第10話

「――と、言うわけで、やっぱり教えてもらうのは厳しそうだ」


 明くる日、俺は大学で瀬名に会い、永遠に言われたことを伝えた。


「悪い」

「別に改めて謝らなくてもいいわよ。それに、空岡が悪いわけでもないんだし」


 確かに俺に全面的に否があるかと言われたら微妙だが、永遠のことをあまりわかっていないままに頼んで時間を無駄にさせたのは俺なのだ。

 はい、そうですか。というわけにもいかないだろう。


「でも――」

「しつこい」


 だが食い下がろうとしたら、瀬名にばっさり切られた。 


「私の方こそ、出しゃばりすぎたかなと思わないでもないしね。元々空岡は『そこまでしなくていい』と言っていたわけだし」

「それはそうかもしれないけれど……」


 本当にこれでいいのだろうか。

 簡単なお詫びくらいしたいけど、瀬名は受け取ってくれなさそうだし。

 そんな気持ちが態度に出ていたのだろうか、瀬名が「気にしなくていいのに」と苦笑した。


「空岡って意外と義理堅いところあるわよね」

「……そうか?」

「時原さんのことだって、そんなに空岡が気にする必要なんてないじゃない。だってただの幼なじみなんでしょう? 普通、ただの幼なじみと同居してまで面倒見ようとなんて思わないわよ。ましてや、彼女と別れる原因にもなったわけだし」


 そうなのだろうか。

 俺には幼なじみと言える存在なんて、永遠くらいしかいないからよくわからない。


 加奈ちゃんとのことだって、たまたまあのタイミングになっただけで、他のきっかけで今と同じ状態になった可能性だってあるだろう。

 当初はつい当たってしまったが、元から永遠に対して深い恨みなどないのだ。


「あまりピンときてないみたいね」

「まあな」


 瀬名がふうん、と漏らす。

 しかし何かが琴線に触れたのか、その口許にはやや笑みが浮かんだ。


「何か面白いことあったか」

「別に。こっちの話だから」


 そう言った瀬名は表情を変えずに「でも、そうね」と自身の顎に人差し指を当て、何かを思案するように空を軽く眺めたあとで言った。


「それなら、空岡が私の家に来たら?」

「ん?」

「時原さんに料理を教えたいんでしょ? 空岡が私に習って、空岡が時原さんに教えればいいじゃない」

「いやいやいや」


 どうしてそうなった!


「それは……さすがにまずいだろ」

「なにが?」

「だって俺たち、男女だし」

「でも私たち、友達よね?」

「それはそうだけど……」


 別に女の子の部屋に行ったことがないというわけではない。

 だが飲み会の後に集団で、とかそういう場面だけだ。

 付き合ってもない関係での一対一は、よくないだろう。


「恋人でもない女の子と一緒に暮らしてるやつが、家に来るくらいで何を気にしてんのよ」

「う」


 それを言われると、ぐうの音もでない。

 そして、畳みかけるように瀬名は言う。


「私だってせっかくやる気を出したのに中途半端になっていて気持ち悪いのよ。悪いと思っているのなら、ちょっとくらい付き合いなさい。それとも他に何か躊躇する理由があるの?」

「ないけど……」


 なおも煮え切らない俺に、瀬名が大きくため息を吐き、とどめを刺した。


「これ以上そんなつまんない理由で拒否するようなら、時原さんとは〝そういう関係〟だって認識するけど、それでいい? あなたの評価も、だいぶ変わってくることになるけど」

「わ、わかった! 教えてください! よろしくお願いします!」

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