7筆目 閑話)エクスプロード



 信じられないことが起こった――


 自称賢師の優男がアタシの目の前で、十本のスクロールを仕上げて見せた。

 正直言って、もう吐きそうだった。

 余りに現実離れした事が目の前で起こった精神的ショックで。

 でも何とか気合いで耐えた。


 先日のインクバードを飛ばし合う一般的なやり取りで…今回は中範囲攻撃魔術である爆発魔法<エクスプロード>を魔術師ギルドに収めて貰う予定だったのに。

 アタシはその自称賢師が持ってきた黒い――何だろ?

 見た事も無い素材で出来た小振りなトランク。

 伸縮性のある沼地の獣の皮を加工したものかな?

 ま、まさか…超絶高級品のヒドラの皮じゃないわよね?

 てっきりそのトランクに既に製作したスクロールが入っているんだと思ったけど違ったわ。

 コイツ…余裕綽綽な顔でこの場でスクロールに持ち込みの道具で書き込むみたい。

 うわー…帰って欲しい。

 それ、めっさ時間掛かるヤツじゃん!

 そりゃあ今から半日も使えば、流石に少なくとも一本か二本は書き上がるかもしんないけどさあ~?

 せめて、今日中に三本は納品して欲しかった…。

 態々、何日も前から<エクスプロード>で製作依頼出してたのにさあ~?

 …ホント勘弁して欲しいわよ。

 徹夜確定じゃない。(泣)


 コッチが用意した羊皮紙を見て、『もしかして、コレに書くんですかね?』とか。

 しかもやたら何かにつけて『本格的』だの。

 遠回しに厭味いやみを言われたけど、健気に必死に耐えるアタシ…!(涙)


 流石に仕舞いには『今日は何をすればいいのでしょうか?』とか真顔でとぼけた事を言いやがった時は――我慢できずに軽くキレちゃったけど。


 アタシが改めて内容を伝えるとあからさまにキョドったから…ああコイツ、さては全くスクロール製作に関しては雑魚なのかもと思った。

 けど、<エクスプロード>の代わりに何でか知らないけどやたら精神干渉系の高度な魔術を代わりに書かせて欲しい的な事を言ってきたわけね。

 でも、当然却下してやったわよ。

 それじゃ約束が違うもの。


 アタシの言葉で諦めたみたいで、持参したインクとペンを取り出した時――

 アタシは吐いたわ。

 いや、実際には吐いてはいないんだけどね?

 もうとんでもない代物を当然のように取り出したのよ。


 漆黒――

 見た事も無い素材の容器に入っていたインクの魔力含有量が目に見えて凄まじかったわけ。

 悪魔の血を煮詰めたかのよう…まさか伝説のブラッドドラゴンの血から精製した国宝級のブツじゃあないわよね?

 衛兵に通報した方が良いのか正直迷ったわ。

 

 しかも、そのインクに更に自分の魔力をこれでもかと練り込んでんのよ!?

 もう狂人マッドの領域よっ!

 しかも、時折コッチをチラ見してアタシを揶揄うように更に魔力をジャンジャン溶かし込む変態だったわ…。

 というか、異常――

 こんな莫大な魔力量の持ち主なら、各都市の魔術師ギルドが放置しておくはずがないもの…。


 ある程度満足する魔力を練り込んだのか…今度は羽根ペンじゃなくて毛筆!?

 毛筆よ毛筆っ!?

 緻密な描写が必要不可欠な術式をこれからスクロールに書き込むのよ!?

 アンタ、なめてんじゃねーわよっ!?


 けどそんなアタシの事なんか無視して羊皮紙に筆でインクをベチャベチャとやる悪魔のような男…いやきっと、優男の皮を被ったマジな悪魔ね。


 でも男が羊皮紙に擦り付けたインクがまるで自ら蠢いて術式を見る見るうちに構成していく…っ!?

 ナニコレ!?

 あ。

 ヤバイ…吐くどころかチョット漏らしちゃったかも…?


 しかも、完成までに要した時間は僅か数分足らず。

 アタシだって書けって言われたら実質半日は必要かも…。

 スクロール製作の師であもるマーリン様でも、どんなに急いだって平気で一、二時間は掛かるはず。

 もう…訳が分からないわ…。


 しかも、本人は余裕があり過ぎって感じでアタシ程度に助言を求めてきやがったわ。

 それ…何の冗談?


 結局、自称賢師――いや認めるわ。

 もう、その力量なら賢師で良いでしょ。

 賢師は軽く十本スクロールを書き上げて引き上げてったわ。


 しかも、彼は彼でコッチが心配するほどワーカーホリックだったみたい。

 もし万が一でも死んだりなんかしたら…魔術師ギルドの大きな損失になるから強めに止めといたわよ。

 下手したら、私が責任を取らされて私刑にされちゃうかもしれないし。

 割とガチで。



  *



 そんな出来事から早三日経ってしまったサンシャインの祝日…。

 アタシは彼に使わせたあの製作机ワークベンチで独り、試験的にスクロールを書いていたわ。



「はあ…。

 マーリン様はまだ遠出から帰ってこられないし…。

 こんなこと・・・・・やっても無駄な時間ね。

 例え、天地がひっくり返っても、アタシにはあの人と同じことはできっこないのは解っているのに…フフッ」

 


 そんなセンチになったアタシの聖域に、地上へと続く階段からドカドカと煩い足音が響いてきた――



「おい!

