8筆目 パピルス・オア・A4用紙



「なあ…

 そこをどうにかできないのか?」

「できません」



 さるドリアードの日の昼頃の出来事であった。


 城塞都市キンダーの郊外にひっそりと居を構える小さな魔法のスクロール製作所。

 その地下二階にある薄暗い一室でケモミミの若い女魔術師と壮年の女魔術師が何やら言い争っていた。

 否、ケモミミの方は取り付く島もないといった態度を徹底していたので…

 正確には後者から一方的に言い寄られている状況とも言える。



「――姉弟子。

 魔術師ギルドにはアタシよりも優れた使い手は沢山いるでしょ。

 何故、まだまだ未熟で多忙極まるアタシが臨時講師をやるなんて話になるんです?

 それにマーリン様は不在になさることが多いですし…

 アタシだって、そうそうこの製作所から離れられませんよ?」



 そう答えたのは――

 現在、このスクロール製作所の責任者代行を務める若輩の苦労人。

 マァガ=リンである。


 

「リン。

 無論、それは承知の上でお前に頼んでいる。

 お前の他に頼めるのは御師様位で…

 だが、あの人は昔から風のような御人だろう?

 しかも、天才肌と言えば良いのやら…正直言って、後進を育てるのにはあまり向かないと私は考える。

 まあ、そんな御方に長年師事してきた私が言うのもなんだがな」



 そう整った容姿を僅かに顰めながら答えるは――

 ティーズ=バウガ。

 三十代後半の容姿端麗な才女で、ブルネットの髪をコーン帽子のように魔除けのアクセサリーと共に編み込んで頭の上に盛る独特な髪型をしている。

 その身に纏う浅葱色のローブが意味するのは白銀等級魔術師ハイ・ウィザードの位に就いているという事実だ。

 先程から熱心に口説ているマァガ=リンよりも二つ上の階級であり。魔術師ギルドでも名の知られる存在でもある。

 因みに、彼女はマァガ=リンと同じく見えざる塔の二つ名を持つ大魔術師マーリンに師事していた。

 つまり、姉弟子・妹弟子の間柄であった。



「やはり無理か。

 幾ら出来が悪い妹弟子と言えども、流石に初歩の魔術の名前・・程度ならギルドの学術院で…乳離れした年頃の子らに教えるくらいはできると思ったんだが?」

「引っ叩きますよ?

 はあ…今日はホント色々と忙しいんですからね。

 さっさとギルドに帰って下さいね?

 マジで」

「どうせ暇を持て余している癖に…

 …………。

 それにしてもだ、リン。

 ずっと気になっていたんだがな?」

「……なんです?」

「今日の恰好は何だ?

 まるで酒場で金目当てに男共に擦り寄る女給共のような下品な恰好をして…」



 遂に言ってはならない事を言って場が凍り付く。


 …そうなのだ。

 マァガ=リンは常時着ている等級色オレンジのくたびれたローブではなく、際どい短い丈しかない革のスカートに大きく胸がはだけたベストというまるでどこかの怪しい店のカウガール風衣装といった出で立ちだったのである。

 いや、ネコミミなのでキャットガールだろうか?



「…まあ、なんだな。

 お前もいい歳になっただろうし…男に興味が出てくるのはむしろ自然な事だろう。

 だが、何故に私に一度でも相談しなかったのだ?

 一応は私も既に夫を持ち、息子と娘もいる身だ。

 何かしら助言くらいはできたはずだぞ?

 …それに、今日は私の教え子達も連れて来る日だというのに。

 お前という奴は――

 …流石にその恰好は教育上よろしくない。

 速やかに魔術師らしい恰好に着替えてくれはしないか?

 ふう…全く、私の他にギルドの魔術師がこの場に居なくて助かったな…」

「……姉弟子?

 アタシも好きでこんな格好してないんだけど?

 そのギ・ル・ド!

 からの指示なの…ホント、死にたい」



 マァガ=リンはこんな格好をしている理由を簡単に首を傾げる姉弟子に告げる。



「ほう。

 それは今ギルド内で持ちきりの件のスクロール職人とやらか?

 …先日、廃鉱山に巨大な穴を開けたという話の…あの・・?」

「…そ。

 色仕掛けでも何でも手段を選ばずにってギルドからの御達しでねっ!

