第2話 無邪気な質問
その日はひどい雨だった。先生は、もっとひどくなるから早めに帰れよと言ってたけど、テスト前で勉強がしたかったので教室で1人残って自習をしていた。家では誘惑が多くてなにもできないので、俺はいつも学校で勉強をしている。自習室も一応設置されているが、教室と真反対の棟にあるので行くのがめんどくさいから大体教室で勉強することが多かった。
誰もいない教室で雨が窓ガラスを強く打つ音だけ聞いていると、まるで一人で学校ごと違う世界に飛ばされたような気になってくる。ふいに、ガラリとドアを開ける音が聞こえたので振り返ると、そこにはびしょぬれの達也がいた。
「やっほー。相沢チャン!」
そう言いながら、達也は俺の前の席になんの躊躇いもなく座った。椅子がべちゃりと濡れる嫌な音がした。
「一之瀬、お前帰ってなかったのかよ。」
ついつっけんどんな言い方になってしまうのはもう諦めてる。
「帰ろーとしたんだけどさ、傘ぶっ壊れちゃって。一時避難ってワケ。」
そういうと達也は右手に持っていた、折り畳み傘だったモノをブンブン振り回した。飛んできた水滴でノートの文字が滲んでふやける。
「おい、やめろって。ノートに飛ぶから。」
「ああ、ゴメンゴメン!許してにゃん♡」
うっ、かわいい。
不意打ちの「にゃん♡」に心臓が止まりそうになるのをどうにか耐える。
「そういえば、彼女さんは?」
と、心底興味なさげなトーンで聞くと、「今日は病欠なんだよね。」と達也は悲しそうに呟いた。
こんなこと聞かなきゃよかった。一瞬でも別れた、なんて答えを期待してしまった自分を殺したい。
「…あっそ。」
「えー!そっちから聞いといてその反応かよ!」
と達也はげらげら笑った。俺と話していてこんなに笑ってくれる奴、他にいるだろうか。
こいつは俺以外と話してるときもこんなに馬鹿みたいに笑うんだろうな。分かってるけど。
「てか、傘だったら職員室に借りていいヤツ大量にあるんだからそれで早く帰れよ。」
そういいながらノートから目を外し、ちらりと達也を盗み見る。ぐしょぬれの薄いシャツが素肌に張り付いて肌が透けて見えて、胸の方に目をやるとピンクの突起の位置が分かってしまった。その瞬間、体中の血液がものすごいスピードで駆け巡り、下半身がどんどん重くなっていく。やばい。勃ちそう。
「えー。でも、俺相沢に聞きたいことあるんだよねえ。」
と言いながら達也はスマホを取り出した。
とにかくこいつを早く帰さないとやばい。達也相手におっ勃ててるのが一巻の終わりだ。
「じゃあ、そこ教えてやったら帰れよ。俺集中して勉強したいから。」
「指定校推薦狙いは大変だねえ。俺は定期テストとかはあんま対策しないんだよなあ。」
と達也はスマホで何かを探しながら、嫌味っぽいせりふを何の悪気もなさそうに言う。
俺みたいに要領の悪いやつはこういう勉強すれば点が取れる定期テストを頑張って指定校を狙う方がはるかに効率的だ。達也は地頭がいいタイプだから普通の入試でいいんだろうけど。
「あ、あった。これこれ。」
「早く見せろ。」
達也からスマホを受け取ると、その画面には俺と禿げかけたぽっちゃり体系の中年がホテル街で並んで歩いている写真が表示されていた。
「これだよ。俺が聞きたいのは。」
「え…。」
さっきまでとは打って変わって血の気が引いていくのが分かる。スマホを持つ手が小刻みに震える。
「コレどういう関係?」
いつものような軽快な声色。
「……。」
「この男、誰?相沢のお父さんじゃないよな?だって似てないし。」
「……親父だけど。」
「へー。そうなんだ。」
達也は指すような目で俺の目を覗き込んだ。
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