5筆目 初日終了~そして帰宅へ~
「…お疲れ様でした。
で、では…本日製作して頂きましたスクロールは全て当方で回収させて頂き査定致しますので。
……けど、たった一時間足らずで十本も…っ!
信じられない……普通なら…死んでも……?」
相変わらずネコ魔術師娘コスの彼女が何やら危ない顔でブツブツ言っている。
どうやら今日書いた俺の字――まあ、“爆発”としか書いてないけどね?
その字のチェックはこのテーマ(仮に異世界としとこうかな?)習字教室の助手である彼女ではなく、今日この場に居ない先生がやってくれるんだろうか?
「それでは、次回は一週間後…ドリアードの昼過ぎ頃にお越し下さい」
「ドリアード? …ああ、木曜日ですね。わかりました」
最後まで異世界設定を守る彼女の底知れないガッツに俺は畏敬の念を持って心の中で頭を下げておいた。
それとしれっと次週も俺がこの習字教室に来ることを確約されてしまった…。
まあ、意外にもこうして大人になってからやる習字もなかなかに楽しかったしな。
また来てみても良いだろう。
何せ、実質タダみたいだしね。
「あ。
因みに次回の為の予習とか要ります?」
「はあ。
予習…ですか?」
「はい。
恥ずかしながら、自分は久し振りに(※字を)書いたもんで…。
何だか、
なので家に帰ってからちょっと次回来るまで自習しようかと……あの?」
何故か俺のやる気アピを聞かせた彼女が大きく目を見開いて戦慄した表情を浮かべている。
え?
そんなに罪深いこと言っちゃったかな、俺…。
「無理をなさらないで下さいっ!?
流石に数日間は魔力を回復させないと――死んでしまいますよっ!?」
「ええっ!?」
まさかの死の宣告だった。
だが、なるほど…。
これはあくまでこの教室の設定に則った彼女なりの俺に対する心配の言葉なんだろうね。
確かに、俺は単に小一時間座って字を書いていただけだが…それなりに集中していたんだろう。
確かにちょっと疲れているような気もする。
それに人間は頑張っても一時間ほどしか集中力が継続しないと、何かのテレビ番組で観たような記憶もある。
きっと、遠回しに余り根を詰め過ぎるなと彼女は俺に諭しているのだ。
「わ、わかりました…」
「はい…。
次回は当方で預からせて頂いたスクロールの査定結果をお伝えし、賢
契約?
この習字教室は無料で通えるんじゃあなかったのか?
もしかして、対象は小中学生限定とかだったりして。
俺が怪訝な顔をしているの気付いたのか、彼女が慌てた様子で俺に近付いてくる。
お?
なんだ、なんだ?
まさかのハニトラですか?
よし、ドンと来いっ!
「も、申し訳ありませんでした!
本来は余り褒められた行為ではないと重々承知しておりますが…
コレを……」
「へ?
なんですか…コレ?」
彼女はそっと俺の手に数枚の小さな硬貨のようなものを握らせてきた。
それはゲームセンターのメダルにも似た鈍く光る金属製で、メダルやコインというよりは少し不揃いな三角形のプレートのようでもあった。
…何か良く解らない文字や生き物の姿が彫刻されている。
まさか、手作りか…?
……拘りが過ぎるだろう。
「手付金です。
少ないですが…次回はもう少し纏まった額でお渡しすることが出来ると思います」
「はあ…」
もしかして、本当にゲームセンターのメダルみたいに景品とかと交換できる仕様なんだろうか?
ははぁ~ん。
コレは小学生のガキ達が喜びそうなことだ。
そして、俺も。
それに記念品として持ってるだけでも結構嬉しかったりする。
「わかりました」
「ありがとうございます。
…それと、先程のご質問についてですが。
現在は<火球>、<衝撃波>、<治癒>辺りのスクロールの需要が非常に高いですね。
ですので、あくまでも私見ですが…無事に契約を交わした暁には――その辺りのスクロール製作をご依頼する可能性が高いかと」
「そうですか」
…火球? 衝撃波? 治癒?
どうやらまたしても普段そうそう使わない字が課題に挙がるっぽい。
まあ、退屈な字を書くよりも楽しそうではあるが…。
「それじゃ、また来週も宜しくお願いします。
……え~と?」
「あ。
大変失礼を…申し遅れました…!
改めまして、
恐れながらも、このスクロール製作所の術長を務める筆頭魔術師がひとり、見えざる塔のマーリン師の助手としてこの場に身を置かせて頂いております…。
マァガ=リンと申します。
階級は
どうぞ気軽にリンとお呼び下さい…」
「アッハイ」
すみません。
自分はサブカル関係には理解がある人間だと思っていましたが。
ちょっとだけ引きました。
心の強い人間に…俺は、なりたい。(涙)
*******
まあ、そんな感じで教室初日を終えたわけだが。
教室の鉄扉の向こうは――
ま、元の通路と玄関だよ。
そりゃそうだ。
建物から出て手擦りから少しだけ身を乗り出して眺める風景はいつもと何ら変わらなかった。
まあ、あんな体験をすれば…ちょっとだけラノベのように異世界転移気分を味わえてしまうだろうな。
だが、ポケットの中にはちゃんとあのリン嬢から頂いた記念品があるんで夢オチではないだろう。
俺は帰りにスーパーで半紙を買って家に戻った。
因みに。
帰宅後にリビングで寛いでいたオカンに件の習字教室に事前に話を通してくれたことに礼を言っておいたのだが…。
「はあ?
アンタ、何言うとんの?」
とのこと。
全く…素直じゃあねんだからよう。
「――て感じでさあ?
流石に俺も面食らっちまったよ~」
「はぁ~。
最近は、えらいけったいな事してんねんなあ~?」
「うん。
何か凄いレベルのコスプレしてた女の子も外人さんだったしさあ」
「さよか。
あ~…でも多分、その習字教室のセンセはその名前や、間違いない。
結構な年齢やったはずやけど、
まあ…リンツ王国やら何やら、その痛い設定はどっから湧いて出てきたかは知らんけども」
「ほ~ん」
全く以てして、何であんなにアミューズメントな路線に走ったのか…。
未だあの習字教室の謎は多かった。
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