第5話
それはそれとして、まずは映画だ。
映画館についた俺たちは、上映されている映画ポスターがずらっと並んでいる前で立ち止まった。
「何か見たい作品はあるのか?」
「夕霧にお任せー!」
「おい。せめて方向性くらい示せ」
「んー……そうだなぁ。じゃあせっかくだから映画館に来たって実感できるものがいいよね。『ドーン!』とか『バーン!』って迫力あるやつ!」
なるほど。
俺は立ち並ぶポスターを一通り眺め、これはというものを一つ見つけた。
「じゃあこれにするか」
「お、どれどれ――」
俺の指を追って永遠の視線が動く。
「え゛……」
そして固まった。
俺が指差したのは、今話題のジャパニーズホラーだ。
今世紀最恐とかそんな触れ込みをいたるところで目にしている。
「映画館なら薄暗いし、音響もすごいからうってつけだろ。やっぱり家で見るのとは臨場感が違う。話題作だからきっと面白いぞ」
「そうかもしれないけど……なんか違くない!?」
「いやわかるけど、でも気にならないか?」
「えー……どうかなぁ……」
引きこもりな分、俺よりもテレビやネットに精通している永遠なら、おそらくこの映画の評判は何度も目にしているはずだ。
ある程度のあらすじくらいまで把握しているはず。
だが、思ったより乗り気じゃないというか、顔が引き攣っている気がする。
「ハッ。なんだよブルってんのか? 雑魚か?」
「は? 雑魚じゃないが。ホラーとか余裕だが」
試しに挑発してみると、即乗ってきた。
俺はにやけたくなるのを我慢して続ける。
「いや、別に無理しなくてもいいぞ? ビビってるやつを苛める趣味はないし」
「余裕なんだが!」
永遠はイキり散らすと、肩を怒らせたままチケット売り場へ直行したので、後ろからついて行く。
すぐ始まる上映回に空席があったので、並んだ二席を購入した。
俺の分だけ学生料金で支払うと「ズルい!」と文句を言っていたが、「永遠の金じゃねーだろ」と言うと黙った。
映画は話題になるだけのことはあって、なかなかのものだった。
普段はホラーなんて家でたまに見るくらいだったから、映画館で見るのは新鮮で、二割増しくらい面白く見られた。
エンドロールが流れ終わり、館内の電気が点く。
さて出ようかと思って立とうとすると、永遠に腕を掴まれた。
「ち、ちょっと待って」
「何? ああ、人多いからか。人混み苦手だもんな」
「そ、そうそう」
カクカクと人形のように首を振る永遠を不審に思いながらもある程度の客が掃けるまで待ち、今度こそ立ち上がる。
すると永遠もすぐに立ち上がり、そして腕にしがみついてきた。
「お、おい」
まるで締めあげるようにかなりの力を入れられる。
重心が崩れて転びそうになるが、なんとか堪えた。
「歩きにくいんだけど。え……そんなに怖かった?」
「は? あんなB級ホラーごとき怖いとかないし!」
「いやいや、作品の出来は結構よかっただろ。というか……じゃあ何してんだよ」
「う。えっと……これはその……――そう! 付加価値! 付加価値の提供!」
なんだっけそれと一瞬考え、さっき言ってたことかと思い出した。
便利な言い訳だな。
それにしても、永遠がここまでホラーが苦手だったとは思わなかった。
なんかもうまともに歩けてないし。
「すまん、まさかそこまでとは思わなくて」
「は? 何が? なんでもないんですけど?」
どう見てもそう見えないんですけど。
それを素直に認めるような性格でもないか。
「……うん、まあもうそれでいいや」
少々面倒くさくなって適当に肯定する。
すると永遠はしがみついた腕を離さず、その場で器用に地団駄を踏んで叫んだ。
「だからなんでもないんですけど!」
映画館を出てしばらく歩いていると永遠も少しずつ落ち着いてきたのか、だんだんと腕から力が抜けてきた。
これ幸いと希望していた本屋へ連れて行くと、漫画コーナーが見えた辺りで手を離してわーっと駆けて行った。
単純な性格で助かる。
俺は特に欲しい本などないので、雑誌を読んで時間をつぶした。
永遠の目当ての本を購入し終えると、今度は日用品を買いに行く。
荷物になる布団は最後に回し、他のこまごまとしたものを先に入手する。
下着はさすがに永遠にお金だけ渡して勝手に買わせ、追加でルームパンツを購入した。
これで部屋の中を下着姿でうろつくことはなくなるはずだ。
しかし……。
「なあ」
「ん? なに?」
「ルームパンツって言っても丈短いのな。もっと長い方が落ち着かん?」
「はぁ~……夕霧はわかってないね。短くないとダメなんだよ」
「だからなんでだよ」
俺が問うと、永遠は偉そうに人差し指を立てて説明しだした。
「その方が可愛いっていうのはもちろんあるんだけど、私はね、隠さないことで美を維持出来ると思っているの」
「はあ」
どういうこと? 話繋がってる?
