2筆目 ネコミミ
オカンから懐かしの習字セットを押し付けられ、愛する実家から追い出されて歩くこと十五分ほど。
そこに近所のスーパーの斜向かいにあるちょっと寂れた感じ…良く言えば趣のある二階建てのテナントがある。
赤い屋根に白っぽいグレーの塗装は俺の幼かった頃の記憶から変わりない佇まいだ。
その建物の外付けの階段を上った二階が――件の習字教室らしい。
オカンが言うには、元書道家だった女性が無料で開いている教室らしく、過去には結構な数の小中学生などが通っていたらしい。
だが、ここ十数年の間はその教室を開いている女性が体調を悪くしたとかで習字教室は実質閉鎖されていたらしいのだが…ほんの数ヶ月にまた再開されたらしいのだ。
なんというナイスなタイミングであろうことか。
…ただ、ちょっと問題がある。
現在、教室には数人の小学生達が通っているとのこと。
そんな中に一応は大学生である俺が入って行くのにはちょっと勇気が必要だ。
ぶっちゃけ、恥ずかしい。
もう酒も煙草も車もオールオッケイの成人男性がその場に混ざることに躊躇いを感じざるを得ない。
というか、正直に言うと…絶対に小学五年生に負ける俺の字下手っぷりが近所の小学生にバレるのが嫌なだけだ。
だが、俺の文字は既に暗号解読班が出動するレベルに達しつつある。
実際、手書きのノートを提出するという時代錯誤なレポートを徹底していた教員に紆余曲折を経て俺は終止符を打たせた男として大学の極一部で名を上げてしまっているんでね。
それに、履歴書の件もある。
…背に腹は代えられないのだ。
俺は勇気を振り絞って階段を昇り切り、数分ほど手擦りから周囲の景色を眺めて現実逃避。
そうやって何とか心を落ち着かせた俺はやっとドアへと足を向ける。
よくよく伺えば、ドアの手前の壁には額が備え付けられていた。
「――上手いな」
俺は唯々、感動していた。
目の前の額に収まった、恐らくは左下に書かれた名前から小学二年生の少女が書いたであろう“世界平和”の文字に俺は思わず目を見開く。
間違いなく、俺の字の百倍…いや二百五十五倍(※カンスト)は上手い…!
相当な手練れと見たね。
「俺もちゃんと練習すれば…いつか――っ!」
うん。何となく目標のようなものができたな。
まあ、どうやってもこの額に飾って貰えることはないだろうが。
いや、むしろ何の罰ゲームだろうか?
「取り敢えず、入ってみるか」
ドアの近くにはブザーのようなものはないので、ドアの取っ手に手を掛けて捻る。
開いた。
まあ、さもありなん。
鍵が掛かっていたら、速攻で物悲しいBGMと共に目の前に全く関係の無い死神が現れて「残念!! 私の冒険はコレで終わってしまった!!」という画面で終了してしまうところだった。
危ない、危ない…。
ドアを潜ると、そこは玄関らしき場所で奥には更に通路があって突き当りには擦り硝子の嵌ったドアがある。
横を見れば靴箱があって「スリッパを履いて中にお入りください」と達筆で書かれた張り紙がある。
「なるほど」
俺は素直にスニーカーを脱いで靴箱に置き、代わりにその棚に置いてあったスリッパと交換して履き替える。
もう一度、靴箱を検めると…どうやら、俺以外の靴は見当たらない。
どうやら、今日は小学生は居ないようだ。セーフ。
だが、ドアの鍵は開いてたし流石にその習字教室の先生は居るだろう。
俺もここまで来て帰る訳にもいかない。
流石に腹を括ってスタスタとスリッパを引き摺りながら通路の奥へと進む。
「…変だな?」
ドアの手前で気付いたんだが…。
擦り硝子の向こう側が暗いんだよな。
いや、なにか青白い光でパチパチしてるか?
――ああ、あの変な電気のガラス球…プラズマボールってヤツみたいにも見える。
どうなってんだ?
ま、まさかの液晶なのか…だがそんな仕様にする理由が解らん。
「ま、いっか。…ご、ごめんくださぁ~い?」
だが、ほんの数秒で考えるのを止めた俺は果敢にもドアを開いてその向こうへと歩を進める。
「お、お待ちしておりました!?」
ドアの先の一室には若い女性…いやあからさまに俺より年下に見える女の子がひとりだけ居た。
てか…『お待ちしておりました』って言ったよな?
別段、オカンは事前に電話してたような素振りはなかったようだったが…ま、可愛い長男息子たる俺の為に気を聞かしてくれたのやもしれんな。
だとしたら、サンキュー!オカン…!
「あ、どう…も……」
だが、肝心なのは。
その女の子の頭の上に
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