6筆目 閑話)賢師



 リンツ王国という国がある――


 あ。冒頭でこんな俗な事は言いたくはないのだが…

 この作品はフィクションです。

 実在の国やら人物やら団体などとは一切関係ありません。


 と、言っておけば色々と安心というものだろう?


 まあ、あくまでもこの奇妙な物語は――

 恐らく諸君が存在する世界とは異なる世界の事だ。

 

 そんな異世界においてその世界をほぼ三分している大国がある。


 その一つがリンツ王国。

 偉大なる祖、シュプルンから続くグリー王家が治め、リンツ王の名の下に九つの都市と同じく九つの領主が国を繁栄させ永く支えている。


 最も豊かで繁栄を誇るリンツの王都ミルカから数えて第三位に位置付ける城塞都市キンダー。

 その都市内で最も力を持つのは二つの魔術師ギルドである。


 歴史上、最も破天荒と謳われた天才魔術師――玩具箱のフェレロの立像がそびえるキンダー中央に位置する国立公園から右を牛耳る、圧倒する力の魔術の殿堂…ヴィルヘルム魔術師ギルド。

 逆に、左を制するは、人々を虜にする技の魔術の粋…ヴィルヘルミナ魔術師ギルド。

 この魔術師ギルドは歴史深く、既に発足してから千年の歴史がある。

 そもそもリンツがこの地で覇を成し遂げる前からこの二つの魔術師の組合は存在していたとも語り継がれる次第だ。


 その後者…ヴィルヘルミナ魔術師ギルドは主に魔法の品などの生産部門に長年力を注ぎ、前者の魔術ギルドと凌ぎ合いながら共に魔術の研鑽に努めていた。


 そして、そんな栄えある都市郊外にポツンと位置する小さな魔法のスクロール製作所が居を構えていた。

 

 魔法のスクロールとは、数ある魔法の品々の中では恐らく魔法の水薬――ポーションに次いでポピュラーなアイテムだろう。

 平たく言えば魔術の類を封入した巻物である。


 その優位性は何と言ってもその利便性だ。

 魔術の精通しない者でもそのスクロールを紐解き、単に起動させる呪文キーワード(※大抵は封入された魔術名の場合が殆ど)を口にするだけで魔術が発動するのだから。


 これはポーションも同じことが言える。

 その一、普通にその小瓶の中身を飲み干す。

 その二、対象物に垂らす、または、掛ける。

 その三、もしくは対象に投げつけて、瓶を割って内容物をぶちまける。

 それだけで有益な魔法効果が発揮されるという代物なのだ。


 だが、スクロールは製作に関してだけ言えば――そう簡単にはいかなかった。


 材料と設備があればほぼ同じ性能のものを精製可能なポーションと異なり、スクロールは余り材料費に金を使わないで済むという利点がある。

 これは両者を比較して数少ないスクロール側の長所だ。

 逆に取れば、それ以外は全て短所となる。


 スクロールの最も難のある点。

 それはスクロールの出来はほぼ製作する魔術師の力量に完全に依存するということだった。

 魔法のスクロールはそもそもとても複雑な魔法的要素――この世界では主にアーケインと呼ばれる要素を含んだ複雑極まる術式を書き込むことで製作することが可能となる。

 更にスクロールを製作する魔術師は普通にその魔術を扱う魔力の数倍を平気で消耗する上に、術式はほんの些細なミスで欠陥品となってしまう。

 故にマトモに魔法のスクロールを作製できる腕利きの魔術師もとい、スクロール職人の数は需要を満たすには圧倒的に足りてないなかった。


 実際、各都市間では百年単位でそのスクロール職人の取り合いになっている。

 仕舞いには血気盛んな魔術師達が文字通り壮絶な争いで血の雨を降らせているほどだ…。


 他方に漏れず、そんな難題を抱えていたヴィルヘルミナ魔術師ギルドのスクロール製作所にて、とある何の変哲も無いドリアードの昼下がりに…この奇妙な物語が静かに幕が上がることになる。



 *******

 


 アタシの名前はマァガ=リン。

 リンツ王国ヴィルヘルミナ魔術師ギルド所属。

 の同ギルド筆頭魔術師である見えざる塔のマーリン様の直弟子にして、マーリン様のスクロール製作所の責任者代行(※単に留守番)を一任させられるほど信頼されている敏腕助手!