 何でアタシがこんな目に遭わなきゃならないわけぇ?」

「ふむ。

 であれば、リンよ。

 お前よりもずっと適任者がいるのではないか?

 例えば――ああ、鑑定部門にお前と仲の良い奴がいただろう」

「……っ。(青筋)

 あ~それがダメダメなのよ。

 見た目に反しておぼこいからアイツ。

 あんなデッカイもん胸からぶら下げてんのに。

 ――あ。

 てか、いい加減もうその人が来る頃なのっ!

 アタシも姉弟子にコレ以上構ってらんないわよ!?

 奥から秘蔵のラム酒を持ってこなきゃ…

 そんで良い感じのタイミングでアタシが<テレパシー>で他のハニトラ要員を呼んで捕まえるって作戦なのよ」



 マァガ=リンは少し緩い・・胸元の紐を締めた後に奥の食糧庫や生活区画へと続くドアへと走る。



「ラム酒か…暫く味わってないな。

 ものは序だ、私にも一杯飲ませてくれ」

「はい?

 嫌ですけど?

 それギルドからの支給じゃなくて諸経費が下りるまでアタシの自腹なんだからねっ!

 姉弟子はよぉ~く冷えた井戸水でも飲んで帰って下さいね?」



 将来のスクロール職人候補である幼いギルドの学徒を残して二人はさっさと奥のドアの向こうへと去ってしまった。



「……バウガ先生、行っちゃったね」

「いいよもう。

 放って置こうぜ!

 結局、俺達のことなんて空気だろうしさ」

「そうだなあ。

 製作所の助手さんも基本は僕達のこと放置だからなあ~」

「そうそう!

 俺達は黙って自習しようぜ?

 あんな風にならないようにさ…」

「「そうね(そうだね)」」



 どうやらあの二人は師と同じく反面教師としての役割は果たせていたようだ。


 そんな折に、これまた見計らったかのように横壁に備わった鉄扉が音を立てて開いたのだった。



 *******



「あ~ヤバイ…」



 今日は既に靴箱に他の靴が入っていた。

 靴のサイズからして子供――恐らく小学生だろうなあ。


 いやしかし、前回が運良く居合わせなかっただけなのかもしんないし…

 いずれは通らなければならない道なんだよ。


 俺は腹を括って例の液晶モニター内臓のドアを開いた。


 室内を伺う。

 やはり、既に机に座る子供らの姿がある。

 だが、あのネコミミさん(※確か、リンとかっていうコスネームだったかな?)は居なかった。

 外してるのかな?



「こ、こんにちわ?」

「どうも…」

「あ。

 ちわっス…」



 何やら緊張したような表情の初見チルドレンから声を掛けられた。

 かく言う俺も、何やらいい歳してその緊張感が伝播したのか…ちょっと部活っぽい挨拶になっちゃったよ。



「誰だよ、オッサン!」



 三人居た少年少女の中の生意気そうな面したガキから突然の暴言。

 フッ…。

 おいおい、違うだろ?



「俺はオッサンじゃないよ?

 ――オニーサン…だよ?

 ……二度目は無いぞ?

 …解ったかな?」

「ふぁ、ふぁい…」



 気付けば俺はそのガキの頬を両手で挟んでゼロ距離スマイルをキメてしまっていた。

 おっと、コレはあくまで教育的指導の一環ですよ?


 改心した素振りを見せるガキを解放してやる。

 だが、ちょっと待てよ?

 三人ともハーフタレントの卵か?

 この習字教室、外人率がパない。


 …ま、まあ。

 オトンも言ってたしな?

 この辺は高速道路が出来るまで田んぼばかりの田舎だったけど…ここ最近は結構な数の外人さんが引っ越してきてるって。

 いや、待て。

 そうじゃない!?


 むしろ問題は別だ。

 三人の恰好だ。


 襤褸切れみたいな黒っぽいローブを着ていたんだよね。


 …え?

 まさか、習字を習う側までコスを徹底している…っ!?

 スゲエなこの習字教室。

 もう、某テレビ番組に投稿しても良いかもしんない。

 むしろ普段着で来ている俺が非常に場違いにすら思えてきて恥ずかしい…。


 家にローブってあったかな?

