美しきネクロフィリア
夢水 四季
第1話
二人の女が旅をしていた。
二人は友人というよりも、恋人と言った方が合っていた。
「ねえ、あなたは何の花が好き?」
◇
「お疲れ様です」
有明憂はいつも通りgift事務所の扉を開けた。
「あ……」
そっと閉じた。
(いやいやいやいや、ちょっと待って。え、リアル百合?)
ソファの上で医者の仙道和泉が、哲学者の紫子の上にまたがっていたのだった。
「有明君、おはよう」
「あ、えと……」
烏丸と真葛の弁護士社長コンビも来てしまい、憂は両手を広げ、扉をガードする。
「何してるの、早く入りなよ」
「いや、だって、この中で」
(百合に男が立ち入って言い訳ないだろう!)
「ちょっと五月蝿いんだけど」
抑えていた扉が開けられ、憂はバランスを崩す。
「仙道さん、おはよう」
仙道和泉は憂達、男三人の顔を見ると舌打ちをし、露骨に嫌そうな口調になる。
「今日は紫子ちゃんと二人だと思ったのに」
「皆さん、揃いましたね。今日はこのメンバーで行きましょう。では、早速……」
紫子はホワイトボードに今回の事件の詳細を書いていく。
警視庁、司法解剖室。
「綺麗だ……」
刑事の向井太河は仕事柄、死体を見ることはあるが、これほどまでも綺麗な、まるで眠っているような穏やかなものを見たのは初めてだった。
花に埋もれた美しい死体が連続で発見された。
容疑者は意外にもあっさりと見つかった。被害者の共通点で、皆同じ人物からカウンセリングを受けていたのだった。
水鏡百合。
その容疑者の名前を聞いた時、和泉は、驚きはしなかった。
むしろ、彼女らしいとさえ思ってしまった。
「どうかしましたか、和泉さん?」
「その、水鏡百合なんだけど、私の、知り合いなのよ」
和泉は知り合い、という呼称に違和感を覚える。以前はもっと親しかったかのような。
「和泉さんの、お知り合いですか。どうされますか? 面会されますか?」
「ええ、面会させてちょうだい」
警視庁、取り調べ室。
「紫子ちゃん、百合と二人きりで話をしたいのだけど」
「いいえ、それは出来ません。彼女は今、容疑者ですから。僕も一緒にお聞きしますが、よろしいですね? 最初からは口を挟まないようにします」
「わかったわ」
何て声をかけようか、そう思いながら扉を開け、百合の顔を見た瞬間だった。
「久しぶりね、和泉」
透き通るような綺麗な声に懐かしさがこみ上げてくる。
和泉は席に着くと、単刀直入に聞いた。
「ねえ、あなたが彼女達を殺したの?」
「殺した、なんて汚らしい言い方はよして。私は彼女達の旅立ちを手伝って、見守って、見送っただけよ」
「あなたらしい言葉の言い換えね」
「あら、それは褒め言葉かしら。ありがとう」
「違うわ」
「そう……。生きろ、生きていればきっと良いことがある、とかそんな戯言を言う輩がいるじゃない。その人の辛さなんて微塵も知らないくせに。本人が死にたい時に死なせてあげるのが、無様に生きていくよりも、ずっと良いんじゃないかしら。私はその手伝いをしただけ」
「それを世間では自殺幇助って言うのよ」
「嫌な言葉ね」
「そういう問題じゃないのよ。あなた、逮捕されるのよ?」
「そう、悲しいわね。……ねえ、可愛い刑事さん」
「お呼びでしょうか」
紫子が調書から目を離し、取り調べの机の方へ来た。
「私のしたことは悪いことなの?」
「悪いかどうかは私が決めるのではありません」
「では誰が決めるの? 裁判所?」
「それも一つの結果です。正解なんてありません」
「可愛い刑事さん、あまり刑事らしくないのね」
「ええ、僕は哲学者ですから」
「あら? 僕っ子? 可愛い」
「私の前で紫子ちゃんを口説かないで」
「妬いているの、和泉?」
「そうじゃなくて」
「どうも、こんにちは。和泉の元・恋人です」
「ふざけているの?」
「あら、私は本気よ。この子が和泉の今の恋人? お名前は?」
「夏目紫子といいます」
「紫子ちゃん、可愛いお名前」
「ありがとうございます。では、お話を戻しまして、水鏡百合さん、あなたが彼女達の自殺を手伝ったということでよいでしょうか?」
「ねえ、ここで本当のことを言っただけで、私は捕まるのかしら?」
紫子は一瞬、嫌そうな顔をした。
「まだ逮捕状は発行されていません。今はただの被疑者の状態です」
「お家には帰してくれるのかしら」
「あなたが逃亡の恐れがなく、捜査に協力して下さるのなら帰しますよ」
「そう、なら良かった」
giftミーティングルーム。
「被害者が明確に死への希望を語り、容疑者に正式に依頼した場合なら……」
「証文のようなものがあるかということですね」
百合に言われたカルテの中に、その証文は入っていた。しっかりと実印とサインもあった。
百合自身は「証文」ではなく「お手紙」と呼んでいた、その文面には柔らかい言葉で「旅立ち」や「綺麗なところ」など、おとぎ話のような言葉が並んでいた。
「とても自殺幇助の許可証には見えないね」
「内容を要約すれば『私があなたを天国に連れて行きます』といったところでしょうか」
「ねえ、烏丸」
「何ですか」
「もし百合が捕まったら、あなたに弁護を頼むわ。無罪とはいかないまでも、できるだけ罪を軽くして。彼女の後見人とか、そういうのは私が全部引き受けるから」
「わかりました」
百合は一度、自宅を整理するため家に戻った。
百合からの連絡が途絶え、嫌な予感がした。
百合は、その名前の通り、百合の花に囲まれて眠っていた。
眠り姫は永遠に目覚めなかった。
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