4筆目 教室初日



 俺は手にした巻物をじっと見やるが、机を挟んで俺の前に立っているこの習字教室の自称助手である彼女自体は『はよしろ』と言わんばかりの凝視を俺に浴びせている。


 まさか、ツッコミ待ちだったりするんだろうか?

 だとしたら、何とレベルの高きことか…素人の俺に要求していい内容ではない。


 仕方なく俺は巻物を紐解き、広げてみる。


 まあ、何も書いてなかった。

 というか、コレは半紙じゃない。

 何か見た事もない材質の紙だった。

 古紙ってヤツか?

 もしコレが本物なら、凝ってるなあ~…そういう年代物の紙って結構価値があるはず。



「品質的には二級の羊皮紙ですが…特に今回のスクロール製作においては問題はないかと思います。

 ――如何でしょう?」

「…………。

 もしかして、コレに書くんですかね?」

「はい?」



 あ…。

 今度こそちょっとキレた風の表情だわ。

 ヤヴァイ。


 いやいやっ!

 そもそもだけどさ?

 この室内の様相と言い、彼女のケモミミコスは――とても良い!

 がっ!! 

 それ以外のインクだら羽根ペンだらスクロールとか何だってんだ?

 習字ってか書道でもか、なんか知らんが…礼儀作法とかに厳しいモンなんじゃないんでしょーか!

 それなのにこんな羊皮紙とか訳の解らん設定を……設定?


 その瞬間。

 俺の灰色の脳細胞に一筋の電流インパルスが奔る!



「…なるほど、なるほど。

 そういう事ですか(エア眼鏡をクイッとする)」



 俺は思わず独り言ちてしまう。

 いや、そうと考えれば全て納得なのだ!


 コレは、つまり平たく言ってしまえば――


 テーマカフェ、とかいうものじゃあないんだろうか?


 俺は言ったことないけど、つまりはアニメとかの世界を模した…もしくはその世界観に沿ったテーマ性を持った営業指針でやっている…という俺の見解が正しいと先ず仮定しよう。

 で、何でかは知らないが…この習字教室は何故かゲームとか物語にあるファンタジー、つまり異世界風のテーマを徹底しているのだ!

 その理由は全く以て俺には見当もつかないのだが!

 なんかもう色々と許してくれっ!

 頼むっ!


 だが、無償で教室を体験しに来てる俺にまでこの徹底振りだ…。

 そう思うと彼女に対して何か尊敬の念すら湧いてきてしまった。


 こうなりゃ、俺もとことんやってやろう。



「いやあ~…それにしても凄い本格的ですね?」

「そ、それは…どういう意味でしょうか?

 当方は歴史ある魔術師ギルドでも…栄えあるスクロール製作部門なのですが…?」



 何故だか物凄い笑顔で顔をヒクヒクさせる彼女。

 てか、魔術師ギルドて。(笑)


 そんな恥かしいセリフを頑張って笑顔で言い切るとは……プロだな。


 あ。いや、そんなことよりも…俺はこの場に字を習いに来たんだったわ。



「ところで。

 今日は何をすればいいのでしょうか?」

「あ?

 …あ。いえ、失礼しました!

 先日お伝えしていた通り――本日は<爆発>のスクロールの製作をお願いします」

「ば、爆発ぅ!?」



 おいおい、教室初日で練習する字にしてはインパクト高過ぎじゃないの!?

 本当に色々とぶっ飛んでんなあ~。


 …ん?

 てか先日とかよ、さてはオカン…実はだいぶ前から俺をこの習字教室に通わせる気満々だったな!?

 そこまで話が決まってるならあんなに勿体ぶるなよな~?



「あの…質問が」

「なんですか」

「あくまで個人的な意見としてなんですが。

 “平和”とか“希望”とかそんなのが最初に来るかとばかり…」

「平和…?

 ああ、もしかして<戦意喪失>です? 

 精神干渉系のスクロールは確かに希少ですが――残念ですが、ここ最近は攻撃用のスクロールの需要ばかりが増えているので、当方で在庫を持つほどの必要性は恐らく高くないかと…。

 それと、わたくしも術長の下で未だ修行中の身もありまして――後者の魔法効果は存じません。

 故に判断出来かねます…申し訳ございません」

「はあ…?」



 おわぁ~…ここまでガチの設定とは畏れいる。

 ここは大人しく言われた字を書くとしよう。


 俺は早速、墨汁の封を開くとすっかり乾いてカピカピになってしまっている習字セットのすずりに注ぐ。

 一応は形だけだが…墨をっておく。

 実際、当時から疑問だったのだが…この作業の必要性が良く解っていないんだよなあ。


 あ、そうだ。

 折角、その習字教室に来てるんだから詳しい人に聞けばいいじゃないかと思って彼女を見るが…。


 いつの間にやら彼女は硯の間近にまで来てジッと覗き込んでいた。


 …そんなに酷かったか?

 いや、一端の書道家には許せない状態だったのやも。



「…すいません。お手本とかって…あります?」

「…………。

 はっ!?

 も、申し訳ありません!

 直ぐにお持ちします!」



 そう言って彼女は部屋の奥のドアの向こうへと去ってしまった。

 いや、俺はお手本を書いて見せて欲しかったんだけどな…。

 こう…手取り足取り…あ、足は別に添えて貰う必要はないけど。

 ちょっと下心があったのは認める。


 ものの数分で彼女はバタバタと戻ってきて俺の机の上に違う巻物を広げて置いた。

 そこには見事な“爆発”の二文字が書かれていた。


 

「へえ。流石に達筆だなあ~!」

「それは勿論です!

 これは術長が手ずから模範として製作されたものですから」



 ふむ。

 取り敢えず、横に置かれたこの字を見て書けってことだな?


 俺は墨を付けた筆をその羊皮紙らしき紙に滑らせる。



「…………。

 う~ん…やっぱりバランスが悪いなぁ。

 丁寧に書いてるつもりなんだけど…結局“爆”のとこがチョイチョイいい加減なことになってるし。

 どう思います?」

「…………」



 彼女は俺の字を見て絶句していた。


 そ、そこまで酷かったか…?

 コレは割かし気合いを入れるべきかもしれん。



「……もう製作が終わった?

 こんな…短時間で?

 …………。

 …は、早過ぎますっ!?」

「え?

 早い…?

 じゃあ、次はもうちょっとゆっくり書きますね」

「うぇ!?

 あう…あ、はい…」



 …めっちゃ動揺された。

 コレが感動する方のベクトルで心を揺さぶったんなら問題ないんだがなあ~。

 それに早いって言われても困っちゃうんだけども…。

 流石にどんなに慎重にやっても五分位で書き終わるもんじゃないの?



 まあ、しかし。

 こんな感じで俺は十枚ほど巻物に“爆発”という字を書き終えたところで、教室初日を終えることになった。


 終始気になったのは、彼女は俺が字を書き終える度に酷く動揺した事だ。

 最後の方には若干憔悴気味にすらなっていた。

 大丈夫だろうか?


 それに、俺が幾ら字の書き方のアドバイスを求めても…

『私が口を出せるレベルではない!』

『過度のアレンジについての意見には正直言って頭が追い付けないっ!』

『の、残り魔力は本当に大丈夫ですか!?』

 などとマトモな答えを返してはくれなかった。


 過度のアレンジ…。


 うーむ。

 コレは褒められているのか…?


 それに魔力て。

 ま、まあ、きっと疲れてないか心配してくれたんだろうな。



 

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