 …ダメだ。

 オカンのバスローブくらいしかない。



「オッ…オニーサンもスクロール職人なのか?」

「職人?」



 ああ、そういう設定なのか?

 きっとこの教室に通う者はそのスクロール職人とやらになるんだろう。

 そういう大事なことはちゃんと初日で説明して欲しかった。



「ま、まあ…?(照)」

「やっぱそうなんか」

「ちょ、ちょっとシツレーでしょ!」

「そ、そうだよ。

 じゃなきゃこんな場所・・・・・まで転移扉を使ってまで来ないって…」

「転移?

 …うん?

 てか君ら、何してんの?」

「え?

 自習に決まってんじゃん」



 俺は彼らの机の上をヒョイと覗く――

 するとビックリ仰天ってヤツだった。


 彼らは先週使ったスクロール?とやらとは異なり、ネズミ色のボロボロの紙(リサイクル紙ってヤツか? にしても粗い紙だな…)に何やら細く削った木炭のようなもので書いていたんだよ。



「なんじゃコリャ!?

 こんな酷い紙に書いてんの?」

「無理言うなよ、オッ…アンタもさ。

 俺達みたいな見習いが高い羊皮紙なんかで練習できっこないだろ?」

「…うん」

「ですね」



 俺の問い掛けに対して当の三人はやや不満がありそうな表情だが…それもシカタナイネって感じ。

 だが、幾ら練習だからって…コレじゃあんまりだろう。

 俺は習字セットから新しい半紙を取り出して三人に渡す。



「えっ?」

「ナニコレ!?

 …紙、だよね?」

「…いや。

 いやいやっ!

 こ、コレ…パピルス・・・・だよっ!?」

「はあ!?

 パピルスって…あの東の海を越えた先の遠い国でしか作られない…?」

「多分そうだと思う…僕も初めて見た、けど…」



 半紙一枚にそんな大袈裟な。

 こんな小さな子供にまで異世界設定を徹底させるとか…

 ここって習字教室じゃなくて、ヤバイ子供宗教なんじゃあないだろうな?



「な、何をしているっ!?」



 その声に視線を向けると、奥のドアの前で二人の女性が立っていた。

 片方は知っている人物…だと、思います?

 何か今日は凄い恰好だな。

 それと手にしてるトレイの上は…まさか水割りセットじゃないだろうな?

 だが、もう一人の方は初見な女性だ。

 結構美人で年齢は四十はいってない…と思うけど、凄い表情でコッチに突っ込んでくるんですけど?



「ああっ!?

 もう来ちゃってるじゃないですかあ!

 姉弟子が余計な時間喰わせるからですよぉ~…」

「…そんな些末な事は最早どうだって良いっ!」



 え。

 いいの…?

 いや、何が良くて悪いか一向に判断付かないけども。



「も、もしかして…貴方がマリーン先生ですか?」

「そんな訳がないだろうっ!?

 貴公の目は腐っているのかっ!

 それよりも何だコレは!?

 メイジ国の貴重なパピルスではないか…っ!

 それも…とんでもない高品質だぞ…」



 その女性(※真凛マリン先生じゃなかった、申し訳ない)が、俺がチルドレンに渡した半紙を酷く興奮した様子で引っ手繰る。

 あ~…もしかして半紙自体がダメとか?

 そ、そんな習字教室あっていいんですかね。

 ……そうだ!

 習字に使えるかどうかは微妙だけど…ならもう一種類ある。

 家で自習した時に使った残りを序に習字セットの中に入れてたんだった。



「あのぉ~?

 ならコレじゃあ…ダメですかね」



 俺はペラリと一枚の紙を取り出して見せる。

 それはいわゆる、広域で“A4用紙”と恐れ敬われ――恐らく世界で一番使われている紙なんじゃあなかろうか。

 ま、それに関して俺は未だにコピー用紙とプリント用紙の違いが判らんけども。



「な…っ」

「…な?」



 アレ?

 何やら女性の様子が変ですよ――



「なんじゃコリャアアアアアアアアアア――ッ!!?!」



 狭い室内に彼女の悲鳴染みた怒声が響いた。

 ……何がいけなかったんだろう?



 

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