第10話 雨上がりの町

 放課後。最近は雨ばっかりで、写真部に行っても部室に引きこもってばっかりだったけど、今日は違う。

 連日降り続いてた雨は昼前には上がっていて、私は安達くんと二人、学校を飛び出して町に繰り出していた。


「よーし、良い感じに晴れてる。エモい写真を撮りまくろう!」


 意気込んでる安達くんを見てると、こっちまで楽しくなってくるよ。

 彼がこんなに張り切ってるのには、理由があるの。それは新しいアオハルチャレンジのお題が投稿されたから。

 そしてその内容というのが。


【雨上がりの町の、エモい写真を撮ろう】


 このお題が投稿されたのが、今日のお昼。投稿されたと言うか、私が投稿したんだけどね。


 新しいお題がなかなか決まらずに悩んでたんだけど。3時間目の授業中、窓の外に目をやって雨が上がっているのを見て、閃いたの。


 今朝は外でやるチャレンジは難しいかもって思ったけど、むしろ今だからこそできるチャレンジもあるんじゃないか。

 梅雨と言っても、休み無しに雨が降ってる訳じゃないし、雨上がりの町の写真を撮ったら素敵かもって。


 SNSでは、既にいくつかの写真が投稿されてきてるけど、私達だって負けてられない。写真部の腕の見せ所だね。


 というわけで、やってきたのは学校の近くにある川。

 とりあえず、増水した川を、スマホのカメラに納めてみたけど。


「うん、これはエモくないね」


 画面に写ったそれを安達くんと見ながら、苦笑いを浮かべる。

 いつもは透明な川だけど、今は黒く濁っていて。雨上がりっぽくはあるものの、これならいつもの川の方が素敵だよね。


「まあいいじゃん。ドンドン撮っていけば、そのうち良いものも撮れるって。それはそうと、天宮さん。デジカメの使い方は覚えた?」

「当たり前じゃない。入部してもう2ヶ月なんだよ」


 胸を張る私のスカートのポケットの中には、写真部の備品であるデジカメが入っている。

 まあ、確認したくなる気持ちも分かるんだけどね。

 写真部に入ったは良いものの、通常のカメラじゃなくスマホのカメラを使って写真を撮る方が、圧倒的に多かったもの。


 だけど今日私達は、スマホの他にそれぞれカメラを持って来ている。

 何故かって? 写真部はちゃんと活動してますよって言う、アピールのためだよ。


「アオハルチャレンジ用の写真だけじゃなくて、たまには普通の写真も撮らないと、さすがに怒られるからねえ」

「写真部は遊びじゃなくて、一応部活だもんね」


 顔を見合わせて、再び苦笑い。

 写真部は部室でおやつを食べても、放課後ずっとお喋りしていても注意されない、ゆる~い部活。そもそも部員が2人しかいないのにどうして存続してるのか、謎な部分もある。

 そんな自由すぎる部なためか、スマホで写真を撮るだけでも何か言われる事はなかったけど。それでもさすがに少しはちゃんと活動してますって証明できる写真を提出できるよう、たまにカメラを持って写真を撮りまくっているの。

 まあ本来それが、正しい写真部の形なんだろうけどね。


「良いお題が出てくれて助かったよ。雨上がりの町ってテーマなら、学校に提出する写真としても使えそうだし。アオハルチャレンジと一緒にジャンジャン撮っちゃおう」

「だね。千鶴ちゃんや留美ちゃんも、一緒に来られたら良かったんだけど……」


 生憎二人とも吹奏楽部で、きっと今ごろ学校で演奏している。

 一応声はかけたんだけど、私達の分まで撮ってきてって言われちゃった。

 待っててね。二人の分までバッチリ撮るから!


 というわけで、水滴が滴る草をアップで撮ったり、遠くに灰色の雲が見える空にレンズを剥けたり。スマホとカメラを時々交換しながら、写真を撮りまくった。


 安達くんが言うには、光を調整するとか背景をボカすとか色々テクニックがあるみたいなんだけど、残念ながら私はそんな細かな技術なんて無い。

 だって難しい事を考えるのは苦手なんだもん。でも、とにかく撮って楽しまなきゃ。


「ふうっ、結構撮れたかな。安達くんは?」

「うん。こっちもたぶん、上手く撮れてると思う」


 そう答える安達くんが持っているのは、デジカメじゃなくてフィルム式のカメラ。だから撮った写真を、その場で見ることができないの。


「そういえば。安達くんはどうして、デジカメを使わないの? デジカメなら、すぐに写真が見れるのに」


 フィルム式のカメラだと現像するまで時間が掛かるから、ちゃんと撮れているか確認することができない。

 すぐに見れて、上手く写ってなかったら撮り直せるデジカメの方が便利なのに。


「やっぱり、おじいちゃんから貰ったカメラだから?」

「それもあるけどさ。撮ってすぐに見るより、間が空いた方がワクワクしない? どんな風に撮れているか、ちゃんと写っているかなーって想像するのって、結構楽しいよ」

「そんなもんかなあ。でももしそれで、上手く撮れていなかったら?」

「それを含めて楽しいんだってば。確かにちゃんと撮れてなかったら残念だけどさ、撮れてたら嬉しいじゃん。撮影する時だって撮り直しはできないからこそ、しっかり撮ろうって思えるし」


