第9話 枯渇したネタ

 アオハル仕掛人として活動を始めてから、もうすぐ2ヶ月になるかな。

 その間いくつもお題を出して、その度にたくさんの投稿が寄せられて。アオハルチャレンジは今や中高生の間で、ちょっとしたブームになっていた。


 もちろん、うちの学校でもやって人は結構いる。と言うか私や安達くんが、こんなのあるんだよーって言って、皆に宣伝したからなんだけどね。


 2年生になってから同じクラスになった千鶴ちゃんや留美ちゃんとも、このアオハルチャレンジがきっかけで仲良くなったの。

 教室で安達くんとアオハルチャレンジのことを話してたら、声を掛けて来てくれたんだよね。


「ねえ、話してるの聞こえたんだけど。アオハルチャレンジってなんのこと?」

「ああ、これだよ。SNSで流行ってる、アオハルっぽいことをやるっていうチャレンジなんだけどね……」

「へー、こんなのあるんだ。私達もやってみようかなー」


 てな感じで。アオハル仕掛人のフォロワーや、アオハルチャレンジの投稿者は日に日に増えていってる。

 この前あった中間テストの時には【友達皆でテスト勉強する】ってお題を出して。安達くんに千鶴ちゃん、留美ちゃん達と集まって、仲良く勉強もしたんだよ。

 普段ならテストなんて憂鬱だけど、アオハルチャレンジにしてしまうと何故か楽しく勉強できるから不思議。

 この時は、アオハルチャレンジのおかげで楽しく勉強できましたって返信がたくさん来て大満足だった。


 だけどチャレンジしてくれてる人達も、まさかアオハル仕掛人の正体がこんな普通の中学生だなんて、思ってないんだろうなあ。

 けど正体を隠して秘密の活動をしてるって、ちょっと格好いいかも。


 ただ最近、このアオハルチャレンジに関して、ちょっと問題があるんだよね。それは……。


「うう~、アオハルチャレンジのネタが無い~」


 6月の雨降りの朝。登校してきた私は下駄箱で靴から上履きに履き替えたところで、スマホを手に佇んでいた。

 ついさっきアオハル仕掛人に届いたフォロワーさんからのメッセージには、【次のアオハルチャレンジはまだですか?】と書かれていた。

 そうなの。実は最近、アオハルチャレンジの更新頻度が減ってるんだよね。

 どうして更新しないのか、答は簡単。困ったことに今の私は、ネタが枯渇中なの!


 だってしょうがないじゃん。所詮一介の中学生に考えられるアオハルっぽいネタの数なんて、限られているんだもん。

 ううっ、本物のアオハル仕掛人になるって決めたのに、ここに来て限界が見えてきたよ。

 それでも何か無いか、とぼとぼと廊下を歩きながら、必死に考える。


「うーん、グラウンドに大きな絵を描くとか……って、この雨じゃ無理かあ」


 足を止めて窓から外を見ると、雨がしとしと降っている。

 今は梅雨だから、外でやる系のチャレンジは難しいかも。


「どうしよう。最初にやった【友達と一緒におやつを食べる】を、【チョコレートを食べる】に変えるとか……ダメだ、手抜きになっちゃう。ここは潔く、更新頻度を減らしますってアナウンスするとか……きゃっ!?」


 悩んでいたら、不意にドンッて誰かがぶつかってきた。


「あ、ごめ~ん。つーかそんな所につっ立ってたらジャマでしょ」

「──っ! キリエちゃん……」


 冷ややかな目を向けてきたのは、私の天敵であるキリエちゃんだった。

 けど廊下のはしっこにいたのに、ぶつかるかなあ。

 クラスが離れて、前みたいに毎日嫌がらせされることはなくなったけど。それでも時々廊下やトイレで会った時なんかは、今みたいに露骨にぶつかってきたり嫌味を言ってきたりするんだよね。

 もう、いつまでこんな事するつもりなの? しつこいんだってば!


「何よ、何か文句あるの?」


 私の態度が気に入らなかったのか、眉間にシワを寄せながらニラんでくる。

 正直文句なら山ほどあるけど、今ここでそれをぶちまけても、きっとどうにもならない。

 だけど悔しい気持ちを抑えながら黙っていると……。


「キリエ、おはよう」

「ん、香苗?」


 やって来たのは、かつての親友香苗ちゃん。彼女は私をスルーしながら、キリエちゃんの隣に立つ。


「ねえねえ、昨日キリエが言ってた動画見たよ。スッゴク面白かった」

「そう? ……あのさ香苗、あたし今取り込み中で」

「あれ? ひょっとして、また灯と何かあったの? そんなの放っておこうよ」

「……そうね。朝から相手にすることもないか。アンタ、ウザいからもうつっかかって来ないでよね」


 キリエちゃんは捨て台詞を吐いて、香苗ちゃんと一緒に歩いて行ったけど……つっかかってきたのはそっちじゃん!

