかきくんを見つけられる確率が上がるならと、ペット探しをアオハルチャレンジにしてみたけど。こんな大勢の人の心を動かしたなんて。
そしてここにも、たくさんの人が集まってくれている。私達がやってきたことは、無駄じゃなかったんだ。
するとドシンと音がして。スマホから顔を上げると、二つ目の溝蓋が外れていた。
「よし、これで腕が入る!」
ぐるぐるくんの言葉で、私と安達くんは急いで駆け寄る。
彼も、その隣にいる香苗ちゃんも重たい蓋を素手で持っていたせいで手が汚れていたけど。私はそんな香苗ちゃんの手を、ギュッとにぎった。
「香苗ちゃん、お疲れ。それと……ありがとう。手伝いに来てくれて」
「う、うん。……別にいいよ。やりたくてやっただけだから」
お互い変なくすぐったさを感じながら、スマホとハンカチを返す。
さあ、後はおかきくんを引っ張り出すだけ。空けた穴から手を突っ込めば、おかきくんに届くかな?
私は溝の中に手を突っ込んで、かなり奥まで伸ばすことができたけど……ダメ、まだおかきくんまで届かない。
「ニャ~」
「ニャ~じゃない、こっちに来て! このまま雨が降ったら、溺れちゃうよ」
「ニャ?」
いったん手を抜いて溝の奥を覗き込むと、こっちの焦りなんてまるで分かっていないように、おかきくんが首をかしげている。
もぉ~、こっちはこんなに頑張っているんだから、少しは協力してよー!
皆もおかきの態度に、「どうするよ?」って顔をしているけど。ふと安達くんが、何かを思い付いたように叫んだ。
「そうだ! 舞茸さん、バール貸してください」
「何か閃いたのか?」
「おかきのいる所の真上の地面を、バールで叩くんです。そしたらビックリして、出てくるんじゃないかなーって」
苦笑いを浮かべながら提案したのは、かなり乱暴な方法。だけど、それしかないか。
安達くんはおかきくんがいる溝の真上ら辺に立って、地面をガンガン叩き始めた。
「ニャ? ニャニャ!?」
「我慢しろよおかき。音が嫌だったら、早く出てくるんだ」
「ニャー!」
するとどうだろう。今までで溝の奥に陣取っていたおかきくんが、出口に向かって歩きはじめた。
よし今だ! 私は再び、溝に手を突っ込んだ。
「よし……もうちょい……よーし、捕まえたー!」
「ニャニャニャ!?」
手に柔らかな毛の感触がした途端、それを掴んで引っ張り出した。
そして溝から出した私の手には、おかきくんが抱えられていた。
「よーし、救出成功ー!」
おかきくんを高々と掲げると歓喜の声が上がって、アリサさんと舞茸さんは両手を上げて喜び、ぐるぐるくんは眼鏡の奥で穏やかな笑みを浮かべて、MARIOくんと雪ちゃんはハイタッチをしている。
よく考えてみたら集まった人達はみんな、半分以上が初対面のはず。なのにまるで以前からの知り合いみたいに、喜びを分かち合っている。
何だか不思議。だけどこういうの、いいな……。
「ニャー、ニャー」
「ふふ、おかきは呑気なんだから。だいたい、どうやってこんな狭い所に入ったんだろう?」
「猫は液体って言われるくらい、体が柔らかいからね。おかきにとってはちょっとした探検だったのかも。人騒がせなやつめー!」
私の手の中のおかきくんを、くしゃくしゃと撫でる安達くん。
そんな彼に笑顔を至近距離で見ると、ドキドキしちゃうよ。
すると香苗ちゃんも、おかきくんをじっと見つめる。
「良かった、無事で。この子、前に飼ってた猫に似てるや」
「そうなんだ……。安心して、この子は責任もって、飼い主の元に届けるから」
フミ子さんもきっと心配してるだろうから、早く届けて安心させてあげないと。
制服が泥だらけになっちゃってるから、ビックリさせるかもしれないけどね。
「そういえば君達は、この子の飼い主さんと知り合いなんだっけ。なら、後片付けは僕らがやっておくから、行ってきなよ」
ぐるぐるくんがそう言ってくる。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。
だけどその時、安達くんが叫んだ。
「ちょっと待ったー! みんな、大事なこと忘れてない? これはアオハルチャレンジなんだよ。写真を撮って、チャレンジ成功って投稿しないと」
え、投稿? そういえば、それがアオハルチャレンジのルールだったっけ。
私が作ったルールなのに、すっかり忘れていたけど。どうやらそれは皆同じだったみたいで、全員がキョトンとした顔をしている。
きっと全員、おかきくんを助けるのに夢中で、写真投稿なんて忘れていたんだろうなあ。
「皆何呆けてるのさ。たくさんの人が応援してくれたんだよ。ちゃんと助け出せたって、報告をしなきゃ」
「あ、そうか。そうだよね、みんな応援してくれてたのに、ほったらかしにしたら失礼だもんね」
するとその瞬間、頭にポツリと水滴が落ちてきた。
どうやらいよいよ、雨が降り始めたみたい。
「これは急いだ方が良いね。片付けもあるし、雨もヤバくなりそう。いっそ集合写真みたいに、全員で撮らない? その方が皆で協力しましたって感じがして、映えるし」
アリサさんの提案に、皆一斉に頷く。
MARIOくんや雪ちゃんは、「僕らほとんど何もしてないのに、良いの?」って言ってるけど、良いの良いの。
そもそも2人がおかきくんを見つけてくれたから、助けることができたんだから。
「それじゃあ皆並ぼう。ほら、香苗ちゃんも」
「わ、私も? でも、灯は良いの? だって私……」
「良いったら良いの。一人だけ仲間外れにするなんて、そっちの方が嫌だし」
仲間外れにされる苦しみは身を持って知ってるけど、あんな思いをするのは私だけで十分なんだから。
というわけで、全員で固まって。誰か一人は撮影係にならなきゃいけないから安達くんは抜けたけど、私達に笑顔でスマホを向ける。
「それじゃあいくよー。チャレンジ成功ー!」
掛け声と共に、シャッターが切られる。
撮られた写真は全員のスマホに送られて。それぞれのアカウントから、チャレンジ成功の呟きがされたけど。
そのどれもが、過去最高の大バズリをするのは、ちょっとだけ先のお話。
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