 持論を語りながら、はにかんだように笑う。

 すごいなあ。私はそんな風に、考えた事もなかった。


「デジカメの方が便利で効率が良いかもしれないけど、面倒だって楽しんだもの勝ちだよ」


 そう言った安達の笑顔はとても眩しくて。ドキッと心臓が跳ね上がる。

 ふ、不意打ちの笑顔は、破壊力抜群すぎるよ。可愛いのにこんなにドキドキさせるなんて、反則だってばー!


「アオハルチャレンジだってそうじゃん。前に言われたことあるけど、無理にやる必要はないし、悪く言えば無駄なのかも知れないけど。やれば楽しいでしょ。きっとこういうのって、効率化だけを求めてたら、できない楽しみ方だって思うんだ」


 なるほど、それはちょっと分かるかも。

 前にキリエちゃんがアオハルチャレンジのことを、賞品があるわけでもないのによくやるってバカにしてたけど。きっと賞品があったら目的が変わっちゃう。

 賞品目当てにやるんじゃなくて、チャレンジ自体を楽しむ事に意味があるんだと思うし、だからこんなに流行ったんだよ。

 もちろん、そこまで考えて作ったわけじゃなかったんだけどね。


「そうだ、アオハルチャレンジと言えば。スマホでも結構撮ったし、もう投稿しておく?」

「そうだね。私はこの、雲の写真にしようかな」


 スマホを操作しながら、さっき撮った空が写った写真を選ぶ。

 本当は虹でも掛かってくれてたら良かったんだけど、そう都合よく出てはくれなかった。

 だけどトモシビのアカウントで写真を投稿した後、他の人の投稿も見てみたら、綺麗な虹の掛かった写真がいくつもあった。

 やっぱり雨上がりのエモい写真って言ったら、虹だよね。


 そしてよく見ると、今回のアオハルチャレンジについて、ツブヤイター上では様々な意見が上がっていた。


【雨上がりの写真って。うちの町、ずっと雨降ってるよ】

【今回のお題、地域格差あるよね。雨が上がってくれないとチャレンジできないー】


 うわっ。チャレンジしたくても、雨が上がってくれないからできないって声が、たくさん来てる。

 しまったー。そこまで考えていなかったー。こ、今度は天気に関わらずできるチャレンジを考えないと。

 けど、現在絶賛ネタ切れ中だしなあ。てるてる坊主をたくさん作るじゃダメかな?


「天宮さん。おーい、天宮さーん」

「はっ! な、なに?」


 いけない。考えてたら安達くんが呼んでることに、気づかなかった。


「この辺は結構撮ったし、場所を変えてみない? 町の方に行ったら、もっと良い写真が撮れるかもよ」

「そうだね。行ってみよう」


 次のチャレンジをどうするかも考えなきゃいけないけど、部活もちゃんとやらなくちゃね。


 そんなわけで川から離れて、次に向かったのは住宅街の中にある公園。その道中も雨で濡れたアスファルトや信号機を、次々カメラに収めていく。

 これらはただ濡れてるだけで、普段なら気にも止めないのに、改めて写真にしてみると、不思議と魅力的に見えちゃうんだよね。


 公園についてからも、地面にできた水溜まりや水滴がついた遊具を、パシャパシャ撮りまくる。

 滑り台やブランコ、ジャングルジムなど、普段は小さい子が遊んでいるけど、雨が止んだばかりだからか人影はなくて、おかげで撮影しやすかった。


「こんなもんかな。安達くんは?」

「俺も。これだけあれば、十分活動報告に使えるかな。良いのが撮れてたら、秋の文化祭にも使おう」


 そういえば写真部って、文化祭では撮った写真の掲示でもするのかな?

 去年は写真部の存在自体知らなかったから、分からないや。

 けどそれなら、もっと素敵な写真を用意しておきたいけど、何かあるかなあ?


「どこかに良い被写体は無いかな……おや?」


 ふと目が止まったのは、滑り台の足元。そこにはモコモコした生き物がいた。


「にゃ~ん」

「あ、猫!」


 そこにいたのはふんわりとした、焦げ茶色の小さな猫。

 柔らかな4本の足で水溜まりを避けながら、トテトテとこっちに歩いてくる。


「な~ご」

「か、可愛いー! そうだ、写真写真」


 デジカメを構えて、何度もシャッターを切りまくった。



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