 マァガ、居るかっ!」

「……出たよ」

「おおいっ!?

 何だ人をゴーストか何かが出たみたいに…」

「ゴーストの方がまだ可愛げがあるっての。

 …で?

 ヘイゼル、何の用?」

「決まっているだろう!

 三日前に私に預けたスクロールの査定結果だ!」



 あ~…完全に忘れてたわ。


 この無駄に胸にデカイメロンを二つもくっつけている暑苦しい女はヘイゼル=ナッチ。

 誰が見ても体育会系なのに、魔術師ギルドきってのエリート集団である鑑定部門所属のインテリなのよね…。

 …………。

 それにしても、あの無駄にブルンブルン揺れる瓜――邪魔臭いわね?

 いっそもいでやろうかしら。


 

「喜べ!

 このスクロールには平均して三倍の値がついた。

 少し効果のバラツキが多いが…それでも通常値を下回るものは無かったぞ!」

「そりゃ…凄いわね…」



 実際に凄いのよ。

 値付けに厳粛な鑑定部門が通常値より高いというのは、商売として値を釣り上げたりするのとは訳が違うの。

 単純にスクロールの効果を判定した結果ってこと。

 つまり、通常の値段の三倍の値なら、三倍の効果が有るってことね。


 基本…その通常値に達すること自体が困難なスクロール製作に於いて、これほどの結果を出す凄腕のスクロール職人をアタシはマリーン様以外では知らないくらいなんだもの…。



「…ん?

 コレは製作途中のスクロールか?」

「…そうよ」

「ふむふむ。

 構成の基本は炎のアーケイン、か?

 それに光、風、土……どう見ても防御型の術式ではないし。

 もしや…査定したスクロールと同じ<エクスプロード>か?」

「チッ。

 相変わらず目敏いわね…」

「し、舌打ち…。

 仕方ないだろう?

 我らの部門では一種の職業病のようなものだ」

「悪かったってば。

 それじゃ、一旦スクロールを返して頂戴よ?」

「おっと、すっかり忘れていた…」

「…?」



 ヘイゼルがアタシの隣の空いている製作机ワークベンチの上に出したのは――

 何故か、七本・・のスクロールだけだったわ。



「悪いが、今この場で返せるのはこの七本だけだ。

 コレは各スクロールの査定結果だ」

「残りの三本は?

 もしかして、不具合でも出そうな欠陥品だった?」

「ううむ…いや、それは正しくは――無い」

「はい?」



 このエリートオッパイの言う事がイマイチ分からない。



「正確には問題点だけで言えば…そうとも言えるかもしれん。

 その三本は凄まじい魔力のオーバーロードを引き起こし、使用者諸共に広範囲に渡って爆発を引き起こす可能性が多分に有る」

「アチャー…。

 それは申し訳なかったわね。

 と言ってもあの術式…あんまりにも突飛っていうか風変わりでしょ?

 それで私も目の前で術式を書くところを見てたんだけど…多分、二割も理解できてないかもしれなかったから」

「やはりか…。

 ただ、もう一度言うが――魔術師ギルドでは別段、そのスクロールを欠陥品とは見做してはいないんだ」

「……意味が解らない。

 だって、使用者を巻き込んじゃうような術式欠陥バグがあるんでしょ」

「いいや?

 そもそも、欠陥は無い。

 確かに世間一般に知られる術式とは余りにもかけ離れている…恐らく我流で開発した新術式だろう。

 だが…問題はスクロール自体が触媒としての限界で暴発を起こしてしまうからだ」

「…………」


 …え?

 何を言ってんだこのオッパイは?


 …確かに製作で使ったのは二級の羊皮紙だわよ。

 封入した<エクスプロード>の術式が幾ら優れていようが、その術式に織り込んだ余剰魔力が如何ほどでも――試算上では最大で五倍の効果までしかでないはず。

 いや、五倍どころか四倍ですら…例えマリーン様でも困難でしょ?



「その件の三本だが――

 ざっと従来の魔法効果の最大で三十倍ほどのエネルギーを生み出すと判断された。

 本来であれば、とてもではないが実現不可能なスクロールだ…」

「……はへぁ」

「…おい。

 大丈夫か?

 そんな理由で、その三本は魔術師ギルドで預かっている。

 でだ、明朝…キンダーから数十キロほど離れた廃鉱山でゴーレムを使用しての試用実験を行う運びとなった。

 当然、そのスクロールの担当でもあるお前も実験には同席して貰うからな?」

「…………」



 アタシは頭が真っ白になってしまい、とうに何も考えられなくなってしまっていた…。



「ところで…。

 ギルドではそのスクロールを製作した者が何者なのかを知ることに躍起なっている。

 その者をどのような手を使ってでも我らがヴィルヘルミナ魔術師ギルドへと篭絡・・し、確実に取り込むように――とのギルドマスター自らの御達しだ。

 …で?

 その者は次にこの場にいつ訪れるのだ?」



 

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