第3話 意地悪な同級生

 一夜明けた次の日。

 登校してきた私は、自分の教室に向かって歩いていく。


 はぁ~、昨日はついカッとなって部室を飛び出して来ちゃったけど、安達くん怒ってないかな~。けど一人壁ドンは面白かったかも。安達くんには悪いけど、笑わせてもらったよ。

 それに昨日のは、安達くんも悪いよね。だって他の子に壁ドンしようとしたり、間接キスしたのに平気な顔してるんだもの。

 もうっ、乙女心が全然分かってないんだから~!

 なんて一人で百面相をしながら、廊下を歩いていると。


「灯、おはよー」

「あ、千鶴ちゃん、留美ちゃん」


 声をかけてきたのは、今年から同じクラスになった女の子。サラサラした長い髪をポニーテールにまとめているのが冬樹千鶴ちゃんで、ウェーブのかかったふわふわ髪を肩まで伸ばしているのが春野留美ちゃんだ。

 私も「おはよう」って挨拶を返すと、千鶴ちゃんがニヤニヤ笑いながら言ってくる。


「ねえねえ、安達くんのアオハルチャレンジ見たけどさ、何あれ? 一人で壁ドンしてたけど」

「あ、ああ……あれね」


 まあ、気になるよね。ツッコミ所満載だもん。

 二人とも私や安達くんと同じで、アオハルチャレンジをやっているんだけど、説明するのは恥ずかしいなあ。

 すると、留美ちゃんも続けて言う。


「灯ちゃん、同じ部活でしょ。相手してあげたら良かったのに~」

「あ、あはは……まあ、色々あったんだよ」


 苦笑いしながら適当に誤魔化したけど、私だって安達くんに、壁ドンされたかったよ~!


「私達のことはいいじゃない。それより、二人はちゃんとチャレンジ成功させてたよね」

「ふふーん、もうバッチリよ。ねえ留美」


 胸を張りながら、留美ちゃんを見る千鶴ちゃん。

 千鶴ちゃんは昨日しっかり、壁ドン写真を投稿しているの。そしてその相手というのが、実は留美ちゃん。

 二人は同じ吹奏楽部なんだけど、部活の後にでも撮ったのかな。音楽室の壁を背にした留美ちゃんと、それに壁ドンする千鶴ちゃんの写真を見た時は、ドキッとしちゃった。

 だって千鶴ちゃん、まるで本当に留美ちゃんに迫っているみたいに、真剣な顔で壁ドンしてたんだもの。

 漫画だと壁ドンは男子が女子にやってるイメージが強いけど、女の子同士でも案外ドキドキするんだよね。


「灯はまだチャレンジしてないよね。今回は不参加なの?」

「後で安達くんに頼んでみたら?」

「う、う~ん。考えておく」


 二人は私が安達くんの事が好きって知らないから簡単に言ってるけど、一度台無しになった手前頼みづらいんだよね。

 まあお題が出たからと言って、無理にやることもないんだけどね。

 アオハルチャレンジは、楽しむための遊び。宿題じゃないんだから

 そんな話をしながら、笑っていたんだけど……。


「はっ。ダッサ。よくこんな下らない事で盛り上がれるわねー」


 不意に飛んできた、鋭い声。

 驚いて声のした方を見ると……。


「キリエちゃん……」


 そこにいたのは、ウェーブの掛かった茶髪の女の子。隣のクラスの、久住キリエちゃんだった。

 とたんに、ギュッと胸が苦しくなる。キリエちゃんとは去年同じクラスだったんだけど、嫌な思い出があるんだよね。

 一年生の頃教室では、彼女はクラスの女王様って感じだったけど、どうやら今でもそれは健在みたいで。後ろには数人の女子を引き連れていて、その中の一人がキリエちゃんにスマホを見せている。


「ほら、見てよこれ。アオハルチャレンジだって。ふざけた写真投稿するだけのくだらない遊びなんて、やるやつの気が知れないわー」

「そうだよねー。何が面白いのか分からないよねー」

「でしょう。中学生にもなってこんなのやってるなんて、痛すぎでしょ」


 キリエちゃんは話ながら、チラチラこっちを見て笑っている。

 それは明らかに私達……ううん、私をバカにしていて、嫌な気持ちが込み上げてくる。


 ううっ、嫌だなあ、こういうの。

 巻き込まれた千鶴ちゃんや留美ちゃんだって、当然いい顔してない……って、千鶴ちゃん!