「まず落ち着く落ち着かないの話をすると、ぶっちゃけた話、長くても短くてもいいの。見るのは夕霧だけだし。だからそれ以外で隠す理由と言えば、その部分を見られたくないからにならない?」
「うん、まあそうかな?」
「でしょ? そりゃあね、人によってはどうしても見られたくないものもあると思う。例えば傷痕とか。そういうのは隠せばいい。けどね『ちょっと太ってきたから脚を出すのはやめよう』とかそういうのはダメ。隠しちゃったら改善する意識までなくなっちゃってその部分は死んじゃうの。だから隠さない。元々完璧で最強な私に隠す場所なんてなかったんだから、出せるところは全部出してくの。そうすればいつまでも最強でいられるってワケ」
「なるほど。なんとなくわかったわ」
きっと永遠なりの信念みたいなものなのだろう。
美意識とでも言い換えればいいだろうか。
自分に対する過大な自信は知っていたが、こういう一面は知らなかったな。
幼馴染と言っても知らないことはあるものだ。
そんな話をしつつ当初の予定通りに布団も買い終えた俺たちは、帰路に就いた。
なかなかの大荷物になったのに永遠は特に何も持とうとしないから「少しは持て」と注意したら
「え? せっかくの付加価値を自分から捨てるの? 台無しだよ?」
とか抜かしやがったので、無言で押し付けた。
本当に便利な言い訳だな、おい。
アパートに帰った後は一日それなりに歩き回って疲れていたのもあって、夕飯を食べた後は早めに就寝した。
永遠は「おっふとーん♪」とテンションをあげて飛び込んでいた。
これで今晩から身体が痛くなることはないだろう。
ここまでは何も問題なかったのだが。
布団に入ってしばらくして、もう少しで意識を手放そうとした頃、部屋の電気が突然点いた。
「――ん? なんだ……?」
「夕霧ぃ……」
まだ順応していない目を細めながらなんとか開けると永遠が涙目で足を擦り合わせてもじもじしていた。
「なに」
「その……と、トイレ着いてきて!」
「はぁ?」
意味わからん……と反論しようとしたところで、そういえば映画にそんなシーンがあったかと思い出した。
「まだ引きずってたの?」
「別に引きずってないが!」
「あ、そういうのいいんで」
「~~~っ、さっきまでは忘れてたんだよぉ。でもほら、暗くなると思い出すじゃん! 一回意識したらもう行けないじゃん! 朝まで我慢しようと思ったけどもう無理!」
相変わらず涙目のまま永遠は叫ぶ。
「はいはい、わかったわかった。じゃあ、さっさといくぞ。もう眠いし」
永遠の手をとって半ば引きずるようにトイレへ向かう。
だがいよいよドアの前についたとき「あ、で、でも」と何か言いたげに口籠った。
「……まだ何かあるの?」
「ド、ドアは締めないで手を繋いでて! そして目を閉じて耳を塞いで鼻も摘まんで!」
「手が足りねえだろ無茶言うな!」
「あんなの見せる夕霧が悪いんじゃん!」
「永遠が最初から拒否れば済んだんだけどな」
「――っ! うるさい! 夕霧のバカ! 死んじゃえ!」
結局、耳栓を使うことでその場はなんとか乗り切ったが、その後も永遠が眠るまで延々と話しかけられて深夜遅くまで眠れなかった。
もう永遠と一緒にホラーを絶対に見ないと誓った。
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