第7話

「……とは言ったものの、どうすっかなー」


 永遠に啖呵を切った次の日。

 昼休みになった俺は大学構内のベンチに座り、スマホを見ながら永遠にまず何を作らせるべきか考えていた。


「包丁すらまともに持ったことがないとか言ってたし、簡単なものがいいよな。簡単に作れて、それでいてそれなりに達成感のあるレシピ……」


 検索窓に『初心者』、『簡単』など適当な単語を入力しながら、ああでもない、こうでもないと悩む。


 そもそも俺もレシピ見てその通りに作ることは出来るくらいで、別に料理が得意ってわけじゃないんだよな。

 普段作るものだって焼き肉のタレで雑に味を付けたものとかが多いし、人に教えられるってレベルじゃない。

 あいつに言った通り『美味い料理』ではなく『食える料理』という程度だ。


「うーん……どうしたものか……」


 あー。わかんねぇ。

 何も考えたくなくなってきた。

 でもああ言ってしまった手前、そういうわけにもいかないし。


 考えが行き詰まり、意味もなく空を眺める。

 真っ青な空にぷかぷかと気持ちよさそうに雲が浮かんでいるのが視界に入った。

 現実逃避するつもりでしばらく頭をぼけーっと空にしていると、不意に頭上から声が降ってきた。


「――空岡?」

「ん?」

「何してんの?」


 顔をもう少しだけ後ろに反らすと、たまたま通りがかったらしい瀬名が、上から覗き込むようにしてこちらを見ていた。


「……あー……空見てた」


 何と言っていいかわからず、適当に答える。

 すると実に平坦な声で「そう。幸せそうね」という台詞が返ってきた。


「適当に言ってるだけだろ」

「あんたには負けるわよ」

「……それはそうだな」


 さすがに失礼かと思い、身体を起こす。

 ついでに立ち上がろうとしたら、その前に瀬名が隣に座ってきたので、立つのをやめて腰を落ち着けた。


「何? 悩み事?」

「悩み事ってほどじゃないけど……まあ、考え事ってくらいかな」

「ふぅん。もし話相手が欲しかったら聞くくらいはするけど」

「んー……」


 どうしたものか。

 永遠のことはともかく、考え事の内容自体は話してもいい。

 だが内容としては聞いてもらって解決する類いの話でもない。

 しかも誰かに聞いて欲しいと思うほど、切羽詰まったような状態でもない。


 だから断ってもいいんだけど、世話焼きの瀬名のことだ。

 話した方が瀬名自身も気にしないで済むかもしれない。


 ま、くだらない悩みだと一蹴されるかもしれないけど、それはそれでいいか。


 と、気軽な気持ちで言おうとしたとき、瀬名が膝に載せているものが目に入った。


「それ、もしかして弁当?」

「そうよ?」


 指を挿して訊ねると、あっさりと肯定する瀬名。すると何か「あ」と気づいたような様子を見せる。


「もしかして悩んでたとかじゃなくて、単にお腹が空いていたとか? 悪いけど、このお弁当はもう食べちゃったから空っぽだし、あげられないわよ」

「ち、違う。そういうことじゃなくて……」


 変な方向に邪推されてしまった。

 慌てて首を振って否定し、咳払いする。


「瀬名って料理出来るのか?」

「『出来るのか』って訊かれると頷きづらいわね。人並みかしら」

「ああ、すまん。じゃあ言い方変えるけど、よくする方なのか?」

「そこそこね。基本的に普段は作るようにしてるわ。お弁当のおかずにもなるし」


 そこまで言ったところで、瀬名はハッとした表情になり、なぜかジト目を向けてきた。


「もしかして、貧乏くさいとでも思った?」


 まさかの質問に、慌てる。


「いやいやいや! そんなことはまったく! これっぽっちも!」

「――本当かしら?」

「ほ、本当だって!」


 瀬名はまだしばらく疑わしげにこちらを見ていたが、俺が再度首を横に振ると、「そう」と視線を外して前を向いた。


「まあどっちでもいいわ。空岡にどう思われたところで、私には関係ないし。で、なんでそんなこと訊いてきたの?」


 偶然にも会話がちょうどいい流れになったので、俺は渡りに船とばかりに説明した。


「実は――」


 俺は今家に幼なじみが来ていること。

 その幼なじみに料理を教えたいこと。

 でも腕前にそれほど自信がないこと。


 など永遠の事情は曖昧にした上で話せる範囲で話し、「よかったら初心者でも作りやすいレシピを教えてほしい」と締めくくった。


 一通り聞き終わった瀬名は「……ふぅん」と何か考えるように顎に手を当てて俯いていたが、やがて顔をあげた。


「それなら私が先生役をやってあげようか」

「え? いや、いいよ。レシピだけ教えてくれれば」


 さすがにそこまで瀬名に負担をかけるわけにはいかないし、教える相手は永遠だ。

 そもそも会話にすらならない可能性だって十二分にある。

 だが、瀬名は俺の返答がたいそうお気に召さなかったらしく、眉間に皺を寄せて顔をずいっと近づけてきた。


「なんでよ。どう考えても料理出来ない空岡より、私が教えた方が適任じゃない」

「で、でもその幼なじみ、包丁すらまともに持ったことないって言ってたし、そこまで面倒かけるわけには……」

「それなら余計よ。素人が素人に教えるなんて、危なっかしくてしょうがないわ。今日はちょうど私も暇なんだから、私の精神衛生上のためにもこの話は受けなさい。それとも、何か私にその幼馴染と会わせたくない理由でもあるっていうの?」


 ある。

 けど、待てよ?

 俺が本来目指しているのは、永遠に料理を教えることというよりも〝真人間化〟――ひいては社会復帰だ。

 最初は難航するだろうが、瀬名であれば信用できそうだし、俺以外の他人と関わることで何か変化があるかもしれない。


 永遠も抵抗こそするだろうが、俺が一緒であれば絶対に拒否するというほど態度を硬くしたりはしないだろう。

 それなら、これは考えようによってはチャンスかも。


 そこまで考えた俺は、なおもこちらを向いている瀬名の目をじっと見返す。


「――いや、ないな。もしかしたらちょーっとだけ苦労するかもしれないけど、お願いしていいか?」


 あえて含みを持たせた言い方をしてみたが、瀬名は気にした素振りもなく表情を和らげた。


「最初からそう言えばいいのよ」

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