side和泉

私と百合の出会いは高校の美術部だった。

 百合の絵は、とても繊細だった。花の絵を好んで描いていた。


 初めて、ちゃんと会話をしたのはペアになって、お互いの顔を描く時だった。

「水鏡先輩、よろしくお願いします」

「仙道、和泉さんよね? よろしくね」

 その時に描いてもらった絵は、本当に美しく描けていて、実物より良いと驚いた。

「美化し過ぎですよ……」

「そんなことないわ、和泉さんは綺麗だもの」

 私を「綺麗」と評したのは彼女が初めてだった。

褒められて照れてしまい、言葉が継げなかった。


 それから、百合とは一緒に行動するようになった。

 部活の時間は、いつも隣で絵を描いて、見せ合っていた。

 先輩相手に、遠慮する私を気遣ってくれた。


 百合が高校を卒業した後も、連絡を取り合っていた。


 私はいつも彼女の後追いだった。

 絵をちゃんと描こうと思ったのも、医者になろうと思ったのも、彼女の隣にいたかっただけだった。家は動物病院だったが、兄が獣医学部に進んだので、私は普通に行きたい道を選んだ。


「私達、付き合いましょう」

「え?」

「女の子同士なんておかしいかしら?」

「いえ、そういうのもあると思います」

 百合の価値観を否定したくはなかった。

 私は百合のことが好きだった。

 しかし、それが恋愛としての「好き」なのかは分からなかった。

「どう、かしら?」

「ええと」

 百合が私を抱き締める。

「和泉」

「……はい」

「私はあなたが好き」

「私も……、好き、です」

「ありがとう、和泉。……大好き」

 百合が私の耳元で囁く。


「和泉」

「百合、さん」

「もう、さん付けではなくて良いって言ったでしょう」

 付き合い始めの頃、百合は、私に対等な関係を求めた。

 殻を中々破れず、私は百合を失望させてしまわないか心配だった。



大学の頃、私はよく百合の家に通っていた。

 彼女の家は、常に綺麗で、良い花の香りがしていた。

 ふと窓の外を見ると、雨が降っていた。

「まるで、遣らずの雨ね」

「どういう意味?」

「帰ろうとする人を引き留める雨なの」

「そんな言葉があるのね」

「だから」

 百合の顔が目の前に来る。

「今日は帰らないで」


 彼女は文学的なことに詳しかった。好きな作家は泉鏡花らしい。



 彼女の勤めていた病院で医療ミスが起こったとの噂があった。

 それと関連があるのかは分からないが、事件と同時期に百合は病院を辞めていたそうだ。

 百合がそのことについて全く話題にもしなかったので、しばらく気が付かなかった。


 その後、百合が結婚して私達の関係は終わった。

 男嫌いな百合が自ら進んで結婚をしたとはどうしても思えなかったので、家族による強引なお見合い婚が疑われた。

 結婚するとの電話が入った時、私は「おめでとうございます」とだけ言った。本当は引き止めたかった。

 


「あなたは私を知りますまい」


 私は彼女の美しい面しか知らなかった。

 黒い面も、辛い面も、彼女は決して見せようとしなかった。



「ねえ、私と心中してくれる?」

 私は、彼女を拒絶してしまった。


 あの時、彼女の手を取っていれば、違う未来があったかもしれない。



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