第5話 恋に落ちるまで

 私を連れてきた彼は逃がすもんかと言わんばかりにドアに鍵をかけると、たたんであったパイプ椅子を広げて私を座らせた。


「何なの、こんな所に連れてきて!」

「そんな事言われても。さっきも言ったけどさ。泣いてる子を、放ってはおけないでしょ」

「何その理由! そんなんで動くなんて、まるで正義感の強い小学生男子じゃん!」

「なら小学生で結構。見て見ぬふりするより、百万倍マシだよ」


 百万倍って、ますます小学生みたいなこと言ってるよ。

 まあ彼は幼い印象があるから、似合ってるっちゃ似合ってるんだけどさ。私はそんなの頼んでないもん。


 放っておいてほしかったのに、デリカシーの無い行動に腹が立ったけど。彼はさらに踏み込んでほしくない所に、ズケズケと足を踏み入れてくる。


「いったい何があったの? 俺でよければ話してみない?」


 彼は心配そうに聞いてきたけど、本当に無神経。

 友達から仲間外れにされたあげく靴まで隠されたなんて、普通なら恥ずかしくて言えないよ。

 けどこの時私は、知られたくない気持ちより、イライラの方が上回っていた。


 よーし、そこまで言うなら話してやろうじゃないの!

 勝手な理由で無視されるようになって、嫌がらせまでされて、変な男子に振り回される。そんなたまっていたイライラを、一気に爆発させた。


「みんな……みんなキリエちゃんが悪いんだー!」


 嫌がらせをしてくる、かつての友達の名前を叫んだ。


(そうだよ、私何にも悪くないじゃん。キリエちゃんの好きな人を取ったわけでも無いし、仲良くしたのだって悪いことじゃないでしょ!)


 なのに人を悪者扱いして。思い出したらだんだん腹が立ってきた。

 丁度ここには聞き役もいるんだ。目の前のお節介な彼に向かって、たまっていたものをはき出していく。


「──と言うわけで! なぜか私が悪者にされたの! 皆も皆だよ。友達を裏切って酷いとか、キリエちゃんが可哀想とか。私が何をしたっていうのさー!」


 グループの子達にハブられて、意地悪されてること。その原因が、リーダーのキリエちゃんの好きな人と仲良くしたせいだって事を、暴露していく。

 話を聞かされてる彼は驚いてるみたいだったけど、聞いてきたのはそっちなんだからね。一度話させたからには、最後まで聞いてもらうんだから!


「ふん、女の友情なんて、所詮シャボン玉みたいに壊れやすいって事だよね。簡単に壊れて、ぼっちにされちゃって。私の青春は真っ暗だー!」


 怒った次はおいおい泣いて、後で思えば涙ながらに一方的にグチばかり言う私は、相当ウザかっただろうねえ。

 そして初めて話した相手のグチを延々聞く羽目になった彼はたまったもんじゃないだろうけど。話している間、彼は何も言わず黙って聞いてくれていて。そして全て話し終わった後、静かに口を開いた。


「なるほどね。よくわかったよ。ごめんね、嫌なこと話させて」

「ホントだよ! ……けど、もういいや。話したら、少しスッキリしたし」


 涙を手で拭いながら答える。

 実際、はき出したおかげで少し楽になった気がする。

 すると、彼はそっと何かを差し出した。


「はい、これあげる」

「これって……飴?」

「うん。甘い物食べたら、もう少しすっきりすると思ったんだけど、いらない?」

「……いる」


 もらった飴玉を、口に放り込む。

 ゆっくり溶かすなんて上品な食べ方はしない。バリバリと噛み砕く。


 甘くて美味しい。

 思えばこの飴玉を貰ったのが、最近の学校で一番良い事かもしれない。

 キリエちゃんから目をつけられるようになってからは教室に居場所なんてなくて、休み時間も昼休みも辛いだけだったから。


 そしたら、さっき流し終わったはずの涙が、また頬を伝った。


「え、ええと……だ、大丈夫?」

「大丈夫……」


 彼は慌てているけど、悲しくて泣いたわけじゃなくて、むしろその逆。

 そうだ。私、嬉しかったんだ。

 今まで誰にも言えずに溜め込んできた気持ちを聞いてくれて、優しい言葉をかけてもらったことが。


 だけどそうとは知らない彼は、心配そうに私を見つめてくる。

 あ、あんまり見ないでほしいな。見られると、胸の奥がザワザワしちゃうのに……。


「君さ。教室にいるのが嫌ならさ、ここに来る?」

「えっ? でもここ、部室なんでしょ? え~と、何部だっけ」

「写真部。と言っても1年生の先輩はいなくて、3年生はもう引退しちゃったから、部員は俺だけなんだけどね」


 部員が一人って、大丈夫なの? ひょっとして、写真部存続の危機なんじゃ。

 そもそもうちの学校に写真部があるって、今まで知らなかったしなあ。だけど彼はそんな写真部の今後よりも、私の心配をしている。


「まあそんなわけだから、俺意外に使う人いないし。教室にいるのが嫌だったら、遠慮なく来ていいから」

「……気が向いたら」

「待ってるよ。そうだ、飴もう一個いる?」


 飴さえあげておけば警戒心が解けると思っているのか、また差し出してくる。

 もう、私は餌付けされる猫じゃないっての。まあせっかくだから、遠慮なく頂戴したけど。


 彼は何というか……光属性だなあ。

 変な正義感から人の問題に首を突っ込んできて、笑って元気をくれる。

 お節介だけど、今はちょっと悪くないって思える自分がいる。


「そう言えば、まだ名前言ってなかったね。俺、3組の安達風真」

「2組の……天宮灯」

「へえ、可愛い名前だね。ねえ、灯ちゃんって呼んでも……」

「ダメ」


 いきなり名前呼びとか、距離感おかしいでしょ!

 けどこの時私は既に彼……安達くんに、心を許し始めていた。

 次の日の昼休みにはもう、ノコノコ写真部部室へ顔を出して、数日たった頃には、すっかり入りびたっていったの。


「天宮さん、最近よく写真部に来るよね」

「わ、悪い? 安達くんが来いって言ったんじゃない」

「ううん、全然。俺、天宮さんと話すの好きだから」


 可愛い顔でニコッと微笑まれたら、胸がギュ~ってわし掴みされたみたいになる。

 す、すすす、好きとかそういうこと、簡単に言わないでよー! 勘違いしちゃうじゃーん!


 ああ、青春とは不思議なもの。

 急にどん底に叩き落とされたかと思ったら、ふとした切っ掛けで毎日が鮮やかに色づく事もあんだねえ。


 空気を読まずに絡んできて、好き放題心を引っ掻き回してきた安達くん。そんな強引だけど優しい彼の事を好きになるのに、そう時間は掛からなかった。

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