 でもムカついたけど、これ以上もめても良いことなんて無いし。悔しいけど、何も言わずに離れていく背中を見送る。

 すると途中、香苗ちゃんがチラリとこっちを振り向いて、目が合った。


(香苗ちゃんも、もう私のこと嫌いになのかな?)


 合った目はすぐに反らされて、何事もなかったみたいに歩いていく。香苗ちゃんが何を考えているか、まるで分からないよ。


 1年の頃、グループの皆からハブられた時、私はキリエちゃんよりも、香苗ちゃんに無視された事の方が辛かった。

 香苗ちゃんとはよく好きな漫画や音楽の話をしてて、一番の友達だって思っていたのに。キリエちゃんの一声で、話しかけても答えてくれなくなったんだもの。

 今はクラスが離れて、顔を合わせる回数も減っちゃったけど、ずっとこのままなのかな?


 そんなことを考えて、沈んだ気持ちになっていると。


「ちょっと灯、大丈夫?」

「久住さんに、何かされなかった?」


 不意に声を掛けられて、振り返るとそこには、千鶴ちゃんと留美ちゃんがいた。


「二人ともおはよう。今の見てたの?」

「うん。また久住さんに、絡まれてたんでしょ。懲りずによくやるよね」

「どうする? 先生に言う?」

「平気平気。ちょっとぶつかっただけだから」


 心配掛けたくなくて、わざと笑顔を作ってみせる。

 2年生になってから仲良くなった2人には、1年生の頃何があったのか、詳しくは話していない。だけどキリエちゃんが度々意地悪してくるのを見て、何かあったのは分かってるみたい。


 キリエちゃんにも困ったものだよ。最近では、私がアオハルチャレンジを皆に進めてたら、それをダサいだの子供っぽいだの言ってバカにしてくるし。

 アオハルチャレンジ自体が嫌いなんじゃなくて、私がハマッてるから難癖つけたいだけなんだと思うけど、何にせよ迷惑な話だよ。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いのかー!


「何かあったら、遠慮なく相談してね」

「私達は灯ちゃんの味方だから」

「二人とも、ありがとう!」


 ヤバい。優しい言葉が身に染みて、泣きそうなくらい嬉しい。

 前のクラスでは仲間外れにされても、誰も助けてくれなかったから、余計に。


 キリエちゃんはクラスの女王様みたいな存在で、逆らっちゃいけない雰囲気があったから。

 たぶん私が嫌がらせを受けてるって気づいてる人はいたんだろうけど、見て見ぬふりをしなきゃいけないって空気が、できてたんだと思う。


 冷たいけど、私だってもし立場がちがっていたら、そんな空気に流されていたかもしれないから、偉そうなことは言えないんだよね。

 もしかしたら香苗ちゃんも、そんなクラスの空気に逆らえなかったのかもしれないなあ。


 あー、もう、止め止めー!

 テンション下がるようなことをいつまでも考えてちゃダメだってば! もっと楽しいことを考えないと。


「ねえねえ、二人は昨夜やってたテレビ見た?」

「ごめん。塾行ってたから、見てないや」

「あたしも動画見たり、ツブヤイター見たりしてた。そうだ、ツブヤイターと言えば」


 千鶴ちゃんが、思い出したように言ってくる。


「アオハルチャレンジだけどさ。最近あんまり更新されてないよね。昨日も、そろそろ新しいお題出るかなーって思ったんだけど、音沙汰なかったし」

「そ、そうだねー。どうしちゃったのかなー?」


 アオハルチャレンジと聞いて、ドキッと心臓が跳ね上がる。

 そして胸の奥をチクチクつつかれたような気がして、そっと目を反らした。

 そうだった。ネタ枯渇って言う、深刻な問題があったんだ。

 今までアオハル仕掛人のアカウントで、週に2回くらいのペースで新しいお題を出しているけど、もう1週間も更新してないんだよね。フォロワーのみんなも、遅いなーって思ってておかしくない。

 ど、どうしよう。とりあえず、何でもいいからお題を投稿した方がいいのかな?


「ちょっと灯、大丈夫? 顔色悪いけど」

「な、何でもないよ。それより、教室に行こう」


 誤魔化して廊下を歩きはじめたけど、頭の中はアオハルチャレンジのことでいっぱい。は、早く何とかしないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る