「ちょっと、言いたいことがあるなら、ハッキリ言ったら?」

「ああゴメ~ン。聞こえてた~? つーかひょっとしてアンタも、この何とかチャレンジってやってるの? へえ~」

「……ケンカ売ってるの?」


 一触即発といった様子の二人。千鶴ちゃんは気が強いから、一方的にバカにされて黙ってられなかったんだ。

 けど、このままじゃマズイよ!


「ち、千鶴ちゃん抑えて」

「放っておこうよ」


 留美ちゃんと二人で、慌てて止める。

 するとキリエちゃんも、彼女の後ろにいた女子が止めに入る。


「キリエ、やめときなよ」


 キリエちゃんを制したのはボブカットの女の子、泉香苗ちゃんだ。

 彼女の事も、私はよーく知っている。だって香苗ちゃんも去年まで同じクラスで、しょっちゅうお喋りしてたんだけど……。


「灯達なんて、相手にすることないじゃん」

「……そうね。あーあ、朝からへんなのに絡まれて、気分的悪いわー」


 最初に悪口を言ってきたのはキリエちゃんなのに、まるでこっちが悪いみたいな言い方。香苗ちゃんも香苗ちゃんで、それを訂正しようとしない。


 どうしてこんな事できるんだろう。

 これでも私、途中まではキリエちゃんとも、香苗ちゃんとも仲が良かったんだよね。

 だけど色々あって今は、完全に敵扱い。きっとさっきの悪口だって、アオハルチャレンジが嫌いと言うより、私がやってるって分かってるからバカにしてきたんだろうなあ。


 けど嫌な思いをするのが私だけならまだいいけど、千鶴ちゃんや留美ちゃんまで巻き込まないでほしいよ。


 千鶴ちゃんは千鶴ちゃんでまだ眉を吊り上げていて、怒りが収まっていないみたいだし。

 怒って何か言ったらどうしようって、ハラハラしていると……。


「天宮さん、おはよー!」

「ひゃうっ!?」


 突然両肩をガシッと掴まれて、口から心臓が飛び出そうになった。

 慌てて振り返るとそこにいたのは……安達く~ん!


 ピリピリした空気ににつかないニコニコ顔で現れたのは、安達くんだった。

 そして彼はビックリしてる私をよそに、今度は千鶴ちゃんと留美ちゃんに声をかける。


「二人とも、昨日の俺の一人壁ドンに、『いいね』ありがとう。『いいね』くれたの、冬樹さんと春野さんだけだったよ」

「へ? えっと……」

「ど、どういたしまして」


 さっきまでケンカしそうな勢いだったのに。いきなり話が変わって、二人ともキョトンとしてる。

 だけど安達くんは、そんな空気なんてお構い無しに、話続ける。


「やっぱり一人でやってもダメかー。本当は天宮さんとやりたかったんだけど、途中で帰っちゃうんだもん」

「ちょっと。あ、あれは安達くんが……」


 私のイチゴミルクを飲んで、間接キスするから……って、こんなの言えないよー!

 可愛くぷくっと頬を膨らませる安達くんにジトッとした目を向けて、無言で抗議する。


 だけど彼の登場でさっきまであんなにピリピリしてた空気が、あっという間に空気が変わっちゃった。

 キリエちゃんも毒気を抜かれたみたいで、ポカンとしてるよ。


「やっぱりもう一度チャレンジしてみようかなー。よし、続きは教室行って話そう!」

「えっ? ちょ、ちょっと」


 私達の背中をグイグイ押しながら、教室に連れていく。

 キリエちゃん達の事が気になって振り返ってみたけど、向こうもこれ以上絡む気はないみたいで、「行くわよ」って言って自分達の教室に戻っていく。


 ふうっ、良かった。

 安達くんが空気を読まずに話を変えてくれて助かった……いや、もしかしたら……。


(ひょっとして安達くん、全部分かっててわざとやってるのかも?)


 一見すると、何も気づいてないみたいに見えるけど。

 キリエちゃん達から私達を遠ざけるために、今みたいな態度を取ったのかもしれない。

 あり得ない話じゃないと思う。安達くんは空気を読めないんじゃなくて、読めるけど読まないみたいなところあるから。


「安達くん……ありがとう」

「何が?」

「何でもない」


 首をかしげる安達くんは何も分かっていないみたいに見えたけど。助けられたのは確か。

 今も。それに、最初に会った時もね……。

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