 但し、等級に関しては見習い魔術師アプレンティスから二つ上の銅等級魔術師ブロンズ・マギだけど…ね?

 つまりは…一応、プロの魔術師ってことで――間違いないっ!

 チャームポイントは自慢の赤毛が映える頭の上の可愛い毛耳とスカートに隠せるくらいの下品じゃないサイズのフワ毛の尻尾。

 花も恥じらう十七歳の美少女魔術師。

 それが、アタシ。

 けど未だに彼氏、無し。


 まあ、しゃーないわよ。

 孤児だったアタシを有情なマーリン様が拾ってここまで育てて下さったんだし。

 日中の殆どはこの地下・・二階にある一般規格スクロールの製作部屋に研究で引き籠もってますし?



「…にしても、遅っそいわね~?

 いつまでこの美少女の有限な時間を無駄に浪費させる気なのよ」



 アタシはいつものように約束をサボられて王都に向われたマーリン様に代わり、今日の昼に来る予定のスクロール職人を待っていた。

 と言っても、聞く話じゃあ…マーリン様と同じ位の歳で偏屈なジィジらしいよ?

 しかも、噂じゃあスクロール製作の腕も微妙な上に若い娘に夢中な絶倫好色ヒヒ爺なんだとか…。


 やべぇ~。

 正直、接待するの超しんどくね?

 それとその肩書きが“賢者”ってのも非常によろしくなかった。


 賢者はアタシ達みたいな魔術師と違って実践よりも単に知識を蓄える事に傾倒する連中なんだよね。

 しかも、無駄にプライドが高い。

 いや、まんま塊だわね。

 今迄、何とか職人不足を解消しようとマーリン様が方々から賢者の奴らを招集しているのをこの目で見てるきたけど…マトモに戦力になりそうなヤツはいなかったわけね。

 最終的には、単に自慢話で終わったり。

 何もしてないのに大金せびってきてアタシ達に逆ギレして逃げってった最悪な奴もいたわよ。

 

 だから、その日に来る人にも大して期待なんかしてなかったわけ。



「ご、ごめんくださぁ~い?」



 転移扉から部屋に入って姿を見せたのは…アタシとあんまり歳が離れてないくらいの若い男の人だったから思わずアタシも度肝抜かれちゃった!?


 ちょっと様子がおかしな感じだけど…他の賢者の連中と違って滅茶苦茶腰が低かった。

 それに服装も整っていて清潔感もある…結構、良いわね。

 けど、貴族籍にしては半端な恰好よね?

 それに成人してるなら貴族の誓剣…つまり、帯剣してるはずだわ。

 当主か、出家して神殿騎士にでもならない限り帯剣を許されない貴族の女とは違うだろーし。

 それに…何だろ?

 違和感がパないのよね。

 てんで魔術師に見えないのよ…もしかして、ヒヒ爺の代理だったりして?


 けど、製作机ワークベンチへと案内したら素直に席に着いたわ。

 どうやらマジでこの人が賢者みたい。

 でも…流石に若過ぎない?

 まあ、こんな物腰柔らかな賢者なんていなかったし…全然有りだわ。

 良かった、コレなら今日一日セクハラに耐えなくて済む。



「すいません…賢者じゃなくて、賢…なんですが」



 前言撤回。

 急に自らを、賢者ケンジャではなく賢者界での高みである“賢師ケンジ”であるなどと至極当然と真面目な顔でアタシに言い放ってきた。


 言っとくけど、下手な場所でそんなこと公言したら…最悪、国外追放も有り得るよ?

 

 やっぱコイツも頭がおかしい。

 てか、賢者は皆頭がおかしいのかもしれない。

 

 ……嗚呼、マーリン様。

 スクロール製作所の先行きは暗いかもしれません。

 


 

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