第11話 フミ子さんとおかきくん
次々と写真が撮られる中、猫ちゃんの方は「この人なにやってるんだろう?」って感じで私を見てるけど、そのつぶらな瞳がたまらなく可愛いの。
「ふふふふ~ん。いいモデルさんを見つけちゃった。わ、足にすり寄ってきた。あははっ、くすぐった~い」
「気に入られたみたいだね。それにしても、ずいぶん人懐っこいね。警戒心が全く無い。どこかの飼い猫かな?」
確かにそうかも。
しゃがんで撫でてみたけど、嫌がらないどころか、もっと撫でてと言わんばかりに手に頭をこすり付けてくる。
この子、野生の本能ゼロだ。
無防備な猫ちゃんに安達くんもシャッターを切って、私も追加で撮りまくる。
「ふふふ、可愛い。そうだ、アオハルチャレンジで雨上がりの子猫の写真を投稿したら、『いいね』たくさんつかないかな……あっ」
「ミャッ、ミャッ」
スマホでも撮ろうとしたその時、猫ちゃんは急に離れて、公園の入口に向かって走り出した。
いったいどうしちゃったんだろう?
目で追ってみると猫ちゃんの向かった先に、1人のお婆さんがいた。
「あら、こんな所で遊んでいたの?」
「みゃ~」
私になついた時みたいに、お婆さんにすり寄っていく猫ちゃん。
ひょっとして、あのお婆さんって……。
「あの、すみません。ひょっとしてその猫ちゃんの飼い主さんですか?」
「ええ、そうだけど。あなた達、多々良中学校の生徒さん?」
やっぱり。
安達くんと顔を見合わせた後、お婆さんの元へ駆け寄る。
「多々良中学校2年の、天宮灯です。あの、実は私達写真部で、その猫ちゃんの写真を撮っちゃったんですけど、良かったでしょうか?」
つい撮ってしまったけど、よく考えたら飼い猫なら、勝手に撮影しちゃまずかったかも。
だけどお婆さんは、ニッコリと微笑む。
「あら、うちのおかきを? 大丈夫よ。遠慮せずに撮っちゃってちょうだい」
「本当ですか? ありがとうございます。あの、『おかき』ってその子の名前ですか?」
「ええ。そんな色してるでしょ」
「にゃ~ん」
言われてみれば、確かにお菓子のおかきみたいな色してるや。お菓子のおかきと違って、この子はふわふわしてるだけど。
そう思ったその時、不意に頭に水滴が落ちてきた。
「あ、雨」
空を見上げると、ポツポツと雨が降り出していた。
ええー、雲は遠くに流れていってるのにー。
だけど雨は瞬く間に勢いを増し、ザーザー降ってきた。
「お天気雨だね。しかもかなり強いや」
「大変、早く学校に戻らないと。カメラが濡れちゃう」
もしも部の備品を水没させたら弁償しなきゃいけないし、今日撮った写真も台無しになっちゃう。
もう、さっきまで晴れてたのに、雨に逆戻りなんてズルいよー!
すると、お婆さんが口を開く。
「あらあら大変。私の家、この近くなんだけど、良かったらよっていかない? 傘を貸してあげるわ」
「本当ですか? 助かります」
すぐに返事をする安達くん。私もこのまま濡れて帰るなんてしたくないから、大賛成。
これ以上雨が強くならないうちに、案内されてお婆さんの家へと向かった。
お婆さんの家は公園からそう離れていない場所にある、木造建ての平屋。年期が入ったお家だった。
お邪魔させてもらった私達は居間に通されて、濡れた体を拭くべくタオルを貸してもらった。
「すみません、お世話になって」
「良いのよ。久しぶりに若いお客さんが来てくれて嬉しいわ。今お茶を淹れるから」
「あ、お構い無く」
濡れた髪を拭きながら、ペコリと頭を下げる。
ここまで来る途中に話したんだけど、お婆さんの名前は渡辺フミ子さん。今はこの家で、一人で暮らしているんだって。
「にゃ~」
あ、ごめんごめん。おかきもいたんだったね。おかきと二人暮らしだよね。
この家は外の音が入ってきやすい作りみたいで、来た時よりも強くなってる雨の音が、パラパラと響いてくる。
するとそれを聞きながら、安達くんが言う。
「フミ子さんのおかげで助かったね。あのまま帰ってたら、きっと途中でびしょ濡れになっちゃってたよ」
「本当だね。おかきくんも、濡れずにすんで良かったね」
そんなおかきくんは座布団の上で丸まって、眠いのか目をトロンとさせている。
ふふ、可愛い可愛い。
するとそこへ、フミ子さんがおぼんにお茶をとお菓子を乗せてやってきた。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
「よーく暖まってね。そういえば、カメラは大丈夫だったの?」
「はい、バッチリです」
さっき確認したけど動作に問題はなくて、撮った写真もちゃんと見ることができた。
「良かったわ。それにしても、最近は写真部なんてあるのね。今は遠くに行ってる娘も、多々良中学校の生徒だったんだけど、あの頃はたぶんなかったわ」
「写真部ができたのって、一昨年なんですよ。まだ歴史の浅い部です。部員も、俺達だけですし」
安達くんが説明したけど……へー、写真部って一昨年できたばかりなんだ。
私も部員なのに、知らなかったなー。
「そうだったの。けど、彼女さんと二人で部活って良いわね」
「んぐっ!? ゲホッゲホッ!」
フミ子さんの発言に、お茶を飲んでいた私はむせ返った。
だって。か、かかかか、彼女って。
「ち、違います。彼女何かじゃありません。全然、全く、これっぽっちも違いまーす!
「……天宮さん、何もそんなに強く否定しなくても」
しょんぼりする安達を見て、しまったと後悔する。
違う違う。恥ずかしくてつい言っちゃったけど、私だって嫌なわけじゃないからー!
「ご、ごめん。だけど嫌なわけじゃなくて。安達くんは格好いいし可愛いし頼りになるしで、私なんかとじゃ釣り合わないと言うか。誤解されたら、むしろ安達くんに迷惑が掛かっちゃうと言うか。とにかく、嫌だなんて思ってないよ。むしろ光栄だから!」
「天宮さん……分かった。分かったからもう止めて」
今度は照れたように顔を背ける。
あわわ、私ってば何を口走っているんだろう。こんなのほとんど告白じゃん!
一方フミ子さんはそんな私達を見ながら、おかしそうに笑みを浮かべている。
「ごめんなさい、勘違いしちゃって。でもあなた達、仲いいのね。羨ましいわ」
「あ、ありがとうございます……」
「さあさあ、お菓子もどんどん食べちゃって」
「は、はい。いただきます……」
頭から湯気が出ちゃうくらい恥ずかしくなって、気持ちを紛らわそうと、ちゃぶ台に置かれたお菓子に手を伸ばす。
大き目のお皿の上に、一つずつ包装さたお煎餅や羊羮、それにおかきがたくさん乗っている。
すると同じく手を伸ばした安達くんが言う。
「そういえばその子の名前って、このお菓子から取ったんですよね」
安達くんが取ったのは、猫ちゃんと同じ名前のおかき。丸くなってお昼寝している猫のおかきくんと見比べると、色がそっくりだ。
「そうなのよ。この子元々は野良猫で、どういうわけか生まれてすぐくらいに、うちの庭に迷い込んできたの。けど、なんだかすごく弱ってて。病院に連れていったり面倒見たりしているうちに、ここが自分の家だって思っちゃったみたい」
「そうだったんですか。けど、急に猫がやってきて、大変じゃなかったですか?」
「ええ。私もそれまで動物なんて飼ったことなかったからねえ。だけど近所の犬や猫を飼ってる人達に色々教えて。今ではなんだか孫みたいに思えているわ。時々家を抜け出してどこかに行っちゃう、ヤンチャな孫だけどね」
ひょっとしてさっき公園にいたのも、脱走したのかもなあ。
けどおかきくんの事を語るフミ子さん、楽しそう。きっととても大事に可愛がっているんだろうなあ。
「そうそう。さっき言ってた名前も、近所の友達からアイディアを貰ったの。1人で考えてもいい名前なんて浮かばなくて、何か無いかって相談したら、たくさんの人が色んな名前を考えてくれたのよ」
「へー、それで最終的に決まったのが、おかきだったというわけですか」
「ええ。きっと一人だと決まらなかったわ。やっぱり、色んな人からアイディアを貰うって大事ね。自分ではなかった発想が出てくるもの」
「そうでね。三人よれば文殊の知恵って言いますけど、アイディアを募ったら……ん?」
喋るのを止めて黙りこむ。
話の途中だったけど、今のを聞いてふと考えが浮かんだの。
「どうしたの、天宮さん?」
安達くんが不思議そうに聞いてくるけど、私は考えをまとめるので頭がいっぱい。
そうだよ。この方法なら……。
「これだぁぁぁぁっ!」
「うわ、ビックリした。どうしたの急に?」
急に声を上げた私を、安達くんもフミ子さんも驚いたように見る。
いけない、つい興奮しすぎちゃった。
だけどしょうがないよね。ヒジョーにナイスなアイディアが浮かんだんだから。
「ごめんね、驚かせちゃって。何でもないから安心して」
「そう? ならいいけど……。そうだ、そういえばおかきの写真ですけど、現像できたら持ってきましょうか?」
「あら、いいの? それじゃあお願いしようかしら。どんな風に撮れてるか楽しみだわ」
フミ子さん嬉しそう。
そして私も、フミ子さんのおかげで、スランプだったあの事……アオハルチャレンジの打開策を思い付いたんだよ。
フミ子さん、ありがとうございます!
これでアオハルチャレンジが、大きく進化するかもしれません!
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